第3話 お見舞い (甘さ指標:角砂糖を添えて)
心配した友人たちが何人か見舞いに来て。
彼らに何も返すことが出来ないまま一日が過ぎた。
微妙な時間に眠ってしまったため、夜が明ける前には意識がはっきりとしている。
昨日の今日で、状況は変わらない。
意識はあるものの全身が脱力し、何もすることが出来ない。
スズメたちの声に耳を澄ませ、ちらほらと人の声が聞こえてき始めた朝早く。
シアは再びお見舞いに来てくれた。
「聞いてください!」
昨日出て行った時と同じようにせわしなく、今度はガラガラと扉が開かれた。
が、すぐにハッとなった様子で静かに扉を閉め、近くに置いてあるらしい椅子を持ってきてそばに座る。
「聞いてください、――さん!」
昨日から、自分の名前だけ、やけにぼんやりとしか聞こえない。
彼女はしっかりと呼んでくれている。しかし、脳が理解できない言語として処理しているような、奇妙な感覚だった。
「実は今日のお昼から
興奮気味に言うシアの言には、色々と思い出せない単語が並ぶ。
そんな疑問を、もと神様らしい彼女が感じ取ったのかは定かではないだろうが。
「あ、天ちゃんっていうのは
嬉しそうに笑っているだろうことは声や雰囲気から分かる。どうやら親友のようだ。
「任務っていうのは……その前に、まずは魔獣についてお話しするべきですね。覚えていますか?」
聞かれても、応えることが出来ない。
「本当は優さんたちの方が詳しいんですが……一言でいうと『人を食べる悪い奴』ですね」
その後、恐らく携帯で調べながら色々と話してくれたがにわかには理解できなかった。
「そして、私たちはそんな悪い魔獣を倒す、特派員なんです!」
ババンと効果音がありそうな、誇らしさが多分に込められた声。
「なので、任務……私たちのお仕事は、魔法を使って魔獣と戦うことですね」
人を食べるということは、魔獣はかなり危険な存在だということ。
そんな存在と、高校生と同じような年齢の少年少女が戦うというのだ。
「天人として。神様だった者として。人々を守り、導くのは当然です。何より、私がそうしたいんです」
そこには決意のようなものがあるように聞こえた――のだが。
「けど……」
続いた言葉のトーンはどこか暗いものだった。
「皆さんには言えないですけど、やっぱり少しだけ、怖いです」
すぐに、あははと笑ったが、声には無理の色がにじんでいる。
シア自身もそれがわかっているのか、勇気が欲しかったんです、と、呟く。
「だから、会いに来ちゃいました。あはは……。まだお話なんか、できないのに……」
このままではどんどんと暗くなっていきそうな空気を自分で察したのだろう。
あっ、と声を上げた彼女はまたしてもガサゴソと何かをカバンから取り出したらしい。
「お見舞いと言えばやっぱりリンゴですよね。いろんな本を読んで勉強しました。早速……あれ?」
と、そこまで言って音が止む。
「そう言えば
なんとなく焦りとやらかしたような雰囲気が伝わってくる。
「……諦めましょう。うん、別に今日じゃなくても大丈夫ですよね!」
1人で初めて1人で終える。
傍から見れば茶番でしかない。
しかし、彼女の言を信じるのであれば、彼女は
いとおしく感じるから不思議だ。
それに。
「――いえ、そうじゃないです」
ここで諦めないのが彼女だった。
「少し待っていてくださいね、すぐ戻ります」
「ふふん! お待たせしました!」
病室に入ってきたシアは言いながら、椅子に座る。
と、すぐそばでカタンと何かが置かれる音がした。
恐らくお皿。
次いで、サクッサクッとリンゴを切るような音。
手慣れたリズムでテンポよく切っている。
「本当は塩水が必要なんですけど……爪楊枝を刺して、完成です!」
サクッと音がして何かが完成したらしい。
「どうですか? 耳を立たせられないので、たれ耳になっていますけど、リンゴ兎です」
兎リンゴかもしれません。
そう付け加えたシアはどうやらリンゴを飾り切りしていたようだった。
「本ではここで食べさせ合いっこをしていましたけど、今回はあなたが眠っていてくれて良かったです。さすがに恥ずかしいので……」
シャクッとは、リンゴを食べた彼女が発した音だろう。
「さすがに1人では食べきれませんし……」
サイドテーブルに皿を置き、病室の端にあるらしい洗面台からチャピチャピと水の音。
そして、椅子に戻って来たそこで何かを書き始めたシア。
「『良ければお見舞いに来た皆さんで食べてください』っと。名前は……」
やがて、パリッとラップを切る音。
パタンと下方から音がしたということは、小さな冷蔵庫でもあるのだろう。
「ふぅ。これで完璧なはずです」
パンパンと彼女が手を打ったところで、ヴゥゥゥ……と何かくぐもった音が聞こえた。
「もうこんな時間ですか……」
タイマーがわりに使っていたらしいシアの携帯が震えた音だった。
「あなたのためと言いながら、結局」
昨日と同じように椅子を片付け、上着を着る衣擦れの音。
「私があなたと話したいだけなんですね……」
バサッと揺れた彼女の服。
柔軟剤に混じって香る血の匂いは自分のものだろうか。
それとも、凄惨な死地を駆け抜けてきた彼女の、その生きざまか。
呼吸器があるため、匂いはほとんど分からないというのに。
「よしっ」
ぺちっという少し痛そうな音。
「それじゃあ、行ってきますね――さん。私もあなたみたいに、誰かを格好良く助けてあげられるような人に。そんな特派員になってきます! 見ていてくださいね、なんて……」
最後は少しだけ不安をにじませながらも。
荷物をまとめたらしい彼女の足音が遠ざかっていく。
「また来ますね……。必ず、絶対に」
閉じられたドアの、バタンというその音を境に。
ただただ退屈な静寂だけが病室には残された。
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