航海士の洞察

「お店、変わります。煙草吸ってきてもいいですよ? 今日は迷惑かけちゃいましたし」

「ん? お友達は帰っちゃったの? いいよいいよ。どうせ今日は誰も来ないさ」

「じゃあ、掃除とか、やります」

「九楼、疲れてるでしょ。上でゆっくりしてなさい。夕ご飯もなんかテキトーに頼んでおこうか。蕎麦とか食べたい気分なんだけど」

「ん、それでお願いします」

 気遣いはできるのだけど、わたしにそれをする権利はないらしい。思えば料理も洗濯も、住まわせてもらう以上はと押してもダメで、わたしがやりたくて仕方がないのだと言うまで許してもらえなかった。アルバイトはさせるくせに、この違いはなんなのだろう。丸椅子を持ってきて統さんの隣に座る。

「姫宮さん、いいお友達だね。仲良くできそうかい?」

「親友ってことらしいですよ? わたしもそうなりたいって、思ってます」

「そっか。それはいいことだ。高校からの友達は人生の大事な財産になるよ」

 お店にくる内の何人がそうなのだろう。たしかにここでカードをしているお客さんも、統さんも、大人気なくはしゃいだりしてとても楽しそうに見える。あれが学生時代の友人というやつなら……。

「カード、わたしが買うのってありですか?」

「ルールもおぼえてないのに? だめだめ。価値のわかる人にしか売りませんよ」

「さっきと言ってること違うじゃないですか。その発言は愛好家としてどうなんですか?」

「いや、あれはだってきみ、コーヒー代にしてはちょっと高いだろう。ステッペンウルフは」

 あの狼にはあだ名がついているらしい。たしかに値段でいえば統さんが頼んだお蕎麦くらいの数字になる。子どもが気を使うなということか。

「あれ、わたしなんだそうです。だから欲しかったって」

「あー……なるほどね? やっぱり変わってるよな君たちは。交換するならリボンとかにしておきなさい。おじさんたちのおもちゃでやることでもないだろうに」

「なんです? その……メルヘンな発想」

「大人気なくて悪かったね。ま、いいや。好きなの持ってきなさい。言ったでしょ? 価値のわかる人にしか売らない。金額が決めているとこ以外に価値を見出す人には差し上げましょう。選ぶときに値札は見ないことだ」

 かっこいいこと言ったつもりかと問うのは少し酷だと思うので、甘えることにした。同じ業種の人がいたら失礼なことをしているなと思うけど、本人が道楽でやっているのならこっちが気にしてもしょうがないだろう。

「ありがとうございます。ゆっくり考えさせてください。紗那を表す絵を見つけるにあたって、わたしがあんまりあの子のことを知らないなって気がついて」

「ゆっくり、よく考えることだ。きっとそれがあの子を助けるために必要になる」

 鉄骨造りの壁は防音性能に信頼を置いていいはずで、だから、この人は魔法の先生としてなにかを感じていたということになる。紗那と竜骸についての関係を。内緒にするという約束を反故にしてしまった気がして、それが申し訳なかった。

 そして、竜骸への殺意を呪われたわたしが、彼女を助けたいと考えていることについて、統さんがそう信じてくれたことが嬉しかった。

「ちょっと、頼りにしてもいいですか? くじけそうかもです」

「うん。そのために、僕と暮らしてくれているんだろう?」

 桜の森の一件以来、この人もちゃんとしてないなりに大人なんだなというのがわかってきていて、そしてわたしの周りで大人をやってくれるのは統さんだけだから、わたしは反発したり頼ったり、いろいろ迷惑をかけているのだろうなと……そんなことを考えた。

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