第5話 演技と本音 (甘さ指標:市販のカフェオレ)

 任務に行くと言ったきり、姿を見せなくなったシア。


 翌日の朝も、昼も通り越して。

 少しずつ陽光に朱が差し始めた頃。


 『これで本当に……? でも、そらちゃんが言いましたし……』


 廊下から、そんな彼女の声が聞こえた気がする。


 『ううん。よしっ、行きますっ』


 幻聴、だろうか?

 ほんの一拍だけ間が空いて、


 「……おはようございます。すみません、遅くなりました」


 その声は確かなものだった。

 しかし、廊下で聞こえた物とは打って変わって、勢いがなくしおらしい。


 加えて、今日は入り口で立ち止まったまま、なかなか入ってこようとしない。

 それを不思議に思い始めたあたりで、ようやく。


 「任務、無事、終わらせてきました」


 荷物を置き、椅子を寝台の近くまで持ってきて座ったらしい彼女。

 足音含め、その一連の動作はどこか頼りなく感じる。


 そのまま、病室内には沈黙が続いた。

 外からは、病院の中庭で子供が遊んでいるような声がする。


 「……嘘、です」


 ぽつりと落ちた、彼女の声。


 「友人が1人、亡くなりました」


 それは重く、自責の念に満ちた声だった。


 「途中までは、順調だったんです。本当に」


 ただ、彼女は事実を語っているだけ。

 一生懸命に感情を殺そうとしてたようだったが


 「私も、誰も、油断していませんでした。でも……、それでもっ!」


 ギュッという音は、彼女が服か、シーツを力強く握った音だろうか。


 「急に魔人が現れて、みんながバラバラにされて。そうしたら、もう……」


 どうしようもなかった。

 責任感が強すぎる彼女の口から、その言葉が出ることは無い。


 「どうすれば良かったんでしょう? どうすれば助けられたんですか? 助けたかったのに……。誰も死んでほしくなかったのに!」


 任務中、ずっとこらえていた想いと言葉が、堰を切ったようにあふれ出す。


 「私がもっと頑張っていれば! 私がもっと強ければ! ……きっと助けられたはずなのにっ!」


 取り乱す、というよりは噛みしめるように吐露する。


 「これが【運命】? あそこで人が死ぬ……そんな、決まりきった【物語】? 私にはそれを変えられる力があるはずなのに……!」


 そんな彼女の感情に呼応するように、真っ白な光が透けて見える。

 彼女の魔法の根源――マナの光だ。


 「教えてください!」


 ほんの少しだけ感覚が戻りつつある手が、彼女の手の感覚を教えてくれる。


「私は、どうすれば! どうすれば……良かったん、ですか……?」


 声を出したくても、叶わない。

 震えた声で、子供の様に聞いてくる彼女に笑いかけることも、抱き締めることも、叶わない。


 それでも。


 唯一、どうにか動かすことの出来る指先を、彼女が握ってくれている。

 必死の思いで、動かしてみる。ほんの数ミリ。たった一度。

 本当に動かせたのか、自分でも怪しいレベル。

 それだけだったが、


 「――っ?! ――さん?!」


 それだけで良かったのだとすぐに分かった。


 「気のせい、でしょうか? でも今、確かに……」


 そう言って何度も手を握ってくる彼女に、先ほどのような憂いは全く含まれていない。


 「あはは……はい。すみません、嘘が、嘘でした」


 申し訳なさそうに、言う。


 「実は天ちゃんにあなたが意識を取り戻さないと相談したら『そういうのは、ショック療法が一番!』と言われまして……」


 彼女は今、苦笑いをしているだろう。


 「『シアちゃんの恋人さんなんでしょ? じゃあシアさんの、恋人の落ち込んでる所がいいんじゃない?』ということで……」


 つまり先ほどまでの彼女の言動は全て、演技だったということだろうか。

 かつて駅で見せた演技臭さは、もはや感じられなかった。


 「実は遅れてしまったのも、それの演技指導が長引いてしまったんです。任務は本当に、無事に終わりました。自分でも、今回はうまくいったと思います!」


 どうですかっ、と、その後には続きそうだ。


 「あなたが安心して、眠っていられるように。起きた時に、また、私と一緒に居てくれるように。私も私なりに、みんなを守らないとですからね」


 不意に、ポトッと、水滴が落ちる音がした。


 「……あれ?」


 彼女もその時になってようやく気が付いた様子。

 ポタポタとシーツを叩く音は加速していく。


 「……何で、どうして……止まら、ないんですか?」


 そこには間違いなく本心があって。


 「やっぱり、ダメ、ですね……。私1人だと、すぐ……」


 水滴の音は止んだものの、すすり泣く声が代わりに聞こえてくる。


 「――さん、お願いだから、早く目を覚ましてください……!」


 それこそが、何重にも重ねた嘘で必死に隠していた、シアの本音だったらしい。

 先ほど彼女は演技だと笑っていたが。

 任務に関わること以外は、彼女が常に抱え、葛藤している“弱さ”なのかもしれない。


 「私、諦めてません! 諦められるわけ、無いんです! あなたに謝らないといけなくて……。だから、だからぁ……」


 そのまま布団に顔をうずめてグスグスと小さく嗚咽をもらしていた彼女。

 どうすれば彼女に、起きていること、意識があること——生きていることを伝えられるだろうか。


 夕日があった病室が完全に暗んだ頃。


 「すぅ……すぅ……」


 任務の疲れ。慣れない演技。不安。全てを出し切って安心したのだろう。

 寝息が聞こえ始めた。

 泣いて、泣いて、疲れて、眠る。やはり、大きな子供のようだ。

 そこに日々、死地を駆ける勇ましさなど無い。年相応……あるいはそれ以下の、泣き上戸で甘えたな一面を自分だけに見せてくれている。


 「ふふ、ただいま……――さん」


 幸せそうな寝言。

 【運命】と【物語】の女神様は、一体どんな夢を見ているのだろう。


 必ず会いに来る。絶対に帰ってくる。

 そんな彼女と交わした約束が果たされたことを見届けると、次第に瞼が重くなっていくのだった。

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