永久の竜鱗

「では、現状の確認と目標の設定からやっていこう」

 店屋物の蕎麦をいただいて、シャワーで軽く汗を流したあと、二階、キッチン兼リビング兼統さんの自室で作戦会議ということになった。ソリみたいな足をつけたブラックオークのテーブルを挟んで顔を突き合わせている。腰掛ける椅子は店のものよりずっと柔らかく身体を支えている。

「まず、今一番困っていることについてだな。竜骸が寄生した対象……前回は公園の桜だったよね。で、今回は九楼のお友達、姫宮紗那さん。九楼は、たぶん今日それを初めて直接見た。これが今最もキミを困らせていることだ」

「はい。その通りです」

「竜骸の様子はどうだった? 物質として現れるようなものかい? それとも背後霊のようなイメージ? どこにどんなかたちで捉えたのか教えてくれ」

「それは……約束があるので、言えません」

「やっぱり優しい子だな。叔父さんうれしいです。じゃあ、そうだな。勝手に進めるから、間違えてなかったら首だけ縦に振ってくれ」

 ソファベッドに座り直すと、部屋着に着替えた統さんはわたしの意味のないわがままを肯定する。

「かたちは間違いなく鱗だろう。おそらく物質として現れている。で、どこについているかといえばこれ見よがしに包帯巻いてた左手首だろうな。あと胸と、肩にもあるはず」

「……ぜんぶお見通しなんですね」

 実際にそれを見たわたしよりも詳しいのではないか。受け取った彼はため息をついてから、その洞察の理由を説く。

「姫宮さん家は竜殺し、なんて陰口をご先祖さまから継承しているかなり恥ずかしい一族だからね。僕も、たぶん九楼も」

「それは……まぁ」

「姫宮という姓も助けになる。宗像三女神を祀る神社なんだが、この女神様、古くは龍神という説があってね。ま、姫宮さんという苗字には竜と縁がある、程度の認識でいいよ」

「肩と胸……というのは?」

「九楼、姫宮さんの裸、見たことある?」

「ない……ですけど、蹴っ飛ばしてもいいですか?」

「おっけー。今のはキック覚悟して言った。じゃ、それが答えだね。プールのない学校を選んで入学したんだろう。胸と肩、というのは宗像三女神の宗像のほう、鱗模様の入れ墨を刻んだ海の氏族の名だ。ダジャレですね。本当に鱗があったなんて伝説もある……痛ぁ!」

 もちろん口にしたときにはその気がなかったけれど、紗那の裸を叔父さんが想像しているとしたら本当に気持ちが悪いなと考えてしまった。ので、一応キックしておいた。

 大げさなリアクションを取る統さんにはあやまっておいて、今度はこっちから質問。

「鱗、引き剥がすことってできないんでしょうか? こう、物理的に」

「おっと、目標についてだね。物質である以上はそれの切除も叶うはずという指摘だけど、やめておいたほうがいい。鱗はくっついたのではなくて、生えてきたと認識するべきだ」

「つまり、剥がしても新しいのがまた生えてくる? 左手だけなら切り落とそうかなと思ったんですけど、胸を切り落としたら死んじゃいますもんね」

「叔父さん、やっぱりキミに刃物は持たせたくないよ。ああはい。それで正解です。よしよし、前提の方に戻らせてくれ。紗那という名前の話だ」

「あ、クエレブレと……」

「そう。シャナ。スペインあたりの伝説かな。洞窟の竜に見初められた女性が、その花嫁として精霊へと変じ、今でも共に生き続けている。そんなおとぎ話だね」

 厄介なことだよと、そういう言葉で繋いでから、さらに話が展開される。

「竜、ドラゴンにも特徴というのがあるんだ。毒を持ってるとか、火を吹けるとか、いろいろね。クエレブレの持つ特徴がなんだか知っているかい? 硬い鱗だよ。象徴的だろう?」

「シャナなのに、クエレブレの鱗が生えていると?」

「うーん、どうかな。精霊というのは、永遠を生きるための姿と解釈することもできて。ここで我が一族が大事に大事に語り継いだ陰口が意味を持ってくる」

「殺して、食べたという記録があるみたいです。あっちの家にも。それから、紗那という名前は代々同じで、そして……」

「男性を必要とせず、卵から生まれる? ドラゴンスレイヤーに与えられる褒賞は名誉と財宝、そして不老不死というのが代表的だけど、永遠の命をクローンと解釈するのは性格が悪すぎるね。これではもう、ずっと同じ存在が続くという呪いだ」

 他人の話の結論を拾って話し始めるのが癖になっている。どこまでおしゃべり好きなんだろう。間違っていないから指摘はしないけど。

「しかし、記録と言ったね。ということは我々と違って模倣子ミームの特殊な継承は試みていないことになるか。そのあたり、鍵かもしれない。つくづく長き時間を生きるというのは永遠の命題だね。遺伝情報の保存という点では姫宮さん家は僕たちより先んじている。こっちの近親交配インブリードなんか、考え方そのものは一般的だし」

「どっちもろくでもないってことですよね」

「それが言えるようになってくれて本当に嬉しいよ。さ、話を戻そうか。記録……姫宮さん家にも竜殺しの記録があるというのなら、ほんとにやっちゃったんだろうね。そして、呪われたと。ただし、初代ドラゴンスレイヤーさんは自分から呪われに行ったような印象がある。もしくは他の人の意思が絡んでいるな」

「符号が多すぎるから、ですよね。竜を殺したその時に姓と名を変えて、そうすることで縛り付けたり、引き寄せたい何かがあったとか。紗那は、家に家族はいなくて、神社とかで飼われてる縁起物の動物みたいな扱いだと、そう言っていました」

 思えば、鹿野の家ではわたしも似たようなものだったかもしれない。顔を隠した人が、何人か入れ替わりで身の回りのことをしてくれて、それから、魔法を使えるようになるまでは誰かの声を聞くことが許されていなかった。あれ、いつから小学校に通っても良くなったんだっけ?

「単為生殖なら、そうなるか。どこかの家の財物とか、神様として扱われているのだろうね。だとすればやはり、初代さんは望まれ、意図して呪われている。信仰の対象に限りなく近い存在になるというのが大事だったんだ。人身御供だよ」

 たしか八百比丘尼の起源オリジンにそんな説があったよな……と、独り言程度に小さく結ぶ統さんは、言いたいことを全部口に出した後でわたしの顔色を伺うことにしたらしい。

「太古の昔に何があったかはさておいて、現代に帰ってこよう。九楼の友達、姫宮紗那さんは今、人と魔の両方に呪われていて、だからこそ竜の鱗、竜骸は実体化するほどの力を得ている。そして九楼、キミの中の魔女は彼女を殺したくって仕方がないけど、キミ本人は殺したくないと思ってる。これが現状、ということでいいかな」

 魔女と、わたし自身の意識、二つを分かつ壁はとても薄い。気を抜くとすぐに区別がつかなくなって、それはとても恐ろしい考えを呼び起こす。統さんがそれを避けるために設けてくれた現状確認。今までの時間をそう解釈して、どうしたいのか、どうすればいいのか、というところに話を進めることにした。

「そうですね。統さん。一旦、休憩にしましょうか。換気扇つけるなら煙草、吸ってきてもいいですよ?」

「ありがとう。理解のある姪っ子をもって幸せだよ」

 感謝こそはされたものの、わたしの目の前では実際に火をつけようとはしなかった。

「代わりにコーヒー入れてもらえると助かる。喋りっぱなしで喉が乾いたよ」

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