第30話 偽物との約束

「見つけたぞ番匠! いや、偽物の番匠!」


 勢いよくドアを開けた俺の視界に飛び込んで来たのは二人の番匠の姿。誰もいない放課後の教室、その中央で二人が俺に視線を送る。


 どうして二人で学校に来てやがる。


「五之治くん助けて、美乃がおかしいんだよ」

「おかしいのはそっちでしょ」


 言い争いをしている本物と偽物。


 俺には正直二人の違いがわからない。

 見た目、声、仕草、そのどれもが瓜二つなのだから。違うのは性格だけ。

 オリジナルと話した時に言っていた、偽物は本物がなりたいと思った理想の自分だと。

 

 だがもし最初から全てが逆だったとしたら。


 俺がオリジナルと認識している番匠が実は偽物で非存在と認識している番匠が本物なのかもしれない。

 その事実確認をする術は存在しない。なぜなら俺は非存在が現れてからの番匠しか知らないのだから。


「その前に、本物はどっちだ?」


 その問いに両方の番匠が手を上げた。

 ……間違いなく偽物が騙しに来ている。


 つまりこれは俺に本物の番匠を見極めろという偽物が仕掛けたゲーム。


「なら今日の昼休みに俺と天文部の部室で昼ごはんを食べたのはどっちだ?」


 同じく両方の番匠が手を上げる。

 まったくもって紛らわしい。

 

 俺は左側の番匠に問いかけた。


「俺と初めて会った時の場所を覚えているか?」

「天文部の部室、一緒に昼ごはん食べた。忘れるわけないよ……」

「じゃあその時、何を交換したか覚えているか?」


「……唐揚げでしょ、五之治くん唐揚げ好きだもんね」




 ……決まりだ。

 

 左の番匠が偽物で間違いない。

 本物の番匠は初めて俺と会った時、唐揚げを譲ってくれなかった。代わりにと言ってブロッコリーを差し出された事を覚えている。


 そして俺が偽物と認識している番匠が偽物で間違いないと結論づける決定的な証拠、それは渦巻の発言である。

 ……2回目と3回目の昼は偽物の番匠だった。そして昼飯に渦巻を誘った時、彼女はこう言った。

『あの子……人じゃないし』

 

 渦巻は何故そういう発言が出来たのか理解できないままだが、今は妙に渦巻のその言葉が信じられる。


「どうしてこんな事してるんだ非存在の番匠美乃」


 俺は左側の番匠を見つめながら言った。


「どうしてって……」


 見破られたこともあり言葉に詰まる非存在の番匠は俺から目線を逸らした。

 

 そして再びを俺に視線を合わせる。


「美乃が……美乃が頼りないからに決まってるじゃん! だいたい美乃が学校に行きたくないから私が生まれたんだよ!? なのになんで今更また学校に行きたいとか言い出すわけ?」


 まるで開き直ったかのように逆上する非存在の番匠。


「そ、それは……」


 本物の番匠は圧倒され言葉に詰まる。


「美乃が学校に行き出したら私の存在価値が無くなるじゃん! だからもう学校には来ないでよ!」

「それはできないよ……。確かに私はいじめられていて学校にも行きたくなかった。でも行きたい理由が見つかったんだよ、また学校に行きたいって思えるようになったんだよ……」


 本物の番匠の目線は下を向いたままで誰とも目を合わせようとしていない、だけど気持ちは十分に伝わってくる。



「あの机の落書きの犯人はお前だったんだな」




「……そうだよ」


 偽物の番匠が答えた。


 その返事に番匠本人は膝から崩れ、小さくてか弱い声を発しながら泣きだした。


「美乃には学校に来てほしくなかった。だって私の存在価値が無くなるから私の意味が無くなるから。だから学校は怖いところって伝えたかったの」

「どうしてそこまで……非存在の存在価値が無くなるとどうなるんだよ?」


 偽物は俯いてじっくりと床のタイルを見つめ、切ない表情を浮かべた。


「……消えるんだよ。文字通り消滅」


「なっ」


 驚いた。


 しかしその言葉に一番驚いていたのは本物の番匠だ。

 番匠は泣きながら赤くなった顔を上げて偽物を見つめている。


「そ、そんなの聞いてないよ」


「だって言ってないもん。私、非存在の偽物はね、学校に行きたくないと願った気持ちから生まれた存在なの、だから美乃が学校に行きたいって思うようになれば当然消えるよ」


 徐々に辛辣な表情になっていく本物の番匠。だが偽物は話を続ける。


「もし仮にそれを言ってたら学校に行きたいなんて絶対に言わないでしょ。……だって美乃は優しいんだもん、存在するはずのない私にも同じ人間であるかのように優しく接してくれる。そりゃ私だって消えたく無いって思うようになるよ……」


 偽物の番匠の姿が徐々に霞んでいく。

 本当に彼女は消えてしまうのだろうか。


「ねぇ…なんで……消えないでよ……」


 泣きながらも必死に声を出す番匠。


「また一緒に恋バナとか…したいよ……」


 霞んでいく偽物の番匠の目にゆっくりと涙が浮かび上がる。


「うぅ……もぅ…こんな時にまで泣かせないでよ……でももう消えかかってるから無理みたい。……机の落書きはごめん、あとで五之治くんに手伝ってもらって。あと悪あがきみたいなことしてごめんね……でもそれだけ美乃と一緒に過ごせた時間が私には宝物だったんだよ……あと五之治くん、美乃を泣かしたら許さないからね、あと……これからも美乃は道に迷うと思うから助けてあげて……」


「あぁ。任せろ……」


 すると泣き崩れていた番匠が立ち上がった。


「ありがとね美乃……明日から美乃の分まで…学校…楽しむから……!!」


「約束だよ……美乃。あぁ……幸せだったなぁ……」


 最後の言葉を残して偽物の番匠は消滅した……。


 泣き崩れていた番匠の目はどこか遠くを見つめているようで勇気を出した番匠の決意が、その表情からも伝わってきた。

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