第2話 おれはライトじゃない!


 朝食は、パン、ベーコンエッグ、サラダ、紅茶だった。

 まるで喫茶店のモーニングだな。しかし箸はない。ナイフとフォークで食べるわけか。

 そして部屋のインテリアは、欧米住宅のようにエレガント。


 リンカさんの趣味なのだろうか? 

 それともライトの趣味か?


 どちらにしても、地球とほとんど変わらない生活様式だ。

 照明もある。

 キッチンもある。

 テレビは……なさそうだな。


 ピッ!


 おっと、いきなり壁に特大の画像が映し出された。

 あれは、お天気お姉さんなのか? 地図を指さしながら、


「今日はだいたい晴れまーす!」


 と叫んでいる。


 テキトーだなぁ。


「イヴくん! 食事中にテレビを見ちゃダメですよ」

「はーい、ママ」


 サッとイヴくんが手を払うと、画像が消えた。

 やはり、あれがテレビか。

 どこかにプロジェクターがあるのだろう。

 まぁ、とりあえず飯を食うか。

 リンカさんが、はやく食えっ! と無言の圧をかけてくる。顔は美人なんだけど、こ、こぇぇ……。


 ぱくっ。


「うまい!」


 もぐもぐ食べていると、リンカさんがにっこり笑う。

 めちゃ可愛いんだけどぉ!

 おかわりの紅茶もくれて、優しい。

 でも、リンカさんって何歳なんだろ?

 どう見ても、まだ10代なんだよなぁ……。


 ピコン♪


 頭のなかで音がなる。


 ん?


 ふと気づけば、目の前に画像が浮かんでいた。


『 リンカ 女性 19才 魔導科学者 』


 え? 若っ!


 これって……リンカさんのステータスだよな。

 うん、異世界ものでよくあるやつだ。

 しかし、彼女やイヴくんには、この画像が見えていないらしい

 これは、おれにしか見えないAR。

 つまり拡張現実ってやつだろう。

 っていうか、おれって何者なんだ?


 ピコン♪


『 ライト 男性 27才 魔導剣士 』


 ま、魔導剣士! かっけぇ! 

 27才なんだ……前世と同い年だな。見た目は違ってイケメンだが……ん?

 

 ガツガツ! むしゃむしゃ!


 となりで食いまくるイヴくんは?


 ピコン♪


『 イヴ 男性 5才 魔法学校1年生 』


 どうやらおれの息子らしいが、え? ちょっとまって、計算すると……。


 リンカさん、14才で出産してるじゃん!


 でも江戸時代では、10代の出産はあたりまえときくし、なにせここは異世界だ。

 びっくりしてるおれのほうが異端だろう。

 にしても、イヴくん朝からめちゃ食うなぁ。


「ムシャムシャ、ママー! おかわり!」

「んもう、イヴくんこれでブレッド10個めよ」

「もぐもぐ、うまっ!」

「やれやれ……ライトさんにいっぱいギルドを稼いでもらわないと、食費がくるしいわ……光熱費を節約しなきゃ」


 え? そうなの?

 ぜんぜん家計の事情がわからん。

 ギルドってお金の単位か?


 ピコン♪


『 ギルド 仮想通貨 』


 そ、そうなんだ……。

 仮想通貨って、なんかデジタルだな。

 とりあえず、転生したっぽいことをリンカさんとイヴくんに話しておこう。


「ごちそうさま……」

「おそまつさまです。ライトさん」

「あの……ちょっと聞いてほしいんだけど、いい? リンカさん、イヴくん」


 なんですか? ほえ? とふたりとも顔をあげた。

 おほん、とおれは咳をしてから口を開く。


「おれはライトじゃない!」

「……ライトさん?」

「パパ、あさからへんだよ?」

「ああ、あの……うまく説明できないんだけど……おれはホシノマコトっていう名前の日本人なんだ。日本ってわかる?」


 リンカさんは首をかたむけた。

 猫みたいな瞳をしてて、可愛い。


「ニッポン? なんですかそれ? パティの新作ケーキなら買ってきてください」

「いや、ケーキじゃない。知らないならいいんだ……あはは、やばいことになったな……こりゃ」

「変なライトさん……記憶をなくしているんですか?」

「じつはそうなんだ……」

「あら、大変! たしかに、ライトさんはわたしのことをいつも呼び捨てでしたねぇ」

「たいへん、たいへん、へんたーい!」

「こらっ、イヴくん! 言葉をひっくり返して遊んじゃいけません」

「ママ、こわーい」

「はっ! そんなことより、イヴくんは魔法学校の用意をしてください! もうバスが来ちゃいますよ!」

「あ! いっけねー」


 てへってすると、イヴくんは顔を洗ったり、ハミガキをはじめた。

 えらいな、ちゃんとひとりでできるみたい。


 さて、どうしたものやら……。


 ん? なんだあれは?


 ふとリンカさんを見ると、丸い形をしたものに指をふれた。


『ソウジヲハジメマス』


 え? しゃべった?


 どうやら掃除ロボットのようだ。

 この異世界は、科学技術があるらしい。

 しかしどうやって動いているのだろう?

 

「ライトさん」

「な、なんだあれは……充電式なのか?」

「ライトさん!」

「魔法学校……魔導剣士……魔導科学者……」

「ライトさーん!」

「は、はい!」


 リンカさん、顔がちかい!


「今日は冒険にいきますか? 晩ごはんまでには、帰ってきてくださいね」

「え? 冒険? なにそれ?」

「んもう、記憶喪失ごっこはやめてください! さっさとギルドを稼いで税金を払わないと、また役人さんに叱られますよ?」

「え? 税金、払ってるの?」

「あたりまえじゃないですかっ! 納税しないと捕まりますよ!」 

「ご、ごめんなさい……こえぇぇ……」

「まったく……家賃なら大家さんがまってくれますが、役人さんの取り立ては厳しいですよ。わたしはイヴくんのお迎えがあるので冒険には出られませんから、我が家はライトさんが稼ぎ頭なんです。頼みましたよ魔導剣士さんっ! うふふ」

「あのぉ……おれって魔法が使えるの?」

「うふふ、雷の魔法が得意じゃないですかぁ……このこのぉ、冒険者で一番強いくせに〜」

「そ、そうなんだ……あはは」

「んもう、今日は本当に変ですねライトさん……イヴくんじゃないですけど、昨日の夜、変態なことをやりすぎちゃったかしら? うっふふ♡」

「……リ、リンカさん?」


 なんでもありません、とはぐらかすリンカさんの顔が赤い。髪を耳にかけ、もじもじしてる仕草……。


 か、かわいすぎるーっ! 


 おれは異世界にきて、美人妻をゲットしたぁぁ!

 

「あわわわ……な、なんだこの異世界は? 都合よすぎじゃん! なろう系か? あははは!」

「ライトさん! いいかげんにしてください!」

「ご、ごめんなさい……」

「イヴくんをバスまで送っていってください。わたしは家で開発してますから」


 開発? と聞き返すと、リンカさんはにっこりと笑った。


「新しい魔導具の開発中なんです。完成したら見せてあげますね! こんどこそ、売れると思います! よっし、がんばります!」


 魔導具? わけわかんないけど……。

 けどまぁ、とりあえず話をあわせよう。

 リンカさんを怒らせると、こわい。


 ドガッ!


「ん?」


 いきなり後頭部に衝撃を感じた。イヴくんから飛び蹴りをくらったみたい。

 かなりの攻撃だったが、ぜんぜん痛くない。

 っていうか、何するの、この子?

 

「パパー! ずのうにつおいしょうげきをあたえると、きおくがもどるらしいよぉ」

「ねえ……だからっていきなり蹴るのはよくないよ」


おれはいちおう父親だ。

きっちりダメなことは教えないとな。


「ふぇぇ、ぼ、ぼくのけりがきかないなんて……バケモノだぁぁ」

「蹴っていいのは悪者たげにしなさい」

「わかった! わるもの、けるっ!」


 キラッ


 ん?


 リンカさんが、瞳を光らせてにらんでる。

やっぱ、怖ぇ……。


「ライトさん! イヴくん! 遊んでないで、はやくいきなさーい!」


 はい! ふぁい! とおれとイヴくんは答え、ふたりで玄関の扉を開けた。


 ブワッー!


 さわやかな風がふく。

 青い海に美しい街並み、建物は白と青で統一され、まるで絵に描いたような風景が広がっていた。


「な、なんだあれは?」


 きらきら光る海の上に、なんと島が浮かんでいて、そこには漆黒の城がそびえ立っていたのだった。

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