第12話 戦闘直前

 あの敵は夜間、動かなかったようだ。

 少なくとも偵察班からの連絡は無かった。


 そして翌朝、9の鐘の時刻。

 俺はトレバノスの最奥部、アスタラ谷入口付近に設けられた派遣部隊の本部で報告を聞いた。


「狼煙魔法です。ロス谷B地点、アスタラ谷方向」


 本日2回目の狼煙の報告だ。

 1回目は半時間30分前、8半鐘の時刻。

 この2回の狼煙から、敵の移動速度は時速15離30km程度とわかる。


 そしてロス谷B地点から攻撃地点のアスタラ谷狭隘部まで谷沿いに約15離30km

 このままならあと1時間で会敵だ。


「連絡1班から3班、出動」


「了解」


 これら連絡班は、

  ○ スウォンジーの領騎士団本部及び領主代行宛ての第一報

  ○ トレバノスからスウォンジーまでの集落への避難命令伝達

へと出て行く。


 この国には電話や無線といったものが無い。

 情報伝達をする為にはいちいち人を走らせる必要がある。

 ゴーレム馬に騎乗する連絡兵の移動速度は時速20離40km

 これより早い情報伝達は、先程使った煙幕魔法くらいしか無い。


「第一部隊は谷出口へ移動、魔法・ゴーレム部隊は第一次戦闘配置」


「了解」


 伝令が2組4名、本部天幕を出て行った。

 そしてセルジュ百騎長は俺の方を見る。


「それではリーランド様、申し訳ありませんが大型ゴーレムの配置を御願いします」


「了解だ。それではダルトン君、宜しく頼む」


 そう、俺もゴーレムを操縦して戦場に出る。

 ただし残念な事に搭乗しての参戦ではない。

 通常のゴーレムと同様の遠隔操縦だ。

 

 理由は簡単、セルジュ百騎長、幕僚の皆さん、更にはダルトン君にまで猛反対されたからだ。


「ゴーレムを使用して兵士すら現場から遠ざけたのに、リーランド様御自身が出られるのは問題です」


 確かにその通りだ。

 なお兵士すら現場から遠ざけた、というのは俺が作戦を大幅に変更したから。


 狭隘部で敵を迎え撃つのは全てゴーレムにした。

 俺が持ってきた人型ゴーレム3体。

 輜重部から引き抜いた馬型ゴーレム6体。

 そして俺が操縦する大型人型ゴーレム1体。


 これはは昨日、セルジュ百騎長と話し合った結果、決めさせて貰った。


 ◇◇◇


「情報では第三騎士団の魔法攻撃や長弓攻撃は無効だったようだ。ならば人間の兵士を配置しても意味が無いだろう」


 この情報はセルジュ百騎長も知っている筈だ。

 だから騎士団の存在意義的には暴論だけれど、押させて貰う。 


「しかしそれでは騎士団として、どのように攻撃をすればいいのでしょうか」


 勿論その辺は考慮済みだ。


「弩弓攻撃は人型ゴーレム3体で行う。あのゴーレムは内部空間に弩弓の矢を収納する事も可能だ。


 無論、命中精度は落ちるだろう。しかし今回の敵は大型だからあまり問題は無い。


 また10人で運用する弩弓を1体で使用するのだから単位時間あたりの射撃数も落ちる。それでもあのゴーレムは腕力的には人間の10倍以上。弩弓を人が引けない最高威力にしても運用可能な筈だ」


 無茶を言っている自覚はある。

 10人でやる作業を1体のゴーレムでやれと言っているのだから。

 しかし現場に1組10人の部隊を何組も配置した結果、炎魔法で全滅なんて事態は避けたい。

 

「魔法部隊も現地に行く必要はない。岩塊を落とたり攻撃魔法を放ったりするのはゴーレム越しでも出来るだろう。

 輜重部隊から搬送用馬型ゴーレムを10体出して貰う。ゴーレム1体につきゴーレム操作に1人、攻撃魔法等に携わる者1人から2人を相乗りさせれば、威力的には問題無い筈だ」


 相乗りとは1体のゴーレムを2人以上で操縦する事だ。

 操縦する者全員がゴーレムを動かしたり、ゴーレム越しに魔法を発動したり出来る。


 ただ輜重部隊もゴーレムを余分に抱えている訳では無い。

 戦闘部隊に搬送用ゴーレムをそれだけ供出すると、派遣部隊の迅速な移動は行えなくなる。

 それでも貴重な魔法部隊員が全滅するよりよっぽどましだ。


「更にあの大型ゴーレムで近接戦闘を行う。あのゴーレムは飛行可能だ。攻撃魔法が効かない相手でもそれなりに戦う事が出来る」


 勿論操縦は俺だ。

 遅くとも数日中には会敵するのだ。

 飛行を含む複雑な操作を教えるなんて時間は無い。


「他の部隊はどうするのでしょうか」


 この作戦では当然ながら、大部分の騎士団員の出番は無くなる。

 もちろん俺もそれはわかっているし、名目も考慮済み。


「歩兵部隊は安全な位置で待機だ。万が一、敵に狭隘部の防衛線を突破された場合、トレバノス地区の避難誘導や被害回復に当たらせる為に待機させる。

 これらの攻撃を受け、なおかつ戦線を突破するような相手では歩兵部隊で戦闘を挑んでも無駄死にするだけだろう」


 領主命令で派遣した騎士団員が負傷または死亡した場合、損失となるのは死亡一時金、見舞金、諸手当関係だけではない。

 団員にかけた訓練関係の費用、装備関係の費用、更には部隊再編の為の費用等、多額の損失が出てしまうのだ。


 勿論戦力として有用なら出し惜しみするべきでは無い。

 特に今回のような非常事態なら。


 しかし今回の敵に対して、歩兵ではあまりに無力だ。

 なら目一杯出し惜しみするのが正解だろう。

 領主家としての経済合理性の上で。


 更に保険として宣言させて貰う。


「領主家に任命された現地総指揮官でありシックルード伯爵家の一員たるリーランド・アイザック・シックルードの名で命令する。

 今回の敵に対しては、敵が戦闘不能になる、もしくは降伏した場合を除き、騎士団員による直接の戦闘を禁じる」


 俺の命令だという事をここで明確にしておく。

 これで万が一の際でもセルジュ百騎長の責は問われないだろう。

 全ては俺の領主家としての命令で行われた、という形になるから。


 ◇◇◇


 そんな訳で、俺は独立して敵と戦う訳だ。

 勿論サポートにはダルトン君に付いて貰う。

 俺の操作するゴーレムに相乗りして、各部のチェックをする役割だ。

 そうすれば俺は戦闘の為の操縦に全力を使う事が出来る。


 この本部から戦場となるアスタラ谷狭隘部までは約半離1km

 既に俺の大型人型ゴーレムは現地に移動済み。


「予定通りならもうすぐゴーレム経由の偵察魔法で捉えられる筈です」


「そうだな」


 俺もダルトン君も偵察魔法で10離20km程度先まで確認出来る。

 敵があと5離10km動けば確認出来る訳だ。 

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