第6話 けんか (甘さ指標:マックスコーヒー)

 いつになくぐっすりと眠ることが出来た。

 いつの間にか帰っていたらしいシア。

 翌日の昼過ぎ。


 「こんにちは、――さん」


 今日も彼女は見舞いに来てくれた。

 学校は大丈夫なのだろうか。

 特派員を育成する学校に通っていて、高校とほぼ同じ内容・日程の授業があるはずだ。


 それを察したわけでは無いだろうが。


 「あなたのお見舞いに行くと言ったら、天さんとケンカしました」


 どこか落ち込んだように言う彼女。


 「だってひどいんですよ? あなたのことより私の勉強の方が大切だ、なんて言うんです。学校なんかいつでも行けるのに……」


 どうやら学校を休んでここに来ているらしく、そのことで親友とケンカしたようだった。


 「天さん、どうしてそんなひどいこと言うんでしょう……?」


 呼び方も「天さん」に戻っている。


 「いや……そもそも。今思うと、ずっと、天さんとは気が合わなかったんです」


 少し不穏な方向に、話が進み始める。


 「そう……。そうですよ! 任務の時も、私の意見なんか無視して、たとえ小さな子供でも簡単に見捨てちゃいますし、任務の成功を優先するんです! ひどくないですか?!」


 憤慨やるかたなし、といった風に語気を強めている。


 「わかります! ええ、わかってます! 私たちが死んでしまったら、いずれにしても救助者は助かりません! なら、犠牲者を少なくというのもわかりますけど!」


 トン、と軽くベッドを叩いたような音がする。


 「そういう、なんというか……理屈じゃ無くないですか? 人は、感情で動いてしまうものでは無いんですか?」


 今は肯定も、否定も、どちらもすることが出来ない。


 「天さんだって、例えば優さんとか、春樹さんが関わる時は、感情で動くクセに……っ! あんな自分勝手な人、絶交です」


 絞り出した最後の愚痴は、ある種の答えでは無いだろうか。

 神代優かみしろゆう瀬戸春樹せとはるき

 そこに優の妹・天を加えた3人が、彼女がよく行動を共にする同級生。


 大切な仲間のためなら感情で動くという、天という名前の少女。

 であるならば。

 天にとってシアも、その大切な仲間に違いない。

 先の天の発言も、シアを本気で慮ってのものに思われた。


 とは言え、これまでシアが友人とケンカをしたという話は聞いたことがない。

 ケンカできるほどの仲になった人物が居なかったということだ。


 「なんだか、あなたに話して、すっきりしました! 天さんも私の話、きちんと聞いてくれたらいいのにっ」


 お茶を買ってきますね、と言って彼女は病室を出て行った。




 お茶を飲み、しばらくして落ち着いたのだろう。


 「……天さんは、天才なんだと思います」


 シアは、絶賛ケンカ中の親友のことを誇らしげに話していた。


 「私の知らないこともたくさん知っていて、思いつきもしないことを簡単にやってしまうんです」


 すごいですよね、と付け加える。そこには素直な賞賛があるように聞こえた。


 「でも、時々。自分がわかってることは、みんなもわかってるって思って、勝手な行動をするんです。だからよく、みんなから勘違いされて……」


 だからシアは、親友を放っておけないのだろう。


 「でも、話を聞いてみたら、必ずそこには理由があるんです! こうれがこう、とか、こうするべき、とか。『そんなの言わなきゃわかりません』って、よくなります」


 苦笑しているようだが、嬉しそうに親友について話している。


 「ちゃんと話してくれたら、私でもわかるのに――」


 そこで、はたと気が付いたように。


 「そう……です。そうですよ! お話すればいいんですよ! どうしてあなたをないがしろにするのか、徹底的に問い詰めればいいんです」


 少し単語が不吉だが、どうやら解決の糸口が見えた様子。


 「待っていて下さい――さん! 私にとってあなたがどれだけ大切なのか、懇切丁寧に天さんに言ってきてやります! あなたがいるから私は帰ってくるべき場所、帰りたい場所がわかるんだって!」


 勢いよく出て行った彼女。

 恐らく同じことを親友にも言われるのだろうが、果たして。




 「負け、ました……」


 カラスが鳴く夕暮れ時に帰って来た彼女。

 通話で話を付けたらしいが。


 「仲直りはできました、けど……、天ちゃんが私の予想以上に、私を心配してくれていたみたいで……。その想いに、負けました」


 あれじゃあまるで、告白です。もごもごとそんなことを言っている。

 きっと顔を赤くしているだろうシア。

 シューッと湯気を立てるヤカンのような音を幻聴する。


 「そうだ、このまま!」


 ギシッと音を立てて立ち上がったらしい。


 「ですが……。ううん、でもっ! これも仲直りの条件です!」


 サラサラと、服が擦れる音が近づいて来る。


 「し、知っていますか? 【物語】では、目覚めない恋人を起こす王道で素敵な方法があるんです」


 緊張しつつも、囁くように語るシア。


 「天ちゃんが、これであなたに意識があるかどうかわかると教えてくれました。寝ていても、跳ね起きるだろうとも」


 ギシッと音を立てて揺れたベッド。

 次いで、今度は枕元でキシっと音がする。

 手をついたらしい。


 「起きていて欲しいですけど、でも、そうだとすると……うぅぅ……」


 彼女以外に誰もいない、静かな病室。

 小さな音すらも、驚くほどよく聞こえる。


「ううん、ここは勢いですね! ……し、失礼します!」


 そう言って、またもベッドがきしんだ。


 その刹那。




 チュッと。




 湿り気を帯びたなまめかしい音が、静けさの中に落ちた。

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