第27話 小さな勇気
「あーのーさ、いつまで話してるの?」
非存在の番匠がいきなり部屋に入ってきた。
……今の会話を聞かれたかもしれない。
「あ、あのさ美乃、明日は私が学校に行ってもいい?」
先ほどまで俺と話をしていた番匠が非存在に聞いた。
同じ人物だというのにオリジナルはどこか弱気だが……一歩踏み出した。
「別にいいけど、美乃は行っても平気なの?」
なにやら心配そうな顔つきでオリジナルを見つめる非存在の美乃。
……この二人の会話はややこしい。
それにさっきの言葉はどういう意味だ……。
「なぁ、学校で何かあったのか……?」
「あした、学校で話すね……今日はもう帰ってくれないかな」
立ち上がった番匠は部屋の入り口まで足を運びドアを開けてから俺の方を見る。
「あぁ、悪いな。じゃあまた明日の昼な」
ドアが閉まる。
俺は非存在の番匠に案内されるように玄関まで連れていかた。
そして靴を履くために屈んでいた。
「五之治くん」
靴紐を結ぶ手を止めた。
「どうした?」
「私たち二人の関係にあまり口を出さないで欲しい。せっかく美乃は学校に行くことなく平凡に過ごしている。だからあまり関わらないでよ」
いつもの冗談を言う非存在の番匠とは打って変わってシリアスな表情で俺を眺めている……。
この番匠はオリジナルの気持ちを考えたことがあるのだろうか。
自分の居場所が誰かに取られようとしている人の気持ちを……。
だがこの時の俺は何も言い返せず、ただただその言葉に頷いただけだった……。
———————————————
5月12日(木)
一睡もできなかった。
昨日の番匠の言葉が頭から離れず中々眠りにつけなかった俺はヨレヨレの目を擦りながら学校へと自転車を漕いでいる。
なぜだか知らんが自転車の後ろには花火が乗っている。
「先輩っ! もっとスピード出してくださいよ」
「これが今日の俺の全力だ……」
「……はぁ。どうしたんですか朝からミイラみたいな顔して」
……はぁ。
時を遡ること20分前
中々寝付けなかった俺は窓の外が明るくなったタイミングようやく眠ってしまった。
もちろん寝坊した。
だが遅刻したわけではなく母親に起こされた。なかなか起きてこなかった俺が心配になったのだろう。
そして朝ごはんを食べる暇もなく家を出て絶賛カチ漕ぎ中だ。
……ここまでは良かった。
学校までの時間は自転車で10分程度、これは以前計測済みだ。
しかしその代償として生徒指導の先生にこっぴどく叱られ挙げ句の果てには美徳先生に爆笑されたが、何のことはない。
俺は、まぁ間に合うだろう。
と油断していた矢先、曲がり角から食パンを加えた動物が飛び出してきたのだ。
もとい、食パンを加えた少女が勢いよく飛び出してきたのだ。
俺は急ブレーキをかけてその少女の目の前で止まった。
少し驚いていた少女だったが、その少女は俺の顔を見るなり言葉を発した。
「ありがとうございます!」
……は?
と疑問に思ったのも束の間、少女はすでに俺の後ろに跨り食パンをゆっくりと食べている。
どうしてこうなったものか。
果たして俺は間に合うのだろうか。
「それより先輩っていつもどこで昼ごはん食べてるんですか?」
「なんだよ急に……」
「実は昨日の昼に先輩の教室の前を通ったんで、いるかな〜って思って見てたらいなかったんで気になりました」
「まぁ最近は……部室で食べてる」
花火が後ろで黙り込む。食パンはすでに食べ切った様子だ。
「……それ七不思議の奴ですよ」
「そういえば前にもそんなこと言ってたな。本当にあるのかよ七不思議って」
そんな疑問を花火に問いかけたタイミングで学校についた。
3分前…まぁ大丈夫だろう。
「まぁ先輩なら大丈夫でしょ、自分を信じてくださいね。あ、着きました! 私ここでおりまーすっ」
花火が荷台から飛び降りた。
ずるいなあいつ。
俺は駐輪場まで行かないといけないのに玄関でおりやがった。
……案の定、俺は遅刻した。
花火のやつ、俺をうまいこと使いやがって。そんなことを考えながら席に座ると、隣の席の水鳥が珍しく話しかけてきた。
「おはよ、五之治くん」
「あぁ、おはよ水鳥……どうかしたか?」
「えぇ、ミイラが教室に入って来たと思ってよく見たら五之治くんにそっくりだったから確認しただけよ」
かなり傷つくんだけど……。
でもまぁ水鳥は相変わらず元気そうだ。以前よりも表情も明るくなっている。
水鳥の件で家庭の問題に口を出したのは悪かったと思ってはいるが、後悔はしていない。
だから後悔しない生き方をしていこう。
水鳥を見ているとそう思えてくる。
「朝からハーレムだねー、優春くんは」
この声と話し方は……渦巻だ。
その声を聞くなり水鳥は顔を背けるように正面を向いた。
なんだか修羅場な予感がする……。
だれか助けてくれよ……。
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