『いい人そうだな。ちょっと元気なさそうだけど』

登崎萩子

電車通学

 朝の駅は人が多い。


 連休明けのつらさは異常だ。それなのに中間テストはやってくる。学校に行きたくなくて、改札を抜けることもできない。無理矢理足を上げようとしても、息が詰まるだけで何も変わらなかった。


「あの、すみません。俺今から具合悪くなるんで、電話で証言してもらえませんか」

 いつの間にかすぐ横にいた学ランの男の子が通学カバンを引っかき回してる。証言って何のことだろう。


「先生に適当に言ってもらえれば大丈夫です。お礼は500円払いますんで」

 中学生のはずだ。背は私と同じくらいで声変わりしてないし。

「そこの公衆電話からかけます」

 そう言って歩き出す。サボりの協力をするのは良くない気がする。もたもたしてると、彼が振り返る。


「やる気ないのに学校に行っても、結局何もしないままで帰ります」

 そうかもしれない。ただ行くだけなんて、意味ないかも。

「その代わり、明日から本気出します」

「すごいね。かっこいい」

「やり方なんて人それぞれじゃないですか。それよりも電話お願いします」

 はっきりした口調で目的を果たしに行くので、後を追う。


 彼は慣れた様子で、電話ボックスの扉を足で開けたままにする。そして、無言で受話器を私に押し付けてくる。


 思わず受話器を耳に当てると、男の人の声がした。

「担任の斉藤です。横山がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ、迷惑だなんて。あの、体調不良は誰にでもあります」

「そう言って頂けると助かります。横山に代わってもらえますか」



 男の子に返すと、ちょっと話して切ってしまう。疑わずに済んだのが信じられない。

 通り過ぎる人達は、眉間にしわが寄って険しい顔をした人が多い。でも、彼の顔には不機嫌そうな色は全く無い。

「名演技ありがとうございました」

 嫌味、ではないだろう。いたずらが成功して勝ち誇った笑顔だ。


「お礼です」

 本当に500円玉が手のひらに乗っている。

「これから家に帰るの?」

 何となく話しかけてしまう。きっと二度と会うことはない。

「いえ、電車で適当に移動してどっかの店に入って本読みます」



 私もどこかへ行けたらいいのに。

「やってみたいなぁ」

「やればいいじゃないですか。」

 男の子はお金を握った手を差し出してくる。

「はい」

 駅から電車の発車ベルが聞こえてくる。やっぱり私にはできそうにない。

お金を受け取ると、ひんやりとしていた。男の子もすぐに改札をぬける。



 ホームで列に並ぶと、緊張で胃が痛くなる。他人に迷惑をかけてはいけない、学校に行ったら校則を守らなくてはいけない。

 ルールを守らないと、怒られる。


「俺、南高に受かるよう頑張ってるんです」

 

 真後ろから声をかけられる。男の子は、いつの間にか私の後ろに並んでいた。

案内音声の合間に、何とか聞き取れた。確かに制服を見れば、私がどこの高校に通っているかは分かるだろう。何で南高。私の成績で入れる高校だったから。

「演技が上手い先輩がいて良かったです。失敗したことあるんですよ」

「嘘」

「これからもよろしくお願いします」

 そう言って、学ランの彼はにっこり笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『いい人そうだな。ちょっと元気なさそうだけど』 登崎萩子 @hagino2791

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ