第3話

 入学式を終えると各クラスに分かれて担任に引率される。向かう先は各々の教室だ。そうして教室に向かう間も、着いた後でさえ、皆が話すのはある一つの話題だった。そう、土御門綾である。


『凄かったね』

『可愛すぎね?』

『彼氏いるのかな?』


 ある意味で当然と言えば当然だった。あんな退屈な入学式を突如として切り裂いた閃光。1-Aは端のほうに集まっていたのも災いした。新入生代表として最前列の中央に座っていた綾はよく見えなかったのだ。もっとも、目を奪われるのも一瞬だった訳だが。

 誰もが彼女に関心を抱く、そんな状況。簡易的なホームルームが終わり、解散が告げられた後、彼女の元に人が押し寄せるのも通りだった。


「さっきは凄かったよ!」

「主席合格ってホント!?」

「かわいー!」


 余りの美少女っぷりに男子は声を掛けずらそうにしているが、すでに女子からの人気はうなぎ登りだった。矢継ぎ早に繰り出される質問にも嫌な顔一つせずに受け答えする綾。時折笑顔を見せる度、黄色い悲鳴があがる。


「すごい人気だね」

「あれだけ目立てばなぁ」


 一方で、俺は陽との(つまるところ初めての友達との)歓談を存分に楽しんでいた。

 以前の学校では俺の周りに空白地帯ができるくらいには避けられていたからな。あれは下手ないじめよりもよっぽど効いた。


 なんてことはないくだらない話も、陽は飽きもせずに聞き入ってくれた。人生の半分を呪いとその対策に費やしていた俺が、面白い話なぞできるはずもない。だが、どんなにオチのない話も相槌交じりに笑って聞いてくれる。


「なぁ」

「ん?」


 こてんと首をかしげながら先を促す陽。可愛い。


「俺らもう友達、でいいんだよな?」


 陽は一瞬ぽかんとすると、途端に笑い出した。かなり恥ずかしいことを言ったと自覚して、変な汗が出てくる。


「春って面白いね」

「ヴぇぁ」


 ついでに変な声も出た。いやだって!仕方ないじゃないですか!どっから友達って言えるのかわかんねーよ!


「僕は友達だと思ってたんだけどな~」


 てしてしと肩を叩かれる。やめて!これ以上は長年ボッチだった俺には耐えれないのよ!


 結局、別れ際までからかわれることになった。


 ~~~~~~


「俺はここでちょっと待たないといけないから」

「そっか、じゃあ、またね」

「ああ、また明日」


 校門前で綾と合流するために陽と別れる。綾に連絡を取ろうとして、騒がしい集団が近づいているのを感じやめた。案の定、その集団の中心は綾だった。


 そっと集団の後ろに合流する。今なら、綾にお近づきになりたい男子生徒の一人に見えるだろう。綾はというと、ちらりとこちらを見たものの何事もなかったかのように談笑を続けていた。


 ———すごいな


 近くで聞くと、綾のコミュニケーション能力が秀でていることがより分かった。誰の言葉も雑な対応をせず、そのくせ誰かを特別扱いするわけでもなく話題を流していく。

 さすがに慣れたか、はたまた蛮勇か、集団の中には男子の姿もあった。容姿や雰囲気からして自分に自信があるタイプの奴らだ。そういった奴らほど聞くに堪えない自慢話や下心スケスケの話題が多いと思っていたが、案外おとなしくしている。いや、正確にはその兆しが出ると綾が話題を変えてしまうようだ。出鼻を挫かれまくっている彼らには焦りが見えた。もちろん普通の話題なら男子だろうとちゃんと対応しているので、彼らもそこらへんの線引きに気づき始めていた。


 ———これで主席合格なんだもんなぁ


 天は二物を与えずと言うが、果たして彼女はいくつ持っているやら。もはや羨望すら抱かせない圧倒ぶりに素直に称賛するしかなかった。


 ~~~~~~


 我が家であるマンションの前で集団はぴたりと止まった。綾が立ち止まったからだ。この状況でエントランスに入れるとは思わないため、俺からしたらいい迷惑だ。


「それでは、みなさんまた明日」

『ばいばーい』


 ん?


 綾がおもむろに集団を解散させた。とはいえ、少しでも仲良くなりたいものが名残惜しそうにたむろする。これは落ち着くまで時間が掛かりそうだ。


「へいへーい」

「帰った帰った!」

「綾ちゃんも疲れちゃうでしょー」


 と思いきや女子三人組が追い立てて帰してしまった。綾もこれは意外だったのか少し嬉しそうにすると、珍しく自分から声を掛けにいく。いくつか言葉を交わし、そのまま連絡先を交換したようだった。って、そうじゃない。問題は何故ここで解散したのかだ。


「およよ?」

「駄目じゃないか」

「君も帰るよー」


 俺のことも諦めが悪いやつの一人だと思われているらしく、三人でスクラムを組んで威嚇してくる。妙に息があっているのが腹立たしい。


「いや、俺は…」


 説明しようとしたところを綾が手で制した。彼女が隣に立ったことで三人組の警戒も少し緩まる。チラリとこちらを見た瞳がイタズラっぽく細められたのは、気のせいだったか。


「彼はいいんです」

『???』


 俺+三人の疑問符を受け止めて、綾は微笑んだ。


「私と彼、お隣さんなので」


 は、


『はぁぁぁぁぁぁあ!?』


 嫉妬か、驚愕か。少なくとも今日1番の衝撃に晒され、俺+三人は仲良く叫ぶ羽目になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る