第4話 【運命】との出会い (甘さ指標:シロップマシマシ)
知り合いや親戚が何かを語りかけ、シアが剝いたリンゴを美味しそうに食べている。
知らない人が切ったものだからと、さほど敬遠されていないあたり。
どうやら彼女は、身内たちのも信頼を獲得しているようだった。
そうして夜が過ぎ、朝が来て、昼を過ぎて。
カラスが鳴いて、虫たちが子守唄を歌っても。
シアが病室の扉を開ける音は無かった。
夜中。
騒々しさに目を覚ますと、容体が急変した患者がまさしく部屋の前を通って行く音がした。
看護師たちの懸命の呼びかけにも、カラカラと担架が応えるのみ。
その乾いた音が、嫌に気持ちをざわつかせる。
耳を塞ごうにも、布団を被ろうにも、体は動かない。
ただじっと、目を閉じ、意識が落ちるその時を待つ。
いつの間にか夢を見ていた。
日々に忙殺され、疲れ果てていたあの日。
「あの……! 定期、落としましたよ?」
振り向いたそこには、彼女がいた。
人々の“理想”を凝集したような、現実離れしたその美貌。それでいて何故か幼さも残る仕草。
今思うと、一目惚れだったことは間違いない。
「失礼かもしれませんが……、疲れていませんか?」
事実、覗き込むように言ってきた彼女の声と顔は今でも覚えていた。
「……私、決めました! 私はあなたの助けになりたいです! 良ければ相談に乗らせてください!」
一目惚れしたうえで聞くその言葉。勘違いするには十分だった。
それにしても、どこか芝居がかって聞こえるのは気のせいだろうか?
「ど、『どうして、そこまでしてくれるのか』ですか? えぇっと……」
明らかに動揺している。
「【運命】を感じました、なんて、あまりに怪しいですよね……? それこそ詐欺師みたいですし…」
小さな声で何か言っていたが。
すぐに、そうです! と、まさしく今、思いついたというように。
「ふ、ふふん! あなたが人間で、私は神様。助けて導くのは当然です! ……よね?」
尋ねられても分からない。
「と、とりあえず! お名前聞いてもいいですか? ……――さん? では、悩める——さんに、最近お友達から教えてもらった良い言葉を教えてあげます」
コホン、と1つ咳ばらいをした彼女。
「『人を助けるのに理由はいらない。自分の中に、助けたいという思いさえあれば良い』です! どうですか? 私を助けてくれた男の子が言っていた言葉です!」
なぜだかその時見せた笑顔に、弾む声に。落胆したことも覚えている。
それでも。
「というわけで……どうでしょう? 私では頼りないかもですが、お話だけでも……」
私ではダメですか? と、聞いてくるその声に思わずうなずいてしまった。
神様に話を聞いてもらえる。本当の意味で役不足と言うものだろう。
そして、その時頷いたからこそ、“今”がある。
「ほ、本当ですか?! やったっ! ま、任せてください。【運命】の女神として、僭越ながらあなたを導いてみせます」
「ついに
十中八九、詐欺か新手の勧誘だろう。初対面でこれほど距離を詰めてくる人物など、いるはずがない。
だとしても、彼女
「あ、でも。私は、今日はお休みですけど、あなたはお仕事ですよね? えっと、どうすれば……?」
思いつきだけで行動し、詳細は全く考えていなかったらしい少女。
今思えば、彼女はこの時も自己紹介を忘れていたように思う。
「あはは、そうですよね。じゃあ、確かQRを……、あれ? 確か“友達”の項目の……。えっと、すみません、どうすれば良いんでしたか?」
携帯を手に言いながら距離を詰めてくる彼女。
互いに画面を見せ合いながら、作業することになる。
「あ、これですね?! それから、これをこうして……できました! えへへ……。いつもは読み取る側なので、見せる方もして見たくて……。それが出来て良かったです!」
すぐ隣で彼女がはしゃぐたび、心が満たされる。
しかし、その救いのような時間は、プルルルルと鳴り響いた構内アナウンスで終わりを告げる。
「あ、電車来ちゃいますね。残念……」
電車か構内に入ってきて、キーッとブレーキ音が鳴り響いた。
スピードを緩める電車から目線を戻した彼女は、
「絶対に……絶対に。無理はしないでくださいね? 無茶は……してもいいですけど、ほどほどに!」
子供に言い聞かせるように、優しく諭す。
と、その時。アナウンスが「シア」という名前の女の子の迷子放送をしていた。
後で聞いた話では、友人たちと遊びに来た時にたまたま定期を落としたところを見かけたらしかった。
『決して、【運命】の直感に従って、天ちゃんたち静止を振り切ってまで、あなたを追いかけたわけでは無いです! 絶対に!』
らしい。
ともかく。
迷子放送が終わる。
「呼び出し?! ……
呆れとも、怒りとも取ることができる呟き。この時はまだ、『天さん』だったことも印象的だった。
「そ、それじゃあ、また連絡しますね! 今のは忘れてください、私は迷子じゃありませんっ」
そう彼女が慌てて弁明したころ。
プシューと音がして、電車の乗降口が開く。
途端に漂う社会人の音と風。
足早な人々の足音が現実へと意識を引き戻す。
待っているのは憂鬱な業務。
そんな雑踏にかき消えないように、だろうか。
「あ、――さん」
呼びかけた彼女の声に振り向くと、思いのほかすぐ近くにいて。
少しだけ背伸びをしたかと思うと、聞こえるように耳に口を寄せ
「あなたに女神の加護がありますように」
それだけを言って、身を離す。
そして、まだ呼び出しの恥ずかしさが残るのか、朱に染まった顔で、
「行ってらっしゃい! お気を付けて!」
小さく手を振り、見送ってくれた。
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