第4話
もの凄く追及したそうな女子トリオを綾はあっという間に丸め込み、簡単に帰してしまった。彼女は、次は俺の番であるとばかりにこちらを向いて微笑む。
「それではいきましょうか」
「え、ちょっと!」
そのまま有無を言わさず歩き出した綾。彼女の話が本当ならばついていかない訳にもいかないので、慌てて追いかける。エレベーターにてここ数週間でようやく慣れた階を躊躇いなく押す綾に、いよいよ本当のことだったかと焦りが募る。
「あら、何も困ることはないと思いますが?」
———ありまくりだよ!
叫びたいのをぐっと堪える。確かに、隣にいたほうがいざという時の護衛はしやすいだろう。年頃の男女とはいえ、相手が俺なら問題は無いというのも理解できる。なによりも俺が困っているのは、
「・・・周りになんて説明するんですか?」
これに尽きた。綾は少し考え込む素振りを見せる。少なくとも、さっきのトリオには説明をしなければならない。さらに最悪なのは、彼女たちが周りに言いふらしたらどうなるか。超絶美少女の隣に住んでいる横田春の完成である。羨望にせよ嫉妬にせよ、注目を集めてしまうことは想像に難くない。それは俺の望むところではなかった。
ポーン、と間抜けな音を立て、エレベーターが目的階に到着する。綾は特に何も語ることはなく、目的地へ歩き出した。そしてそのまま鍵を使って扉を開ける。
俺の部屋の、だ。
「いやちょっと待ってください!」
流石にツッコミを入れてしまう。こわいこわいこわい!さも当然のように鍵を取り出したぞこの女!自分の鍵を確認するも、残念ながら俺の鍵を掏られた訳でもないようだ。当の本人は澄まし顔で、ちょいちょいと手招きする。詳しい話は中で、とでも言いたいのだろう。俺は混乱する頭でそれに従うしかなかった。
中に入ると嗅ぎ慣れない匂いがした。どことなく甘ったるい、男の一人暮らしでは絶対しないような。発生源は、俺が荷物置きにしていた部屋からだった。俺が住んでいる部屋は土御門家から提供されたものだ。3LDKという一人暮らしにしては広すぎる間取りも、使っていなかった部屋に女性ものの家具が鎮座することによって少し賑やかになっていた。なるほど、なるほど。
は?
「いつのまに!?」
「今日ですよ?」
今日と言っても、家を空けたのは卒業式とホームルームのみ。その割にはベッドからクローゼットなど必要なものはすべて運び込まれているように見えた。いったいどうやって?いや、相手は陰陽師とかいう常識の枠外で生きている連中だ。考えるだけ無駄だろう。それよりも、
「あの、土御門さん?」
「はい、なんでしょう」
綾はこれからの俺の反応が予想できるのか、その目を楽し気に細める。その堂々とした佇まいに思わず怯みそうになるが、聞かない訳にはいかないだろう。
「この家具は、あなたの?」
「はい」
いよいよもって綾の笑みが深くなる。この笑みは、あれだ、
「あなたは噓をつきましたね?」
「正解です。では種明かしとしましょうか」
パチパチと軽く拍手をすると、綾は何でも無いことかのように爆弾を投下した。
「お隣ではなく同居ですね」
俺は崩れ落ちた。
~~~~~~
どれだけ驚こうが昼時になればお腹は空く。事前に用意しておいた焼きそばを炒め、皿に盛り付ける。もちろん、二人分だ。綾は珍しいものを見たかのような反応をしていた。まるで初めて見るような。
「お口に合うかどうかわかりませんが」
「いえ・・・これもまた勉強でしょう」
これは本当に初めて食べるのかもしれない。箱入り娘がどんな反応をするのか興味があったので少し様子を見る。最初はおっかなびっくりといった様子で口をつけたが、一口食べれば後は夢中で食べていた。
「このような美味が存在するとは・・・」
若干尊敬の含んだ視線を向けてくる綾には今度また美味しいものを食べさせることを決意しつつ、さっそく本題に入る。
「同居というのは本気ですか?」
「はい。お爺様も了承なさっています」
「まじかよ」
いきなり本命の爺の協力が得られないと知って、俺の目論見は頓挫する。
「お嬢様はよろしいのですか?」
「ええ。短い付き合いとはいえ、あなたは信用に値する方だと認識しています」
本人も特に思うところは無し、と。
———あれ?これ詰んだ?
少なくともこのまま話しても論破できないことは分かりきっていたので、ケータイを操作し数少ない登録された連絡先を呼び出す。綾は大方こちらの動きも予測していたのだろう。特に訝しがることもなくお茶をすすっている。
『おぅ、どうだ調子は』
「どうだじゃねえよジジイ!!」
十中八九この騒動の黒幕である土御門家現頭首、土御門
『大きい声を出すな、老体に響くだろう』
「誰のせいだと???」
あと老体と言ったが、彼はバリバリの現役陰陽師だ。70に差し掛かっているにも関わらずピンピンしている。
『まーそういうことだ。諦めるんだな。お前が考える反論なぞとうに潰してある』
「くっ、言い返せない!!」
実際、土御門のお世話が無いとまともに生活できない俺にとって、彼が決定したことは絶対に等しい。若造が人生経験豊富なバケモノ相手に策略で勝てるはずもないのだ。
仲良くやれよ、との言葉を残して電話は切れてしまう。ため息をつきながら前を見ると、綾が少し困ったような顔をしていた。
「あまり責めないであげてください。お爺様もお爺様なりの考えがあっての行動ですので」
「わかってますよ、そんなことは」
そう、わかってはいるのだ。彼は俺をまるで実の孫かのように愛してくれている。でなければ、呪いを発見された時点で殺されていたし、このように高校に通うこともできなかっただろう。この身はいつも守られてきた。
「お爺様は、あれで不器用な方なのですね。そしてあなたも」
「……」
くすくすと笑う綾に何も言い返せない。本当は感謝しているのだ。やり方が強引かつ性急であることを除けば、彼が俺にとって不利益なことを押し付けたことはない。そのやり方に一言文句を言いたくなるものの、なんだかんだ従うのはそういうことだ。
切り替えるように頭を振って、未来に目を向ける。
「とりあえず、納得しました。差し当たり同居する際のルールを決めましょうか」
「なるほど、いい考えですね」
もはや同居は確定しており、どうしようもない。ならば、被害が最低限になるようにある程度のルールを決めなければならない。綾が奴の孫であるならば、警戒するに越したことはないだろう。
「では、まずは敬語をやめてください。どうせ気を使っているのでしょう?」
「へ?いや、土御門のお嬢様にそんな……待ってください、そのワキワキした手は何です?ちょ、なんでにじり寄ってくるんですか。ちょ、まってそんな年頃の女の子が武力行使はまずいですアーーーー!!!」
彼女のいたずらは俺が負けを認めるまで続いた。他のルールも彼女にいいように決められてしまう。内容は俺にとって不利益になるものはないため、反論も改定も難しそうだ。
———だめだこの女、制御できる気がこれっぽちもしねぇ
これからの生活が不安になる一コマだった。
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