第4話 小動物のような少女
俺は様々な部活の様子を眺めながらのらりくらりと校舎の外を徘徊している途中で、あることに気づいていた。
……誰かに見られている。
それは部活をしていて視界に入るひとりぼっちの俺に向けての視線ではなく、明らかに身を隠してこちらの様子を伺っている視線。
元の世界で幾重もの窮地を乗り切った冒険者としての勘が付けられていると働きかけてくる。
しばらく校舎の外を歩き体育館裏の角を曲がった先で犯人を待つことにした。
誰かは知らんが絶対に来る。
すると案の定、獲物が罠にかかった。
「がお!」
「わっ!」
跡を着けていた犯人に対して冗談まじりに威嚇すると不意の声に驚いたのか少女は尻もちをついて倒れた。
……同じ学校の女子生徒。
それにしてもまるで小動物のような見た目の可愛いらしい少女だ。
頭のリボンが更に小動物に寄せて来ている。
ショートカットの明るい癖毛でまん丸の瞳に少し低めの鼻、血色を帯びた頬。
……それはさておき。
「なんで着けてたんだ?」
少女はすかさずに立ち上がりスカートについた砂埃を払った。そして野生の獣のような目つきで俺を睨む。
「明らかにキョロキョロしていて怪しいからですよ! 幾重もの窮地を乗り越えてきた私の尾行に気付くとは、いったい何者ですか」
声を大にして叫ばれた。しかしなんて言うのが正解なのだろう。ここで『異世界から来ました!』なんて言おうもんならこの少女の言う通り明らかな不審者である。
「俺はただの転入生だよ。今日この学校に転入してきたから色んな部活を見て回ってたんだ。……何かおかしいか?」
「いや違いますね。あなたはさっき部活とは関係のない場所、この校舎の立地や構造を見ていました。何のためにそんなことをする必要があるのでしょう? それはずばり、あなたは将来建築士になりたいからです!」
少女は腰に手をあて人差し指を立てながら堂々と言い放った。
「どうです? 私の名推理は」
「あぁ。……だいたい合ってるよ」
途中までは鋭かったんだけど、徐々にずれていった。
……これが迷推理か。
「ところであなた見ない顔ですけど名前と学年は?」
「五之治優春、2年生だ」
「おやおや、これはまたいい名前ですね」
その少女は俺の名前を聞くなり警戒を緩めるかのようにニコッと微笑み表情が柔らかくなった気がする。
「まぁ、割と気に入ってる」
「私は
しかしこの子が1年生ということは15歳か…。
見た目からしてもう少し若いと思ったんだけど美徳先生やこの少女といい、この世界のロリはいったいどうなっているんだ? ロリも時代の変化に伴って進化しているのだろうか。
「じゃ、建築の勉強するから行くわ」
「どこへ行く気ですか、そういうのを勝ち逃げと言うんですよ」
別に勝ち逃げでいいじゃねーか。
この世界は勝っても逃げられねーのかよ。
……てか勝ち逃げでもないだろ。
「お前暇なの?」
「まぁ百歩譲って暇ですね」
「かまって欲しいのか?」
「まぁ百歩譲って、かまってもらってもいいですけど」
なにこのマウントの取り方、俺を尾行するぐらい暇人のくせに、百歩譲って暇とか。かまってもらってもいいとか。
……絶妙な暇マウント。
「じゃあさ、この学校案内してくれよ」
「勘違いしないで下さいね。年齢ではあなたが先輩でもこの学校歴でいったら私が1週間先輩なんですから」
「じゃあこの学校について教えてくれよ先輩」
「な、なんだか2年生に先輩呼びされると困りますね。
少女はぷくっと口を膨らませる。
「今日転入して来た俺を尾行するあたり、どう考えても悪いやつだろ?」
「むぅ。もういいですよ。あと、花火って呼んで下さい。私の知る範囲で学校を案内しますから」
「ありがとう花火」
名前を呼ばれた少女の頬がさらに赤く染まった。
「もぅ、早く行きますよ」
俺は日が暮れるまでの残り時間を花火と名乗る少女に案内してもらう事になった。
水鳥は学校生活が面倒だと言っていたが、この学校はいろんな人がいて楽しい場所だと思う。でも気をつけなければいけないのは、いろんな人がいるということはもちろん善人も悪人もいるということ。
そんな思いを静かに胸にしまって花火の後をついていくと「ところで」と花火が話を始めた。
「どうして私の尾行に気付いたんですか?」
「んーそうだな。俺は人の【気】がわかるんだ。お前は隠れるの自体は上手かったのかもしれないけど気を絶てていなかった。つまり尾行自体はヘタクソってことだ。尾行するときは気も完全に絶たないとすぐに気付かれる」
「もしかして気がわかるんですか!」
キラキラに輝いた瞳でみつめてくる花火と名乗る少女。
本当、子供みたいにフレッシュかつエネルギッシュだ。
気というのは生命から溢れでる気体のエネルギーのようなもの。俺の世界では気を感じることで相手の動きを読んだり、相手の居場所を特定する事が出来ていた。どうやらこの世界ではスキルや魔法は使えないが気を感じる事くらいはできる。
「あの、師匠って呼ばせて下さい」
「嫌だ」
「では百歩いや、二百歩譲って先輩って呼びます」
「それもやめてくれ。なんだかむず痒い……」
しかし本音を言えばむず痒いというのもあるが、そもそも今まで師匠や先輩なんて呼んでもらったことがない。元の世界にいたときは敬語の概念すらなかった。年齢関係なくみんなタメ口だ。
この世界風に言えば英語が的を得ているのだろう。
外国人は歳上を敬ったりはするが敬語という概念が存在しない。日本という国が特殊なのだ。
先輩か……。
「それはそうと何か気になる部活はありましたか?」
「気になる部活しかない。それよりお前は何部なんだ?」
「帰宅部です」
「え、そんな部活があるのか?」
「冗談ですよ先輩、私もまだ部活に入ってません」
先輩と呼ぶことをやめる気は無いらしい。
確かに美徳先生からこの学校のルールとやらを聞かされたが、なにか特別な事情が無い限りは部活に所属しないといけないと言っていた。
俺がネットで調べた限りだと学校によってそういうルールも変わるようだ。ローカルルールってやつか。
そこら辺もしっかり勉強しとかないとな。
校内の部活も一通り見たし校外の部活はさっき花火と一通り見終わった。
確かにいろんな部活があって興味深いのだが、一番印象に残ってるのは……天文部なのかもしれない。
「どうでした?」
「これといって決め兼ねているところだ。そういう花火は何部に入るか決めたのか?」
「私は先輩と同じ部活って物心がついた時から決めてました。なんだか面白そうですし」
んなわけあるか。
俺は冗談であろうその言葉をさらりと聞き流し踵を返した。
「一通り見たし帰る」
「ちょっと! 何部に入るか教えてくださいよ」
食い気味に俺に質問をぶつける花火、
「またなー」
「もー!」
引持花火は健気で元気で厚かましい。
まるで大きな音とともに輝いて散る花火のようだ。
「ただいま」
「おかえり、優春」
家に帰ると母親が出迎えてくれた。母親は登校初日の俺を心配してくれていたらしく、今日起こった出来事をいろいろと聞かれた。
「そうなのね、楽しそうで安心したわ」
カレーを食べ終わったタイミングで一通り話し終えた。両手を合わせてから食器を台所へと運ぶ。
「もう部屋に戻るの?」
「うん、ちょっとネットでいろいろ調べたいことがあるから」
「そう、学校も初日で疲れていると思うからゆっくり休んでね」
「ありがとう、母さん」
俺はまだまだこの世界に疎い、集められる情報は少しでも集めないと。そう思った結果ネットサーフィンが日課になっていた。
しかし元の世界に戻る方法に関しては信憑性の薄い情報しかなく、この世界に転生して2週間経った今でもこれといった手がかりをまったく掴めていなかった……。
ただ俺が通う事になった海星高校からは何か手がかりが掴めそうな気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます