第2話

「あぁ、おはようございます。噂のご令嬢であってますか?」


 とりあえず挨拶を返したのだが、あちらはずいぶんと驚いた様子だ。感情の抑揚を制限しなければならない俺にとって、この程度の出来事は反応する必要のない程度のことだ。


「大抵の殿方は見惚れたりするものですが、まったく下心を感じません。これまで半信半疑でしたが、事実のようですね」


 なるほどな、と一人納得する。目の前の少女は十人中十人が振り返りそうな美貌をしていた。


 少し垂れ気味なはずなのにどこか芯を感じる大きな目。遠目からでもわかるきめ細やかな肌。唇は瑞々しく震え、鼻はすらっと伸びている。癖など微塵も無さそうな黒髪を丁寧にポニーテールにまとめ、肩口あたりを楽しそうに揺れている。全体的な化粧は薄目か。笑う右目尻にポツンと主張する泣きボクロと、薄っすらと引かれたアイラインが少しの妖艶さを演出している。小さな顔にこれでもかと選りすぐりのパーツを詰め合わせたような、かわいいときれいを絶妙なバランスで混ぜたらこうなるのかと感嘆させられる美貌だった。


 プロポーションも凄まじい。身長は160cm程だろうか。胸部は制服をこれでもかと盛り上げているし、そのくせ胴はしっかり細い。手足は健康的な太さを保ちながら、ちらりと見える肌は透き通るように白かった。


「あー、うん。可愛いと思いますよ」

「不躾に眺めてきたと思えばそれだけですか。少しは本当に思っている雰囲気を出していただけますか?」


 こちらの反応に少女は不満そうだが、仕方がない。何も感じないように訓練しているのだから。なるほど非常に可愛らしい少女だ、という認識が感情と別の部分で処理される感覚。


「そういわれましても、私の呪いはご存じですよね?」

「それはそうですが、女心がわかっていませんね。減点です」


 何を採点されているのか、と辟易していると、少女はこちらに手を差し出してきた。不思議そうにそれを見ているともうっ、といった感じで手を取られる。


土御門つちみかど あやと申します。これからよろしくお願いしますね」

「横田 春です。こちらこそよろしく」


 握った手を上下される。力加減が地味に痛い。


「さて、横田君。学校に向かいながらこれからのことを話しましょう。呪い抑えの呪具は?」


 ちら、と右手首を見せる。そこには有力な陰陽師が集って編んだとかいうミサンガのような紐が結んである。

 綾は(家が大きい関係上土御門さんが多すぎるため、心の中では名前で呼ぶことにする)それを認めると安心したように一つ頷くと、学校への道を歩き出した。


 ~~~~~~


 綾の話は要約するとこんな感じだった。


 ・登下校は基本同伴

 ・外出は場合によるが長時間に渡る場合は同伴が望ましい

 ・学校内は同伴不要

 ・連絡は携帯電話で

 ・何かあればお前を殺すby爺


 なんともまあ長い付き合いになりそうな内容に気づかれないようにため息をつく。


 てかジジイ、あいつ私情を持ち込んでるだろ。


「特に悪霊の気配がした場合は真っ先に連絡をしてください。何を置いても駆けつけますので」


 そう言って自分の豊かな胸をポンと叩く自信ありげな綾を前にして、思わず微笑ましい気持ちになる。まるで妹の背伸びを見守るような、あ、ばれた。

 ジトっとした目線を寄越す綾だが、彼女の容姿でそれをされても怖いどころか可愛らしい。


 そうこうしているうちに学校に到着した。自宅のマンションから徒歩20分ほどか。敷地内に踏み入ると呪いを弾くようなピリッとした感覚。なるほど、霊的な防犯もしっかりしている。もっとも、俺の呪いに対しては無意味なのだが。


「私は用事があるのでこれで」

「わかりました」


 ひらひらと手を振りながら小走りに走り去っていく綾を見送る。ふと、周りの注目を集めていることに気が付いた。


 ———普通がいいんだけどな...


 この短時間綾と一緒に居ただけでこれだ。綾という美少女が与える影響、そして彼女と長く一緒にいなければならないという状況に、改めて苦笑してしまう。これでは普通の枠組みから早速外れそうになっているようなものだ。


 とりあえず、「新入生はこちら」の看板に従って移動することにして、周りの目から逃れるように歩き出した。



 ~~~~~~~



 新入生は体育館に集められていた。これだけの人数が一堂に会することすら俺にとって真新しい体験であるため、新たな環境に来たことを嚙み締める。新入生はさらにクラスに分かれて整列しているようだ。体育館前に張り出された紙によると、1-Aが俺のクラスだ。すでに仲のいいグループができているように見えた。


 ぱっと見て空いていた椅子に腰を下ろす。隣の男子が息を呑む気配がした。


 さっそくやらかしたか!?とびくびくしていると、あちらから声をかけられる。


「ね、ねぇ」


 とても可憐な男だった。男に可憐という形容詞が正しいのかわからなかったが、俺の脳内ではそう処理された。男子の制服を着ていなければ女子と間違えていただろう。全体的に線が細く頼りない印象を受けるものの、それが一層彼の儚さを演出している。伏せ気味の顔からは長いまつ毛が見え、世の女性から恨まれそうな中性的、いや女性的な美しさが備わっていた。


「なんですか?」


 正直容姿なぞどうでもいいが、これが友人候補とのファーストコンタクト。俺はがちがちに緊張していた。少し固い返事になってしまい心の中で涙目になる。


「こ、これ、どうぞ」


 差し出されたのは校歌の歌詞が書かれたプリント。おそらく後から配布されたためこうして生徒で回しているのだろう。


「あ、りがとう」


 笑うことなかれ。これまで碌なコミュニケーションを取ってこなかった俺にとって、しっかり返事をして愛想笑いをするだけでも難易度が高かったのだ。


 何か続ける言葉を探すも見つからず、残念ながらここで会話終了かなと思っていると、相手は顔を逸らさない。


「僕、長谷川はせがわ ようって言うんだ。よ、よければ君の名前を教えてくれない?」

「……横田 春。春って呼んでよ」


 よかった。夜通し考えた自己紹介テンプレ10が咄嗟に出てきてくれた。ぶっきらぼうな言い方になっていないか心配でしょうがないが、陽が嬉しそうな顔をしたのでホッとした。


「春だね!僕も陽って呼んでいいよ。知ってる人がいなくて不安だったんだ~」

「奇遇だな、俺も不安で仕方なかった」


 一緒だね、とはにかむ陽に思わず後光が見えた。やだなにこの子可愛い。


 それから、軽い自己紹介をしていると式が始まるまであっという間だった。


 ずいぶんと調子がいい滑り出しに心の中で小躍りしていた俺は、新入生代表挨拶に主席合格した綾が選ばれていることも、その綾が圧倒的な存在感で皆を魅了することも、


その綾とこれから一緒にいるということがどのような意味を持つのかもまだ理解していなかったのだった。

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