第26話 非存在の番匠
「紹介するね、こっちがオリジナルの番匠美乃」
今、俺の目の前には二人の番匠がいる。片方がオリジナルでもう片方がオリジナルから生まれた存在しないはずの番匠。
最初は疑っていた。
同じ人間が二人いるはずがない。双子だろうと。
もしくは二重人格者の悪戯だろうと。
でもそのどれもが否定された現実が目の前で起きている。
目の前にいる番匠二人の姿形、声までもがすべて同じなのだ。
もう一度言う。
……あり得るのか。
「どうなってるんだ? どっちも実物だよな、もしかしてクローン人間とか……?」
「例えそんな技術があったとしても公にできるわけないよ。なにも隠していないよ、これが美乃だよ。ねぇ美乃」
おそらくはオリジナルの美乃だろう。彼女はコクリと頷いている。
「それで五之治くんはオリジナルに聞きたいことがるんだって。答えてあげなよ美乃」
「……うん」
あからさまに場の主導権を握っているのはオリジナルの番匠ではなく非存在の番匠だ。
そして非存在の番匠に案内されるがままに番匠の部屋に上がることになった。
部屋の中は丁寧に整理整頓されている。
ここで二人が生活しているのか……?
でもベッドは一つ、二人での生活感は皆無だ。でもそもそも同じ人間が二人いたとして着る服も身につける下着も同じ、二人分の生活感なんて出るのだろうか。
なんて今考えてもわからない、こればかりは直接聞こう。
だがまずは本題からだ。
「どうして学校に来ないんだ?」
「美乃が行ってるから。私いく意味無くない……かな?」
オリジナルの番匠はとても暗い顔つきだ。
とても非存在とは比べものにならないくらい大人しいというかお淑やかというか……暗い。
非存在の美乃が行ってるから行かない……。
「いったいいつから非存在の美乃が現れたのか教えてくれないか?」
「わからない。ある日、急に現れた……。 そして私の……ううん、なんでもない」
……今の間はいったい。
「なぁ番匠、オリジナルと二人で話をさせてくれないか?」
番匠と呼ぶと二人が反応している、オリジナルとか非存在とか明確に区別できればいいのだが。
「ダメか?」
少し不満そうな表情を浮かべる非存在の番匠が「どうして?」と問いかけてくる。
ただ二人きりにならないと本音を聞けない気がしたから。それ以外に理由はない。
「別にいいけど」
非存在の番匠は部屋から出て行った。だが本当に部屋に残った番匠がオリジナルなのか保証はない。
ただ目の前の現実を信じるしかないんだ。
「悪いな番匠。早速だけど単刀直入に聞く、さっき言いかけた言葉の続きを教えてくれ」
間を置く番匠、言いたくないのかずっと唇を噛み締めたまま何も話そうとはしない。
「言いたくないならいいんだぞ?」
「ううん。……あの子はね、ある日突然現れて……私の居場所を……奪おうとしてるの」
「……っ!!」
それはつまり非存在がオリジナルの座を奪おうとしているということ。
偽物が本物になりすまし、本物になる。その場合の偽物はどうなるのだろう。本物としての価値がなくなり存在する価値がなくなる……。
そして何事も無かったかのように偽物が本物になる。
「つまり非存在がオリジナルになろうとしている……?」
「そう……だよ」
俯いたまま答えた番匠は今にも泣き出しそうな険しい表情をしている。
何かしてやりたい、俺にできることは無いのか。
だが俺は本当の番匠を知らない……。どっちが本物なのかも。
もしかすると今俺と話している番匠が偽物なのかもしれないのだから。
「状況はわかった。次はいつどうやって現れたか、具体的に教えてくれないか?」
「いつかは覚えてないけどその状況なら……今でも覚えている。あれは雨の日のこと、美乃は人とコミュニケーションを取るのが苦手なの、それでね…同じ人を好きになったクラスメイトの女の子とその好きな人の前で喧嘩したの、そしてその子に暴言を言われた」
「……なんて?」
「……『コミュ障ビッチ』って。確かにコミュ障は傷ついたけど納得できた。でもビッチって言葉を聞いた好きな人はまるで青ざめたかのように私からは距離を置いた。それから私は一晩悩んでいろいろと考えた。自分の悪いところ、何がダメなのか、そして私の中の理想を想像したら非存在の美乃が現れたの……」
非存在の番匠はオリジナルの理想像……。
オリジナルには悩みがあった。その悩みを解決するため理想の自分を思い描いた、だが自分が理想になるのではなく理想像を生み出してしまった。
原理や理屈はさっぱりわからんがきっかけはわかった。
あとは非存在を納得させれば……。
いや、オリジナルが苦手を克服すればいいのか?
「……ちなみにそれっていつの話だ?」
「去年の秋だよ……でもそれが……」
突然部屋のドアが開いた。
外からは嫌な気が流れ込んでくる……。
「あーのーさ、いつまで話してるの?」
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