第5話

 土御門 綾 視点


 深夜、横田君とそれぞれの部屋に分かれ、そこそこ経った頃。私はもしものためにと用意してある式神を彼の部屋に忍ばせ、彼の様子を観察していました。


「寝てしまいましたね」


 私は自分の容姿に自信があります。おかげで助かった場面もあれば嫌な目にあった場面もありましたが、それらの結果は私の容姿が原因だと理解していました。故に、お爺様から事情を説明された時も私で大丈夫なのかと思ったものです。ですが、杞憂でした。何事も無かったかのように寝られるとそれはそれで悔しいですが。


 少し整理しましょうか。


 部屋のマットの上で正座して、精神を集中させていきます。

 まず思い返したのは、お爺様との話でした。


 ~~~~~~


 数か月前、私はお爺様に呼び出されました。


『綾、頼みがある』

『なんなりと、お爺様』


 いつになく真面目なお爺様。こちらも知らずのうちに背筋が伸びます。


『相思相愛の呪い、は聞いたことがあるな?』

『はい。ですがそれはすでに対策ができるはずでは?』

『そのはずだったんだがな』


 お爺様が差し出す一枚の写真。そこに映っていたのはあまりぱっとしない見た目の男の子でした。歳は同じくらいでしょうか?


『この人が呪いを?』

『うむ。家の恥といったところか。駆け落ちしたバカの子孫に発現した。しかもかなり強力で祓えないときている』


 お爺様は悲し気に顔を伏せます。


『おかげでその子にはずいぶんと寂しい思いをさせてしまった』


 私は驚いて反応ができませんでした。呪いに対してではなく、このような弱弱しいお爺様を初めて見たからです。私の見てきたお爺様はいつも自信家で傲慢で、カリスマが満ち溢れていました。


『私に何をお求めですか?』

『……お前は聡いな』


 お爺様は私の頭を撫でます。いつもの子ども扱いかと思いましたが、どうやら違うようです。しばらくされるがままにしておきます。


『時に綾、お前、高校進学に興味はないか?』

『高校ですか?』


 土御門では通常、中学校を卒業と同時に陰陽師として働き始めます。地元ではそれが当たり前だったので、特に考えたことがありませんでした。


『そう、ですね。興味はあります』

『そうか。実はこの子も最近呪いの制御が安定してきてな。高校進学を機に一般の高校に進学させてやりたいと考えておる』

『……もしもの時の護衛ですか?』

『そんなところか』


 お爺様が気にかけている子の面倒を見るだけで、おそらく地元ではない一般の高校に通える。それだけでも私にメリットがあります。


『あぁ、もし進学するなら適当な賃貸に同居してもらう』

『えっ!?』

『安心しろ、不埒な真似はさせない。そこらは呪いを制御する際に散々訓練させた』


 お爺様に力強く保証されると、そういうものかと納得してしまいます。少なくとも、一度会ってみてから判断しても遅くはないでしょう。


『わかりました。謹んでお請けいたします』

『あぁ、頼んだ。それと、これは儂個人のお願いだ』


 ———アイツを愛してやってほしい


 男女の感情とか、そういったものを越えた何か。それを感じて私は思わず頷いていました。


 それから細やかな説明を受け、今に至ります。


 ~~~~~~


「実際、本当のことだったわけですし」


 見られてはいました。ですがそれは、見惚れるというより観察するといった表現が近い物でした。人によっては怖いと感じるような目線ですが、私にとっては気にならない程度です。人に求められることは嬉しいことですが、度を過ぎれば面倒なもの。彼の媚びない姿勢は私にとって新鮮であり、信用に足るものでした。

 おっと、式神越しに観察する横田君が呻き始めました。正座を解き、観察。処置が必要と判断します。このような場合のために同居をしているのですから。

 足音を立てないように横田君の部屋に移動します。陰の気が強くなる時刻です。いくらこの部屋に様々な結界が張られているとはいえ、部屋の主が垂れ流す呪いの気配はどうしようもありません。寝ているときは流石に気が緩んでいるのでしょうか。おぞましい呪いが獲物を探し回るように吹き出しています。常人ならここにいるだけでたちまち呪いに呑まれるでしょう。


「シッ」


 しかし私も一端の陰陽師。吹き出てくる呪いならば祓うことができます。印を結んで腕を一振りすることで、溢れていた呪いを飛ばします。彼の寝顔も少し安らかになったようです。


 ———あ。


 別に、彼の表情が変わった訳ではありません。そもそも、彼の表情から感情を読み取ることは困難を極めます。常に張り付けられた笑みからは、何も裏が読めません。周りに他人の顔色を伺う人間ばかり集まったが為に、人よりちょっとばかり心を読むのが得意な私でも、です。それが、私にとって不気味に思えたのは事実です。それでも……


「大丈夫です、大丈夫ですよ」


 顔を歪めることもなく、しかし確かに流れ続ける涙は、横田君の心の内ではないかと思ったのです。


 結局、涙をぬぐいながら手を握っていると、私もいつの間にか眠ってしまいました。


 ~~~~~~


 朝起きると、私は横田君のベッドで寝ていました。彼はすでに起きているようです。リビングからいい匂いが漂ってきます。


「ふむ……」


 彼の慌てた顔が見られなかったのは残念でしたが、勝手に忍び込んだのは私の方ですし。今回はちゃんとベットで寝かしてくれたことに免じて及第点としましょう。起き上がりリビングへと向かいます。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう。とりあえず和食なら食えるよな?温かいうちに食べな」

「!」


 昨日は何かと理由をつけて敬語を外してくれませんでしたが、なにやら心境に変化があったようですね。なんとなく予想はできますが。


「なに笑ってんだ?」

「いえ、なにも。これからよろしくお願いしますね、横田君」

「ん?ああ、よろしくな、土御門」


 名前呼びはお預けですか、まぁいいでしょう。感情が分からない彼ですが、やはり感情が無いということはなさそうです。分かりにくいですが、明らかに今の彼は照れていますから。


 ───ふふっ


 これからの生活、思っていた以上に楽しくなるかもしれません。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺を好きにならないで!~相思相愛の呪いを掛けられまして~ ぬこ暖房 @nukkoneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ