おまけ・終話 此処で待っている

 ちょっと待って欲しい。


「失われた科学技術を再興させる気ですか?」


「その気は無かった。単に難民を出来るだけ救おうとした結果、これが一番手っ取り早かっただけだ。


 ヤバそうな難民集団を片っ端から救助してたらずいぶんな数になってしまって、家を作ったり食料を調達したりに手が回らなくなった。


 だから手っ取り早い方法として『デュカリオン』の居住区画に入れて、あとはデュカリオンの支援機能に任せたんだ。食事も医療もその他生活全般も。


 おかげで元難民の皆様が進んだ暮らしというのを知ってしまった。そして俺は生活水準を戻すのを納得させるのを諦めたという訳さ。

 まあ俺の手足として科学技術の産物を使ってくれる人間も必要だったからな。それにこの生活を維持するとなれば俺以外にも科学技術についてある程度知っている人間が必要になるだろう。


 結果、こういう場所が出来てしまった。そういう訳だ」


 何と言うか……


「まあ状況は理解出来ますけれどね。大丈夫ですか? こんなこの世界の水準と隔絶した場所を作ってしまって」


 どう考えても危険過ぎる気がする。


「ああ。だから此処での技術が流出しないように気をつけている。場所は境界山脈の山中で孤立しているし、他との交易も現在は無い。食料含めて全てが完全に自立し、また孤立している。


 また侵略とかを考えても実行できないようにしている。

 乗り物は飛行可能なもの以外はこの街から出せなくした。飛行可能なものも此処の領域外では視認不能措置必須。同水準の科学による攻撃以外は自衛攻撃すら出来ないようにした。


 それ以外の武器及び武器転用可能な文明の利器は一定の範囲から持ち出し厳禁。これは単なる法律ではなく、レーダーその他による感知機能をつかった実効性ある措置だ。


 今の最上位命令権限者は俺だからさ。万が一俺がいなくなった後でも、この命令は消去出来ないようにしてある。

 だからまあ、大丈夫だろう」

 

 なるほど、それなりの措置は取ってある訳か。


「さて、ここからが本題、かつての科学技術文明の記憶があるリチャードに対するお誘いだ。


 ダイアスパーへ来ないか? 失われた地球文明の残した知識がまだ此処には残っている。科学技術だけではない。文学も芸術も、かなりの部分が『デュカリオン』やラグランジュ点で待機中の船団に記録として残されている。


 更にその気になれば宇宙旅行だって可能だ。恒星間を超光速で航行可能な宇宙船が大は10km級の移民居住艦や3km級の宇宙戦艦、小はこの連絡艇までよりどりみどり。

 更に宇宙戦闘機だの人型作業機だのといったメカだって豊富だ。


 生活水準だってフェリーデよりはずっといい。此処の一般住民だってフェリーデの貴族と比べても劣らない生活をしているのは間違いないだろう。

 連れてきたい人がいれば一緒に来てもいい。何人でも問題はない。


 さあどうだ?」


 正直なところとんでもなく魅力的な誘いだ。

 学生時代、何もない頃の僕なら間違いなく誘いに乗っただろう。


 しかし今の僕は沢山の物を持ちすぎてしまった。

 ローラ、そして我が家の使用人一同、カール、キット、その他北部大洋鉄道商会の皆、ウィリアム兄や父、ジェームス氏……

 そして敷設した鉄道、始まってしまった通信事業、そして僕の意図以上に暴走している観光事業……


「すみません。魅力的なのは間違いないです。ですが残念ながら行く事は出来ません。向こう、フェリーデに残したものが多すぎるので」


 大叔父は真面目な顔で頷く。


「いい生き方をしてきたようだな。了解した。

 俺がシックルードに戻れなくなった理由もそれだ。今では此処に残したものが多すぎる。そういう事さ」


 正直非常に惜しい気がした。

 しかし僕はまだ、やるべき事が向こうに残っている。

 待っている人もいる。

 

「実はダルトンも誘ったのだが断られた。今はこちらで先を見届けたいものがあります、だとさ。

 それはリチャードがやっている鉄道なのか、それとも鉄道がきっかけで始まった大きな変革の流れなのかは聞かなかったけれどな」

 

 ダルトンとそんな話までした訳か。

 きっと大叔父とダルトンの間にはそれだけの繋がりがあったのだろう。

 部外者である僕には完全にはわからないけれども。


「それじゃリチャードを送るとしよう。帰りは何処がいい? 不可視措置をしてあるとは言えこのアイリスはそこそこ巨体だから、あまり空が狭い場所には行けないが。トラクタビームの使える範囲はせいぜ50m程度だからな」


 なるほど、ロト山を指定したのはそんな理由もある訳か。

 少し考えて、そして決める。


「ロト山の同じ場所で御願いします。万が一捜索なんてはじまっていたらまずいので」


 言った理由が全てという訳ではない。

 捜索がはじまっていなかったとしたら、帰りもまた一人旅気分が味わえる。

 本音はそっちだったりする。


「わかった」


 スクリーンの表示がまた変わった。

 今度は上空から見た境界山脈の景色だ。

 それがゆっくりと動き始める。

 シックルード領へ、そして更に西へ。


「『アイリス』ならこの程度の距離はすぐだ。大気圏脱出も出来るからな。今はソニックブームを起こさないよう、そこそこ速度を控えているが」


 そう言って叔父は、手元の操作盤をささっと操作する。

 A4程度の紙が数枚、操作盤の下から出てきた。

 何かを記載してある。


「ダイアスパーの位置を印字しておいた。全部日本語で書いてある。だからリチャード以外には読めない筈だ」


 大叔父は僕にその紙束を差し出した。


「ダイアスパーからはフェリーデをはじめ、外の世界に対して、積極的には干渉しない事になっている。

 しかし向こうから接触してきた場合は別だ。


 いつか鉄道を此処ダイアスパーまで敷設して来るがいい。そちらの世界を壊さない範囲で、新たな知識や貴重な物資の提供を含めた交流を約束しよう。


 俺は此処で待っている。ダルトンにもそう伝えておいてくれ」


「わかりました」


 僕はその紙を受け取った。


 ◇◇◇


 地に足を付けて空を見上げる。

 さっきまでいた筈の宇宙連絡艇はやはり見えない。

 隠蔽装置が完璧に作動しているのだろう。


 懐中時計を見る。

 2の鐘半14:30、ほぼ1時間経過していたようだ。


 姿を消した僕の捜索はやっていた模様。

 およそ10人程の気配がさっと動いたのを魔力探査で感じた。

 しかし特に何か聞かれる事も無く、警備は来た時と同様の体制に戻る。


 これはウィリアム兄に話しておいたおかげだろう。

 指示が行き届いているようだ。


 さて、それでは一人旅気分の再開と行こう。

 僕は駅に向けて歩き出す。

 そうだ、念のため持続回復魔法をかけておかないと。

 筋肉は上りより下りの方が痛めやすいから。


 あと帰り、商会本部事務棟に寄っておこう。

 ダルトンに話しておく事がある。

 大叔父とこんな話をしてきたという事。

 そして『待っている』と伝えられた事を。


(とりあえずEOF ただし……

 異世界鉄道の本編完結にあわせて、シリーズ全体の最終話をこの話の次に投稿する予定です)

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