第16話

「デートって……何処に行くの?」


「そりゃあその辺ブラブラして、ご飯食べて、イチャイチャするだけだ」


「イチャイチャって……その……」


「落ち着け、キスまでな。昨日のは……忘れろ。一端俺達の関係はリセットだ」


 寂しそうな顔を見せるライズの頭を撫でるが、満足した顔をしてくれない。代わりに手を握ると落ち着いた顔を見せてくれる。


 可愛らしい笑顔だが、落ち着け。昨日の獣の様な眼光を忘れてはいけない。


「さっ、まずは買い物にでも行こう。ウィンドウショッピングってやつさ」


「ちょっと……待って……」


 やはり街中とはいえ手を離そうとはしてくれないみたいだ。だがこんな程度は想定内だ。慌てる時間じゃない。


 道を歩くと昨日のカジノでの騒動が噂になっている。直ぐに人間のオーナーに入れ替わり、今はもう通常営業に切り替わっているが。


 流石にデートの場所としては相応しく無いだろう。


「ライズは好きな服とかあるのか? アクセサリーとか」


「どうだろ……今の服も気に入ってるから」


「スカートとか履かないの? あっ、けど冒険向きじゃないか」


 ゲーム内にはキャラクターの着せ替え機能もあり、それらで変更出来る衣服がいくつか店舗内にも伺える。その中には水着やらメイド服やらがあるが、これらも当然冒険に向いているとは言えない。


「この指輪とか可愛いかも」


「へぇ……結構シンプルだね。良いんじゃない?」


「あっ、でも……ルドガーから貰った指輪もあるから……」


「そんなの気にしないで良いよ。幾らでもプレゼントしてあげるから」


「それって……一生……?」


「え? いやそんなつもりは――――」


 ライズの眼光がいきなり変わる。俺はもしかしてこの子と一生を添い遂げなければならないのか?


 と言うか、何故彼女もこんなに乗り気なんだ。そこまで好感度を稼いだつもりは微塵も無いのだが。


「ぎゃ、逆に良いのか? ほら、俺なんかでさ」


「なんかなんて言わないで。私は構わない、ずっとルドガーと一緒に居たい。ルドガーのことなら全部知りたいって思ってるよ?」


「そ、それは何より……けどその前に、魔王を倒さなきゃだろ?」


「うん、倒すよ。ルドガーの為なら……何だって出来るんだから」


「ははは……嬉しいよ」


 これは相当だな。それだけ傷心に付け込んでしまった様だ。あのタイミングで彼女に接触したのは俺のミスだ。


 大切な物を全て失くした直後に優しくしてくれる異性と出会う。このイベントに彼女の心は大きく傾いてしまった。俺が彼女の立場でもきっと同じぐらい心を動かされていただろう。


「そうだ、結局朝食も食べてないしさ。そこで朝食兼昼食っていうのはどうかな?」


「うん、分かった」


 *


 この日は楽しいデートになったのではないだろうか。


 ショッピングも、昼食も、普通の男女がやる様な健全なものだった。これが少しでも彼女の心を癒してくれたのなら嬉しいのだが……。


「綺麗だね……」


「ああ……ここからなら街を一望出来るしな」


 カジノと街の街灯によって街並みは見事に彩られていた。ロマンチックな雰囲気が俺達の間を抜ける。


「この街みたいに魔族に支配された所がいくつもあるのかな」


「ああ、いっぱいな。魔王を倒さない以上、本当の平和はやって来ない」


 本当の意味で、正しく殺す。それはただ俺が暴力で殺すのではなく、勇者の力でソウルを吸収して殺すということ。


 魔王の前に今の弱い彼女を連れ出せば当然狙われる。そもそもが復活していない、実体を持たない奴だ。完全に復活させるという正規ルート以外を行くのは不安要素が多過ぎる。


 ライズが強くなりさえすれば規定通り倒せるのだ。俺は慌てず、彼女を手伝えば良い。


「魔王が憎いか?」


「憎いよ、私の村を焼いたんだもの」


「だったら、ちゃんと倒さないとな」


「けど……それ以上に、皆を助けたいって気持ちも……ある」


「憎しみよりも?」


「うん……多分だけどね。皆の笑顔が好き、あの灯りも、人が生きているんだって証が好き」


 少しずつ、俺に依存していたライズの顔色が変わっていく。憎しみと慈しみを備えた瞳は街灯りに照らされ、俺はそれに惹き込まれる。


「出来るだけ多くを助けたいって思うけど……まだまだ全然弱くてさ……」


「俺も協力するよ。一緒に行く事は出来ないけれど……」


「ねえ、どうして一緒に行けないの? ルドガーが一緒なら心強いのに。二人とだってすぐに馴染むと思うし……」


「俺は……魔族なんだ。だから、表立って君と行く事は出来ない」


 そうであってもおかしくはない。ライズの視線にはそんな意図が組み込まれていると感じられる。


「あまり驚かないんだな」


「もしかしたらって、思ってただけ」


「魔族も一枚岩とはいかない。俺と同じ様に魔王に反旗を翻そうとしている奴も少なくない」


「そっちも色々あるんだね」


「俺は勇者に希望を見てる。だから……コレを」


 昨日集めた装備、回復薬一式を手渡す。これだけしっかりした目をしていればきっと大丈夫だろう。


 女としての自分では無く、勇者としての自分を自覚してくれた。もう俺が側に居なくてもライズはやっていける筈だ。


「魔王を倒す俺達の道は、いつか必ず交わる。魔王を倒した暁に、今度は俺から気持ちを伝えさせてくれ」


 拳を前に突き出すとライズもそれに応えてくれる。


「もう……振り回されてばっかり」


「また会おう。そして必ず……」


「うん、倒そう。私達の手で、魔王を」

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