第7話 もう一度 (甘さ指標:エクストラホイップ)
チュッと。
そんな音が聞こえたと同時に、
「い、今は呼吸器もありますし、仕方ないですよね? 別に恥ずかしいわけでは、無いですよ? 恋人同士なわけですしっ」
誰にともなく言い訳している彼女が発するすべての音が遠くなる。
聞こえるのは鼓膜を打つ心音と、それを測る電子音。
何が起きたのかを理解すると同時に——。
心拍数上昇を告げるけたたましいアラームが響いた。
普段ならナースコールまっしぐらな事態なのだが。
「この音! やっぱり、起きてます! ――さん、意識があるんですね?!」
こうなることを期待していたらしいシアははしゃいでいる。
「
どうやら親友の悪知恵らしい。
「やった、やったっ! ずっと、私の話、聞いていてくれたんですね? 生きていて、くれたんですね?! 良かった、良かったぁ!」
言葉では大丈夫だと言いつつも、ずっと抱えていたらしい不安。
それが杞憂に終わったことを、泣いて喜んでいるシア。
そして、まるで、体がその時を待っていたかのように。
全身に力が入るようになった。
「――さん?! あ、動かないでください、今、看護師さんを――」
こちらを見て驚く彼女が、言い終える前に、病室の扉が開いて医師や看護師たちが駆けつける。
計器が報せたようだった。
シアが事情を説明し、無事を伝える。
すぐに精密検査を受けた後、医師に太鼓判を貰い、共用の病室に移動することになる。
その際。
「す、すみませんでしたぁ!」
悪友にそそのかされて計器を誤作動させた彼女はこっぴどく叱られていた。
しかし、【物語】を司り、愛する彼女が行なったある種の儀式。
大切な人に目を覚まさせる、その試みは成功に終わったと言って良かった。
晴れて退院となったその日。
最寄りのバスにシアと2人。
「退院、おめでとうございます!」
以前よりも少し近く。息を白ませながら見上げて、言ってくれる。
「意識があるなら魔法を使ってくれればよかったのにっ。気づかなかった私も、分かっていて言わなかった天ちゃんも悪いですけど!」
少し不満げに寒さで赤くなった頬を、ムゥと膨らませる。
「『私の話に夢中だった』って……そんなこと、よく堂々と、言えますね」
と、うつむいてしまった。
しばらく、そんな彼女を見ていたが、
「ずっと。謝りたかったんです」
ぽつりと冬空にこぼれたのは、謝罪だった。
「あの時。あなたが女の子を助けた時。本当は、私が動くべきだったんです」
特派員でもある自分ならば、余裕をもって子供を助けられたと語るシア。
「でも、とっさのことで……体が動きませんでした。そのせいで、あなたが大きなケガをしてしまった」
タタッと靴を鳴らしてこちらに向き直った彼女は、
「本当に、すみませんでした!」
ガバッと頭を下げた。マフラーが名残惜しそうに宙を舞う。
「大切な恋人1人守れない……。私は特派員としても、あなたの彼女としても失格です!」
後ろめたいのか。
頭を下げたまま言い募る。
「こんな私じゃあなたに釣り合いません。ふ、フラれてしまっても、当然です! 当然、なんです……」
でも、と、顔を上げて。
彼女は言葉を続ける。
しかし、何かに怯えるように、その声、態度には余裕がない。
「……でも! 私はまだあきらめたくありません! あなたの……――さんの隣に、いたいです……っ」
彼女が日ごろから大切にしている『自分が何をしたいのか』という想い。
出会った時も、彼女は同じことを言っていた。
「厚かましいことは、重々承知しています! 口先ばかりと呆れられても、仕方ありません! で、でも――」
震える声で。
目端にきらりと光る“想い”を
「もう一度だけ、私にチャンスをくれませんか? ――さんの隣にいる、そのチャンスを! ――えっ……きゃっ!」
小さな悲鳴は、腕の中から聞こえた。
すぐに状況を理解したらしいシアが、なぜか涙声で抗議する。
「だ、ダメです! 簡単に許されてしまうと、私、すぐにまた調子に乗ってしまいます! 大丈夫だって、安心して、気を抜いて、しまう、から……」
と、そこまで言うのが限界だったらしい。
グスッと。
もはや聞きなれつつある、涙を見せまいと強がる音がする。
幸い、互いの顔の位置関係的に、その顔は見えていない。
「うぅ……ずるいです。年上だからって、余裕ばっかり……。私ばっかり、一生懸命になってるみたい……」
ぎゅっと、コートが音を立てる。
「私、面倒くさいですよ? 独り言も多いですし、ほんの、ほんの少しだけ、ノロマです。それに、失敗ばかりで、頼りにもなりません……」
腕の中で顔を上げた彼女が、
「こんな私でも、いいんですか……?」
上目遣いで、そう尋ねてくる。
彼女が言った自分の弱さ。それを否定する意味は無い。
彼女自身がそれを事実だと受け止めているのだから。
なら、そんな彼女の弱さを受け入れてあげたい。
彼女の強さを教えてあげたい。
そして、もし、それが出来る人こそが、恋人なのだとしたら。
「わわっ……、強いです……。でも、ふふっ」
グッと音を立てて抱き締め、肯定する。
最初は力を込め過ぎたために苦しそうだった彼女も、幸せそうな声を漏らしてくれた。
「――さんは、私の事、大好きなんですねっ?」
しばらくして身を離したシアが、からかうように言ってくる。
彼女が踊るようにクルクルと回るたび、マフラーの裾が舞う。
調子に乗っていることを指摘しようとした、その時。
「私も――」
タン、と両足をそろえてこちらに正対した、天人の少女は。
「私も――さんの事、大好きです!」
笑顔いっぱいで言う。
そして、バフっと飛び込んできたかと思うと。
「ずっと、ずぅっと私のそばで。見ていてくださいね!」
顔を真っ赤にして、それでも安心しきた顔で。
「いつか絶対に、あなたに相応しい人になって見せますから!」
背中に手を回した彼女は、こちらを見上げたのだった。
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