第28話 番匠の涙


「朝からハーレムだねー、優春くんは」


 渦巻の声を聞くなり顔を背けるように前を向いた水鳥。

 この二人の関係がものすごく気になる。


「どこがハーレムなんだよ」


 後ろに振り返って答えると意外にも驚いた表情を見せる渦巻。


「えっ、もしかして関わる人たちのこと可愛いとか思わないのー?」


 隣の水鳥の眉がピクリと動く。

 

「優春くんの周りってやけに可愛い子が集まってるの、うちの気のせいかなー? 水鳥さんも気になるよねー」


 ついに水鳥に話題を振りやがった。


 水鳥は渦巻の質問を聞いても振り返らずに前を向いたままだ。


「確かにそうね。くんとでも呼ぼうかしら……」


 珍しく水鳥が悪ノリしてきた。

 それよりも意外なのはこの二人が歪みあったり睨み合ったりしなかったことだ。


「ハレ春くんはウケる、うちもそう呼ぼーっと」


 何だ朝からこのいじられ方は。

 一時はどうなることかと思ったのだが二人の仲は意外にも悪くなさそうで安心した。


「2人って仲良いのかよ……」


「……」

「……どうだろうね」


 と渦巻。水鳥は相変わらず黙り込んだまま前だけを見ている。

 やっぱり子供じゃないか、なんて大人振った事を考えながら午前の授業を消化した。



 ♦︎♦︎♦︎



 昼休みが始まるチャイムと同時席から立ち上がり天文部の部室へと向かった。


 振り返ると渦巻はすでに居ない。

 早過ぎるだろ。それに水鳥も急ぐように歩いてどこかへ行ってしまった。


 まぁいいか。


 俺は机上を整理してから部室へと向かった。

 今日はオリジナルの番匠が部室にくる日だ。

 それも一人で。



 部室の前で立ち止まり深呼吸してからドアを開けたが部室には誰もいなかった。


「まだ来てないのか……」


 俺はいつも座る席に座ってから弁当を机の上に広げて番匠が来るのを待つことにした。

 5分ほどだろうか、待ち時間の終了を告げるようにゆっくりとドアが開いて番匠が顔を出して覗き込んでいた。


「遅かったな。なんかあったか?」


「なんとなく……他に誰かいないか不安で、つい……」

 

 そんな番匠は部室を見渡してから申し訳なさそうに入ってきた。

 俺に会ってからも顔を下げている番匠が少し可哀想に見えてくる。


「とりあえず食べようぜ」


「……そうですね」


 座ってからゆっくりと弁当を広げた。そして何も言わずに手を合わせて食べ始める番匠。


 弁当を机に広げる動作や、箸を口に運ぶ腕が震えているように見えた。


「なぁ番匠、何か無理してないか?」


 すると番匠の動きがピタリと止まる。

 俺はそんな番匠の目を見つめた。

 すると箸を机に置き、右手を胸に当ててから深呼吸した。


「今日言うって決めてたから言うね……。実は私、いじめられているの」


 天文部の部室で一人でご飯を食べていたこと。『コミュ障』だと言われても自覚していると言っていたこと。

 ……他にいろいろと何となく察しはついていた。


 だがそこじゃない。


 いじめられている人間は自分がいじめられているなんて、なかなか人に言えるもんじゃない。それは周囲にいる人間、誰が敵なのかさえわからないからだ。逆を言えば周りに一人でも味方がいれば抜け出す事ができる。


 つまりいじめとは周りに一切の味方がいないから起こる現象。

 最初は俺のことでさえ味方だと思っていなかったのだろう。


 そんな番匠が勇気を振り絞った。


「別に助けて欲しいわけじゃないよ。……私は変わりたい、そんな勇気が欲しかっただけ。そしたらここで君に出会ったの。

 五之治くんってなんか大人っぽくて話しやすいなって思って、また話したいなって思って、家に来てくれた時にも私のこと伝えなくちゃって思って……でもなかなか言えなくて……」


 番匠が身振り手振りで話し、目からは僅かだが涙を浮かべている。


 番匠の一生懸命さが伝わってくる。


「そっか。……そうだったのか」


「実はね、ここで初めて五之治くんに会ったのは私。本物の…番匠美乃だったんだよ……知ってた?」

 

 思えば初めて会った時はとても腰が低かった気がする。

 二日目からは非存在の美乃になっていたのも納得できる。

 

 いじめのせいで学校に来たくなかったから。入れ替わっていた……。


「俺で良かったらいつでも話し相手になるよ。それに俺は番匠の味方だ。こう見えても喧嘩は強いんだぜ?」


「ありがとね……良かったっ……伝えることが…できて……」


 それから番匠は少しの間、弁当を食べることなく泣いていた。俺は声をかけることが出来ず、涙を拭う番匠を見守っていた。


 番匠美乃は俺が守る。彼女を傷つける奴は許さない。そんな気持ちが心の中に芽生えていたことに自分でも気づいていたが、この気持ちが愛情からなのか友情からなのかはわからなかった。


 勇気を振り絞った人間は強い、その気持ちを持ち続けることができればいずれいじめはなくなるだろう。だがこの学校という環境はそう簡単に勇気を振り絞った彼女を祝福してはくれなかった。



 そして放課後、事件が起きた。

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