第2話 転入初日


 俺は近所の海星かいせい高校に転入という形で入学することになった。


 母親の話を聞くに普段は転入が認められないのだけれど母親の知り合いが学校の偉い人に掛け合って転入が認められたのだとか。なんだか大人の話をしていた。


 大人の話と言ったのけれど、俺の実年齢は28、つまりは俺も大人だ。


 しかしせっかく16歳に戻れたのだ。なりきる以外に選択肢は無い、優春くんに悪いが学校生活を楽しみたい。


 気合を入れて靴紐を結び、新しい出会いが始まるであろう高校生活とやらに期待を胸で踊らせ勢いよく玄関のドアを開けた。


「いってきまーす!」


 母親は笑顔で俺を見送ってくれた。


 これはサブスクリプションの動画でみたドラマのワンシーン。学生はこんな感じで家を出るらしい。学んだことは即実践していく。

 インプットした情報はアウトプットしていく。

 

 雲が緩やかに流れている。

 空気は相変わらず美味しいとは言えないが空は青く澄み渡りとても綺麗だ。通学手段は昏睡状態になる前にこの体が使っていた自転車。


 自転車を漕ぐこと10分、あっという間に学校に到着した。



 ここが俺が今日から通う事になる海星高校。校門の横から一頻ひとしきりに立ち並んでいる桜の木の圧倒的な存在感に目と心が奪われた。


 この世界の桜は心が惹かれてしまうほどに綺麗だ。風に乗る桜の花びらが回転するように宙を舞っている。さながら桜の舞踏会だ。


 本来の登校時間より少し遅めに職員室に到着すると担任と言われる先生に教室まで案内された。


「君の事はお母さんから聞いているよ。いろいろわからない事もあると思うけど、私やクラスのみんなの事を頼ってなんでも聞いてね」


 教室に向かって歩きながら話す小さめの女の先生は2-A組、俺のクラスの担任の美徳謳歌みのりおうか先生。


 見た目は小さくて俺より若く見える。というか中学生くらいにしか見えない。

 この人が先生になるほどの年齢とは到底思えない。


 老化対策の技術の進歩も凄まじいのだろうか、それとも本当に若くして先生になった天才と呼ばれる類の人種なのだろうか。


 美徳先生には『なんでも聞いてね』と言われたのだけれど、特に先生とする会話も思いつかなかったのでいろいろと聞いてみることにした。


「美徳先生、好きな色は?」

「ん〜、赤かな」


「身長は?」

「140センチ」


「年齢は?」

「……あのね、『わからない事はなんでも聞いて』と言ったけど初対面の女性に年齢を聞いたりするのはマナー違反だからね?」


「……気をつけるよ。それでいくつなんだ?」


「27ですー。……はぁ、なんで私が敬語使ってるんだろ。こんなんだからいつまでも子供だって言われるのかなぁ」


 先生は俺の実年齢と近い、正確に言えば一つ下だ。なんだか少し親近感が湧いてきた。この人の声も俺の母親と同じような暖かい温もりの声をしている。


 ……きっと優しい人なのだろう。


「ついたよ。君は私が呼ぶまでここで待っててね」


 美徳先生は喧騒で賑わっている教室へと足を踏み入れていった。

 ここが俺が一年間通う教室……。


 らしくもなく緊張している。


「入っていいよ」


 美徳先生の可愛らしい掛け声とともに喧騒の教室へと足を踏み入れた。


 教室の中はドラマで見たことのある光景で生徒の半分くらいはニヤついた表情でこちらを見ている。


 これは観客の前で漫才するやつだ。


 昨日マンションのテレビで見ていたお笑い番組を思い出した。『はいどうも~』って言いながら入れば、みんな笑ってくれるだろうか。


「えーっと名前は五之治ごのじ優春すぐはる、これから一年間よろすく」


 盛大に噛んだ……。


 つまらないことを考えていたせいで頭が真っ白になったからだ。


 クラスメイトからはそれなりに笑われ歓迎? された気がした。そして美徳先生に窓側から2列目の後ろから2番目の席に案内された。



 とても中途半端だ。


 こういうのは窓側が良いと相場が決まっている。

 何が良いのかはわからないが、昨日見たドラマでもそう言っていた。


 席に向かう途中で俺が座る席の左隣、窓側の席の女の子に目を奪われてしまった。


 ダイヤモンドのように煌めく髪にトパーズのように透き通る肌、サファイヤのように深くて青い瞳で、背筋を伸ばしこちらを見つめている。


 この子の前世は精霊だったのかもしれない。

 そう誤解するくらい綺麗だ。


「私は水鳥みずどり救衣すくい、よろすく」


 俺の視線を奪ったその子は俺が席に座るなり自ら名前を名乗った。


「……よ、よろしく」


 わざと噛んだであろう水鳥に対して俺は優しく挨拶して苛立つ感情を抑えるようにはに噛んだ。



 俺は特に頭が良い訳ではないので授業というのはもちろん退屈だった。

 つまらない話はつまらないのだ。




「優春きゅん」


「ひぃあ!!?」


 昼休みに耳元で囁かれた不気味でおぞましい声色に背筋が凍りついた。

 

 それ以上にまず慣れない名前と耳元にかかる生暖かい風に思いのほか変な声が喉の奥から飛び出してきやがった。


「ビックリした?」


「……した」


 逆にビックリしないやつなんていないだろう。


 振り返り顔を確認すると、くるくるとウェーブのかかった白い髪に雪のように白くもっちりとした肌のアルビノ系女子…。


 確かこいつは後ろの席の……名前がわからん。


 とっさに机の引き出しから座席表を取り出し名前を確認した。


「渦巻真冬だよぉ、呼び方はなんでもいいよ〜」


 思考が追いつかなかった。

 いや、読まれていた。


「ああ、よろしく」


 それにしても髪の毛から肌まで真っ白だ。

 俺の元いた世界にもこんなに白い種族はいなかったと思う。


「えぇ〜それだけ? つまんないーせっかく君の……じゃなくてせっかく声をかけたんだから話し続けてよ〜」


「えーっとじゃあ、お昼一緒に食べようか?」

「おっ大胆だねぇ、いいよー」


 そう言って俺の机を無理やり回転させて自分の机とくっつけ、パンパンと手の汚れを落とすように音を鳴らす渦巻。


「早速食べよ〜っ」


 そう言って渦巻は自席に着席してカバンから弁当を取り出す。

 俺も自分のカバンから弁当を取り出そうとした時に不意に水鳥と目があった。

 

 あぁ、青い瞳に吸い込まれそうだ……。


 っていかん、いかん。ご飯は大人数で食べる方がいいのだろう。その方が情報も多く集められるし一石二鳥だ。


「なぁ良かったら水鳥も一緒に弁当食べないか?」

「私はいい、独りが好きだから」


 ……1人が好き? 


「そっか。無理にとは言えないな。また今度誘うよ」


「ええ」


 水鳥はカバンを持って教室の外へと消えていった。

 一人でいったいどこに行ったのだろう? 

 色々と思考を巡らせようとしたが目の前の相手がそうさせてくれない。


「気になる? 水鳥さんのこと」


 渦巻が弁当箱の蓋をゆっくりと開けながら問いかけてきた。 


「確かに気になる。……あの感じ」


「そっかー。水鳥さん美人だもんねー。でもあの子って去年からあんな感じ、あまり友達を作ろうとせずに一人でいることが多いの。だからみんなもあまり水鳥さんには声をかけないんだよ〜」


 そう言って弁当のウィンナーを一口で食べる渦巻。

 渦巻と水鳥は去年から知り合い、同じクラスだったのだろうか。


「そういう渦巻は友達いるのか?」


「さぁーねー。みんなウチのことを友達と思っているかもしれないし友達と思っていないかもしれない。その逆も然りって感じ〜?」


「なんだか笑えねーな?」


「そう、笑えないのよ。交友関係はね」


 周りのみんなは机をくっつけあいグループになって昼ごはんを食べている。

 この光景が全て偽りだとでも言わんような言葉。


 偽りの友達。作られたグループ。

 その全てが欺瞞の関係だとでも言うのだろうか……。


「それより渦巻はなんで俺に話しかけて来たんだ?」


「ん〜。ってところかな? 席も近いしどういう人か知っておきたい的な?」


「まったくストレートなんだなお前は……」



 それからはお互い牽制しつつ深い場所には踏み込まない軽い自己紹介のような浅い内容の会話を続けた。

 


 そして渦巻は食べ終わった弁当箱をさくっと片付けて教室の外へ消えてしまった。


 渦巻との会話はなんだが嫌な感じだった。

 常に何か弱点を探られているような、そんな嫌な雰囲気を醸し出していた。



 あーあ……。

 あいつがこれからも後ろの席で俺を見ていると考えると疲れが溜まりそうだ。

 


 俺は食べ終わった弁当を片付けて昼からの授業まで昼寝をして時間を潰した。

 実年齢28歳にもなると昼飯を食べると眠くなるのだ。


 人間の3大欲求には敵わない。

 そしてそれに抗うことは愚かな行為だと言わんばかりに机に頭を伏せ昼寝した。





 ……そして案の定、昼一の移動教室は寝過ごした。

 

 寝過ごしたことよりも誰も起こしてくれなかったことがショックだった。

 ……これがこの世界の人の冷たさなのかもしれない。


 先ほど渦巻が言っていた友達の曖昧さ境界線、そういった他者に興味を持たない習性、習慣、概念……。


 それを身をもって体感した気がする。……というより自己管理が出来ていない自分の不甲斐なさに多少は反省した。



そして時は流れ放課後……。

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