第7話
神殿を抜けた後、不気味な視線が突き刺さる。これが殺気というやつだろうか。挑発的で、いかにもこっちに気付いて下さいって感じだ。
「誰だ……?」
まさか俺がアニメやゲームなんかでお馴染みの虚空に誰だと言い放つ時が来るとは。ある意味、誰も居ないで欲しい。
「くくく……随分と面白そうな事をしているじゃないか、ネロ」
良かった、返事が返って来た。
神殿の外、木の上から飛び降りてくるのは風を纏った緑の狐。今の声、そしてこの使い魔、同じ六魔天所属のベルデで間違いないらしい。
これは……もしかしなくともマズイのでは。
「覗き見かよ……」
「まさか趣味が悪いとは言うまいな? 貴様程では無いと自覚はしているだろう?」
「使い魔越しでも上からだな。ほら、抱っこ出来るぐらいノロイのにさ」
「下ろせ、不敬だぞ」
「だったらここで見た事は全部忘れてくれ」
「断る」
「だよな……さて……どうするかな……」
「まず、この神殿は何だ? あの不可解な動きに何の意味がある」
当然として天を仰いで壁を抜けようとする場面も見られていた。もうなんというか、言い訳を考えるのも億劫になるぐらいの奇行だからな。いっそ全てぶちまけるべきか。
殺す、という選択肢も当然として浮かんできた。だがコレは本当に浮かんだだけ。六魔天の連中は根が悪人では無いのだ。出来るなら生きて欲しいし、幸せになって欲しい。
「ここは……まあ、簡単に言うと俺の真なる力が封印された神殿だ。ここと同じ様なのが六魔天全員分存在してる」
「何故貴様がソレを知っている? あそこの壁に左肘を擦り付けていたのは何だ?」
「俺は魔王の……グリザイアの事を単独で調べていた。そして行き着いたのがここの神殿。奴は俺達が力を取り戻すのを恐れている」
「我等が力を取り戻すのを恐れているとは……一体……? 壁に向かってやっていた奇行と何か関係があるのか?」
「勘の良いお前だ。薄々気付いているんだろ? 魔王と俺達の間に存在する深い溝をな」
「……まさか貴様もソレに勘付いていたとはな。壁に左肘を擦り付けるさっきの行動は――――」
「――――その事は忘れろ」
お願いだ、本当に。あんな変態的行動をどうやって理由付ければ良いって言うんだ。
「ネタ晴らしだ。コレでお前の考えも変わる。聞いてから、これ以上問い続けるか決めても良い」
「ふん……随分な自信だな」
持ち上げていた狐の使い魔をひょいと下ろすとベルデはしかとこちらを見上げてくれる。どうやら話は聞いてくれる様だ。
「俺達は遥か昔、とある王国に住む普通の人間だった」
「我等が……人間だと? 誇り高き我らが愚かな人間だったなど……愚弄しているのか、貴様」
「良いから聞けよ。全部聞きゃあ合点がいく」
俺がそう言うとベルデは押し黙る。
「とある男は下町を賑わす剣闘士であり、王の裏切りにより濡れ衣を着せられて首を斬られた」
「……」
「とある女は教会に務め、献身的に尽くしていた。だが、王国転覆の際に一人の男に欺かれ、人質を取られた女はいい様に操られ、その後に自害した」
「……」
「とある女はその国の若き王女だった。燃える王国に最期まで寄り添い、厳しくも、律して抑えようとしたが、暴動の波に飲まれて命を落とした」
この言葉にベルデは強く反応を見せた。この王女様というのがベルデである以上、それは仕方の無い事だろう。
「とある王国に寄り添う土地神は全ての行く末を見た後、ひっそりと消滅した」
「……ダンクか」
「とある王国に仕える騎士は最期まで戦い、やがては首謀者に刃を向けるが、無残にも敗れ去った」
レッド、アズール、ベルデ、ダンク、ヴァイス。これが五人の過去。これこそが、塗り替えられない設定。
「そして最後に……とある王国を陥れ、崩壊にまで持ち込んだ奇術師が居た。ソイツは人を器用に操り、五人の人生を踏み躙った。ソレが俺だ」
「今の話を……信じろと?」
「違和感があるんだろ? 民を治める事に安らぎを感じ、魔王城から一番遠い地域に飛ばされた事に。その忠誠心も全て、魔王が俺達に植え付けたものなんだよ」
まずはネロが操られ、後はズルズルと内部的に抉られる様にして魔王の手に落ちた。一番の忠臣、というか根深く操られたのがネロだったのだ。
「合点がいくなどと……よくも言えたな。我がグリザイアに操られているなどと……」
「じゃあ、今から言う場所に一人で、本人が来い。モヤモヤしてんだろ?」
何か言いたげに黙っているベルデにとある座標を教え、俺は一人で神殿を後にする。
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