第29話 本物と偽物
「マジであんなの久しぶりに見たわー」
「やばいよね流石に」
放課後、俺は部室に向かうため廊下をのんびり窓の外を見ながら歩いていると何人かの生徒が小走りで玄関の方へと向かって行った。玄関に向かう生徒と玄関から戻る生徒がいるみたいだ。
なんだか今日は騒がしいな。
玄関に向かう小走りの生徒を振り返って眺めた。……なんだか嫌な予感がする。そう思ったのも束の間だった。
「へ?」
何者かに腕を掴まれて玄関まで連れていかれる、だが後ろ姿ですぐに誰かはわかった。
……花火だ。
「何してるんですかもぅ! 大変な事になってるんですよ!」
花火が血相を変えて急いでいる。
そうして花火に腕を引っ張られるがまま連れて行かれた先は中庭だった。なにやら生徒がうろうろと群がっているようにも見える。
「中庭に群がる人だかりの中にはいったいなにが……」
「何つまんない事言ってるんですか!」
寒いギャグに手厳しくもツッコミを入れてくれた花火。
群がる人の群れを2階3階から見守る生徒たちの姿。野次馬と呼ぶには充分過ぎる人だかり。
その中央には落書きされたオブジェクトのような物が置いてあった。なんだこれ……。
「……机?」
「そうですね」
なぜこんなところに机があるのか不思議だ。まるで教室から投げ捨てられたような有様。
それにひどい落書きだ。『死ね』『消えろ』『コミュ障ビッチ』といろいろ書かれている。
……っ!!
「番匠だっ!」
俺は人混みの中から必死に番匠を探した。
そして2階3階と高みから見物をする人たち、野次馬の群れと順に探していった。
……いた!
中庭の人混みから廊下に戻っていくショートボブを視界にとらえた。
俺は走って番匠のもとへと向かった。
後ろから追いかけてくる花火。
……廊下に戻ったタイミングで番匠を呼び止めることに成功した。
「番匠!」
「……っ!」
歩いている番匠の足が止まり、振り向いてから俺を見つめる。そして無言を貫いている。
「あれってお前の机じゃないのか?」
視線を逸らす番匠はどこか切ない表情を浮かべている。
「……そうだけど」
そうだけど?
割り切ったからなのか開き直ったからなのかわからないが、番匠が無表情で俺を見ている。
「どうするつもりだ?」
「別に何もしないよ……意味、ないから。もうどうでもいぃんだょ……」
まるで悲しげな表情を隠すかのように顔を背けて再び歩き始めた。
「どうでもいいって……あれだけ勇気を出して一歩踏み出したじゃないか」
俺の言葉が届いてないのか、番匠は何も言わずにその場を去っていった。
それと同じくして花火が追いついて来た。
意外にも荒い息遣いをしている。
「先輩……足……速過ぎてキモいです」
「それは褒めてる? それとも貶してる?」
「キモいです! 何くよくよしてるんですか! さっきの人追いかけないんですか、助けないんですか!?」
助けたかったよ。でも既に手遅れだ。
「別にいいだろ……」
俺と番匠の何を知っているというんだ。
今日の昼休み、あれだけ勇気を出した番匠に対して俺は『いつでも味方だ』と言った。
でも見てみろ、俺は何も出来ず番匠はあれだけショックを受けていたじゃないか。去り際には『もうどうでもいい』とさえ言わせてしまった。
……自分が嫌になりそうだ。
「っ!」
そんな俺に対して花火は無言で腹を殴った。とても華奢でか弱いパンチだ……。
「しっかり、しっかりしてよ!」
なぜお前がそんなに悔しがる。
番匠美乃は花火からすれば赤の他人じゃないのか。なのになんで……
それからも華奢なパンチを複数回繰り出す。
「関わる人たちを笑顔にするんじゃないの!? こんな弱気な先輩なんてみたくないです! 何のために……すいません、ちょっと取り乱しちゃいました」
伸ばし切った右腕が緩まり、脱力するように花火が俺の胸に頭を預けた。
「……はな…び?」
「もっと自分に自信をもって下さいよ、もっと自分を信じて下さいよ。そうやって今までもこれからも周りを笑顔にして下さいよ……」
花火の顔が見えない。
この言葉は俺に対しての期待の言葉なのか励ましの言葉なのか、それとも……花火は五之治優春を知っている……のか?
冷静に今の状況を整理しようとしている自分が情けないと思った。今はそんな事、どうだっていいだろ。
俺が誰かなんて関係無かった。俺は俺だ、関わる人をたちを笑顔にしたいんだ。
「悪い、俺行ってくるよ!」
花火はこくりと頷いて再び俺の胸に華奢な拳を当てた。
「はいっ」
おれは花火をその場に置き去りにして番匠の跡を追いかけた。だがどこに行ったのか検討もつかない。天文部の部室は部活中だからありえない……。
番匠は俺と同級生だ。クラスは確か2-B。
考えるよりも先に体が動いていた。
俺は走りながら今までの番匠の行動、オリジナルと非存在の全てを含め考えていた。
今日学校に来ている番匠は本物だ。では偽物の番匠は学校に来ていないのか? 否だ。
答えは2人とも学校に来ている。
そしてさっき俺の前で『もうどうでもいい』と言ったのは恐らく偽物……非存在の番匠。
俺は2-Bの教室のドアを勢いよく開けた。
「見つけたぞ番匠! いや、偽物の番匠!」
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