第2話 ──そして、物語は動き出す──
「...ター...ショウター、起きたの?起きたなら顔を洗ってきなさい?」
朝、微睡みの中に沈んでいた少年が女性の声によって瞼を開けた。むくりと起き上がるとカーテンを開け、窓を大きく開け放つ。なんとも爽やかな朝の風が、頬を撫でていった。
「はぁい、お母さん。」
ショウターと呼ばれた少年は、眠そうに瞼を擦りながら外にある水汲み井戸の方に歩いていった。
少年の名は、ショウター・テネス。長閑な田舎の一角に住み、優しい両親と、ちょっとおませで生意気な妹と産まれたばかりの弟との5人で暮らしていた。
季節の頃は春であろうか。まだ朝の若干の肌寒さはあったが、野には野草が花を咲かせ、見る人が見ればその優しい雰囲気に思わずホッコリしたであろう。
「今日はあなたが6歳になる大事な日。ちゃんと綺麗にしていかないとね。」
母、レコアが言うと、
「もう6歳か、時が経つのは早いな。あんなに小さかったのに…」
父、ジョセフが感慨深そうに野草で抽出したお茶を飲んだ。
そうなのだ。今日はとても大事な日、それこそその人の人生が決まってしまうような運命の分岐点なのだ。
「教会にはいつ頃行こうか?」
ジョセフがレコアに投げかけた。
「そうね、朝のうちの方がいいんじゃないかしら。お昼を過ぎれば様々な人で混み合うでしょう?」
レコアがそう言うと、ジョセフは成程それもそうかと言い、少し冷めたお茶を飲み干した。
そう、教会に行くのである。何故かと言えばそれは…まぁ後ほど語ろう。
「一体どんなギフトを授かるんだろうな、ショウターは。」
と、ジョセフ。
「どんなギフトを授かっても、一生懸命生きて、お父さんになっても、おじいちゃんになってもたくさんの子供達に囲まれて、幸せな人生を歩んで欲しいわ。」
レコアは、微笑みながらそう呟いた。
この世界、ことこの国において6歳になる日というのは大事な日だとレコアが語ったが、その理由こそ、今ジョセフ達が話した内容そのままなのだ。
6歳になると教会へ行き、そこで神に祈りを捧げる。すると元々持っていたのか授かったものなのか分からぬが、ギフト──要はスキルを獲得できる。少ない人でも2つほど。多い人では(ここでは英雄と呼ばれるような人を指す)10個以上も獲得できたと聞く。
まぁ、そんなスキルコレクターほんとに稀なんですけどね。英雄とかそんなポンポン産まれちゃいけないし。
だからこそ、そのスキルを生かす職に就くための勉強を始めたり、生かせる環境に移ったり、はたまた、稀有なスキル持ちになった場合は王都へ招かれ、お給金を貰いながら早くに仕事をしたりと様々なのだ。
両親達は可もなく不可もなくなスキル──例えばジョセフであれば、算術スキル、健脚スキル、物書きスキルと3つ持ち。仕事も近くの店から頼まれて帳簿をつける仕事を3件ほど掛け持ちしている。そこそこ稼ぎがいいらしく、お金で不自由をしたことは無いとはレコアの談。
レコアであれば、投擲スキル、読み書きスキルの2つ持ち。ごくごく一般的な構成だ。
結婚する前は現世で言うところの野球のようなスポーツをやっていて、チームの絶対的エースだったのだ。そこに、ジョセフがたまたま混ざり、あれよあれよという間に結婚。結婚後は、ジョセフから家を頼むと言われ、厳しくも優しい母として3人の子供達を育ててきた。
脇道に逸れたが、要はショウターの将来が掛かっているのだ。期待半分不安半分といった面持ちでジョセフが出かける用意をしている。ショウターも顔を洗い、朝食をとり、歯を磨いて、パジャマから着替えたら、ジョセフに手を引かれて教会へと向かった。レコアは微笑みながら行ってらっしゃいと頭を撫でてドアの前で手を振って見送った。妹も羨ましそうにそれを見ていた。妹よ、大丈夫だ。お前も来年やることになるから。
少し歩くとこの街の協会が見えてきた。日の上がり方を見ると時刻は九時頃だろうか。街ゆく人々も、色々な商店も、みな賑わいを見せ始めていた。
「緊張するなぁ…」
何故かジョセフが緊張していた。
「お父さんが緊張する必要ないでしょ?」
ショウターは可愛らしく首を傾げながら言う。
「確かにそれはそうなんだが…俺が子供の頃はこんなに落ち着いていなかったぞ?ショウター。」
ジョセフは苦笑いしながら言った。
「楽しみだね、お父さん」
ショウターは本当に楽しみなのだろう。父に手を引かれているのがいつの間にか、父の手を引いてグイグイ歩いていくのである。
「こらこら、そんなに引っ張らなくても教会は逃げないよ。」
そんな様子にジョセフも思わず笑みが零れる。
「──さぁ着いたぞ。いよいよだ。」
協会の前で少し深呼吸をするジョセフ。それを真似てショウターも深呼吸をする。大きく息を吐いて協会のドアを開ける。入ると中央と両脇に通道があり、通道の両脇に長椅子がそれぞれ10脚ずつ。都合100人は座れそうだ。そして正面にはステンドグラス、その前に神像が佇んでいた。女神像のようだ。
「さぁ、祈りを捧げてきなさい。」
ジョセフに背中を押され、女神像の前で手を組み跪く。
「女神様、祈りを捧げます。どうか生きる糧をお与えください。」
ジョセフに教えられたとおりに祈る。するとどうだろう、淡い光がショウターを包む。包んでいた光が徐々に収縮するとショウターの中に吸い込まれるように消えた。
ショウターと呼ばれた少年の意識はそこで途切れる。
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