第3話 精霊のようなクラスメイト
授業が終わりみんなこぞって帰り支度をしている夕方の教室。
「あのさ、水鳥って何部?」
俺は机上の整理をしながら、教科書を片付けている隣の席の水鳥に声をかけた。
水鳥は手を止めこちらを一瞥した後に俺と目を合わせず下を向いて話す。
「良かったら見にくる?」
「いいのか?」
「いいでしょ別に」
尋ねた後に脳裏をかすめた渦巻の言葉。
『水鳥さんは友達を作ろうとしない』
だからなのか少しホッとした。
水鳥は見た目より随分と大人びた感じで話す。年相応に見えない大人のような余裕とそれに相反する冷酷な眼差し。
片付けを終えた水鳥と一緒に、部室への道のりを案内されるがままに、水鳥の半歩後ろを歩いていた。
確かに斜め後ろから見ていても水鳥の美しさは際立っている。
クラスでは仲の良い者同士がグループになって休み時間に会話をしているが水鳥はグループに混ざっていない。
常に孤立している。
「あのさ」
と不意に水鳥が振り向いた。
「ん?」
「背後に人がいると落ち着かないの。隣歩いてくれない?」
俺は
この世界では戦闘が起こらないと思っていたのだけれど、水鳥の様に背後に居るだけで身の危険を感じる人もいる……。
「ついたわ」
他の教室とは違うドアノブがついたドア……。
水鳥がそのドアノブを握り、ゆっくりと回した。
「……ここは、倉庫か?」
「失礼ね、部室よ」
6畳ほどの広さで外側の壁に窓がひとつ、部屋の真ん中に正方形の机が置かれていて周囲の棚には今までの部員が残していったと思われる資料が並んでいた。
とても広いとは言えないが部屋の装飾品などは綺麗に手入れされている。
「えーっと、他の部員は?」
水鳥は荷物を床に置き近くの丸椅子に座った。
「私一人よ」
独り……。
「なんかごめん。俺部活とかってよくわからなくてさ……。ちなみにここは何をしている部なんだ?」
水鳥は棚の上を指さす。
その指先はとても綺麗でその指し示す先には望遠鏡が飾られていた。
「天文部よ。星を観測するの」
「星を観測!? なら早速、星を観測しに行こう」
「いいけど私、望遠鏡って使った事ないの。……これってどうやって使うの?」
いや俺が聞きたいわ!
なんて本音は本人に言えず心に留めた。
なにはともあれ、棚の上に綺麗に飾られた望遠鏡と先輩たちが残していったであろう資料を手に水鳥と屋上へと向かった。
あぁ、幸先が心配だ……。
水鳥が何を考えているのか全くわからん。
屋上へ向かう階段の途中で大人びた表情の水鳥がぽつりと呟く。
「天文部あるある、言ってもいい?」
「えっ? あ、どうぞ」
「天文部は新入部員の勧誘をしても誰も入部してくれないー」
……切実すぎる現実。
それを今この場で俺に伝えると言うことは俺の入部を期待しているのだろうか。
俺は無言を貫いた。決してシカトしたわけではなく返す言葉が見つからなかったからだ、……反応に困る。
「基本的に天体観測って夜にするものなの、だから日中は部室にいても資料を整理するだけ。日中の明るい時間はあまり星が見えないからね」
「そうなのか?」
「ええ。つまり放課後は……暇なのよ」
下を向いたまま階段を登り続ける水鳥が少し寂しそうに見える。
何か声を掛けるべきなのか。しかし掛ける言葉が思い付かない……。
「水鳥は何で俺に見学をさせてくれたんだ?」
「実は私もついこの間まで不登校だったの。丁度あなたもこの学校に来たばかりだったから話しやすいと思ったのかしらね」
水鳥は辛辣な表情で地面を見つめ歩いている。
階段を昇りきり屋上のドアを開けると、勢いよく生ぬるい風が俺と水鳥の間を駆け抜けていった。
「ついたわ屋上」
「へぇー。周りに障害物がなかったらこんなに空が見渡せるんだな」
「五之治くんって、少し変わってる」
水鳥に初めて名前を呼んでもらった。自分の名前じゃない他人の名前なのだけれど変な感じだ。
妙にしっくり来ている。
水鳥は屋上の真ん中あたりに望遠鏡を設置して先輩たちの資料を見るため地面に広げていた。
「なんで水鳥は不登校になってたんだ?」
初めて屋上に来て少し解放された気分になっていた俺は、先程の話で思ったことを水鳥に直接聞いた。
不意の質問に少しの間を置いた水鳥が口を開く。
「別に……学校に行くのが少し面倒になっただけ」
「そっか。俺はまだ転入初日で学校って割と楽しい場所だと思っていたけど、いずれは面倒になるのかもな……」
そんな水鳥は夕焼けの空を見上げている。
「こんなに楽しい……か。五之治くんってやっぱり変わってる。でも学校って楽しい場所なのかも。そこに居続けるから気づかないだけであって、君みたいに別の学校から転入してきた人はそういうふうに思うのかもしれないわね」
「確かにそうかもな。……それより俺ってそんなに変わってるか?」
「ええ、変わってるわ。でもそれが羨ましいって思う」
そう言って水鳥は軽く笑みを見せた。
学生があたりまえだと思っている学校生活。それを面倒だと思うのはそこに新鮮さが足りないからなのかもしれない。
日常、当たり前、普通、マンネリ。
楽しいと感じる事でも何度も繰り返すことでいずれ楽しくなくなり、当たり前になる。そういう事を俺は水鳥に意図せずに伝えていたのかもしれない。
そんな彼女の笑みからは優しさと少しの違和感が残った。ぎごちない笑顔。それはその違和感を表現するにはピッタリの言葉だ。
「あ、見えたよ」
水鳥は望遠鏡の場所に俺を誘導して資料を見ながら説明を始めた。
「これが確かアークトゥルス? かな。春の一等星で一番明るい星だってさ。もう少し暗くなればもっと見えるんだけどね」
おれは唾液を飲み込んでから水鳥が支える望遠鏡を覗きこんだ。
「すげぇ!」
「どれだけ感動してるのよ、これくらい普通でしょ」
「俺、星を見るの初めてなんだ」
俺が元いた世界に星なんて存在していなかった。そもそも地球の外に出られるという概念自体誰も知らなかったんだ。だから星を見るのは初めてだ。でもなんだろうどこか懐かしい感じもする。
「そんな人いるわけないじゃない」
まぁそうなるよな。
そんな人がここにいるんだけど、まぁいいや。
「今日はありがと。おかげでいい経験ができたよ。もし水鳥が良かったらまた来てもいいか?」
「別にいいけど。来る時は声かけてね、部活しているかわからないから」
「ああわかったよ、サンキュー」
天文部の活動は終わり他の部活よりも早めに解散した。
同じ目的をもったもの同士が集まり成果を出すために活動する部活動は、俺の世界のパーティに似ている。
一言で言うなら『仲間』だ。
さてと、少し時間が余った。
今から帰っても夕食まで時間は余るだろうしせっかく学校にいるんだ。もっとこの学校を探検するとしよう。
この時、誰かに見られている気配を感じていたがそれが誰なのか、何のためなのかは全くもって見当もつかなかった。
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