第16話 エピローグ

 11月25日。

 僕はまもなく開業するスウォンジー北線の視察に来ていた。

 なお今日はダルトンが一緒だ。

 スウォンジー北線の視察に出ると言った時、どうしても一緒に来ると主張したのだ。


 珍しい事だが理由はわかっている。

 だから僕は同行を許可した。


 他にはウィリアム兄がつけた警戒員も2人同行している。

 もっといるかもしれないが、その辺はわからない。

 視察用の列車に乗ったのが2人というだけだ。

 トレバノスに出る事は昨日ウィリアム兄に連絡済み。

 だから列車より早く現地入りして警戒している可能性は充分にある。


 駅を出て周囲を見る。

 此処はトレバノス地域の最奥地だ。

 両側に山が迫っていて、ここから先は岩壁に挟まれた狭い谷となる。


 谷には所々不自然な場所がある。

 筒状の妙に平滑な穴が、谷の岩壁から斜め上に向けて空いているのだ。

 穴は一つでは無く合計4つ。

 どの穴の内部もガラス質になっているらしい。

 ここからでも幾つかの穴の内部の艶が見える。 

 

「トレバノスに来たのは随分と久しぶりです。

 あの件以来、此処へは来る事が出来ませんでしたから。来るのが怖かったのです」


 ダルトンが言うあの件とは、大叔父リーランドが消えた戦いの事だ。

 巨大な魔竜が襲ってきて、リーランド大叔父率いる領騎士団がここで戦った。

 領騎士団の奮戦により魔竜は逃げ出して境界山脈の奥に消えた。

 その戦闘でリーランド大叔父は搭乗したゴーレムとともに行方不明。

 それが公式の記録だ。


 しかし僕はダルトンから話を聞いている。

 ダルトンはその日、現場に居た。

 リーランド大叔父に最も近い場所にいて一部始終を見ていたのだ。


「あの日もこんな、肌寒い晴天でした」

 

 ダルトンがそう言って北東の方を見た。

 大叔父が魔竜とされる物とともに消えた方向だ。

 ダルトンの話によれば、やってきたのは魔竜ではない。

 魔竜どころか魔物ですら無いそうだ。


『あれはゴーレムでした。勿論従来のゴーレムという概念からはかけ離れたものです。リーランド様が乗っていたものより遥かに大きく、魔力の動きも違います。


 ですが人が乗り込み動かす道具。そういう意味ではゴーレムの延長線上にある存在に違いありません。リーランド様もそう判断していたようです』


 僕はダルトンからそう聞いている。

 本当なのか、今ではもうわからない。

 あるのは不自然な穴があいた谷だけだ。

 これらの穴は魔竜が高熱の炎を吐いて溶かした跡らしい。

 確かにそうかもしれないという異質さは今でも感じる。


「あの谷で、魔竜と呼ばれるゴーレムと対峙したのです。


 リーランド様の指示で、攻撃は全てゴーレム越しで行われました。しかし弩弓も攻撃魔法も崖を崩しての攻撃も、あの敵には効果がありませんでした。


 そこでリーランド様は決断されたのだと思います。御自身で直接、敵であるゴーレムに乗り込む事を」


 その辺りの動きについては列車内で移動中に聞いている。

 リーランド大叔父は人型ゴーレムの手に自分を乗せると、高速飛行で敵に接近。

 ゴーレムから錨のような物を射出して、魔竜に取り付いた。

 ダルトンはその時、リーランド大叔父が敵ゴーレムに乗り込むのを確かに見たという。


「リーランド様は、魔竜と呼ばれるゴーレムに何処から乗り込む事が出来るか、分かっていたようです。人型ゴーレムで接近、腕を伸ばして扉の横へ取りつきました。


 私はリーランド様がそれらしい扉を開け、中へ乗り込んだところを偵察魔法ではっきり見ました。だからあの敵がゴーレム、それも人が乗り込む形のゴーレムである事は間違いありません。


 ただしそのような存在というのはこの国フェリーデの常識を越えています。だからリーランド様も魔竜という事で説明したのでしょう」


 敵はリーランド大叔父が乗り込んだすぐ後に停止。

 しばらく後、敵からリーランド大叔父の声が聞こえたそうだ。


『この竜が出てきてしまった問題を解決しに行ってくる。シックルード領及びフェリーデを離れる事になるが心配しないでくれ』


 そして敵は高空へ上昇し、攻撃等一切せずに静かに北東へと去った。

 それが僕がダルトンから聞いた顛末だ。


 ◇◇◇


「この事件の後、王都から調査隊がやってきて大騒ぎになりました。此処だけで無く、魔竜が発見されたバーリガー領、更には第三騎士団やゼメリング侯爵家にも調査隊が派遣され、調べられました。


 半年続いた調査の結果、ゼメリング侯爵家及び第三騎士団が重要な情報を幾つも隠蔽していた事、更に国法に背いた行動を幾つもとっていた事が明らかになりました」


 その辺りは僕も本で読んで知っている。

 隠蔽していた情報は主に、

  ○ 東方諸国家の幾つかから連絡が取れなくなっていた事。

  ○ それらの国々は魔竜に襲われたと、北方部族経由の情報で入っていた事。

といった事柄で、本来なら国王家に上げるべき筈だったものだ。


 これらの情報を隠したのは、ゼメリング侯爵家による外交の失敗を隠す為。

 当時、ゼメリング侯爵家は東方諸国家や北方部族オルドスとの交流の一切を任されていた。


 しかしゼメリング家はフェリーデに比べ圧倒的に相手の国が小さいことを理由に、交渉等で無礼な態度で接した他、高額な関税だのといった理不尽な条件を押しつけようとした。


 結果、東方諸国家や北方部族オルドスの離反を招き、交流もほぼ無くなり、貿易も9割以上減少。

 貿易はともかく、情報が入らなくなるのは国として大問題。

 故に国には嘘の報告を上げ続けていたらしい。


 更にもう一方で、

  ○ それらの情報を調べるため第三騎士団を独自に動かし調査していた事

  ○ 調査の為に国に嘘の報告をして、増援部隊の派遣を要請した事

  ○ 調査の結果、魔竜に遭遇し戦闘を行ったのに、その事を報告しなかった事

  ○ その上でゼメリング領だけを守る為、国王家及び周囲の領主家に一切情報を提供しないまま、第三騎士団と増援部隊を使って自領の衛だけを固めた事

も明らかとなった。

 

 結果、ゼメリング侯爵家は、

  ○ 領地の一部を取り上げられ

  ○ 北方部族や東方諸国家との独占貿易権を剥奪

という処分を受ける事になった。


 また以降の北方部族や東方諸国家との外交は、国王家がウィラード子爵家を通して行う事も決まった。


 他にも第三騎士団がゼメリング領外に出る際は、国王家の承認か当該地を管轄する領主の明示的許可が必要となる等、ゼメリング侯爵家の今までの専横を抑える各種の措置が成された。


 ◇◇◇


 一方、シックルード領騎士団が魔竜と相対し追い払った事も調査された。

 王都から調査隊が派遣され、関係者ほぼ全員に対し、魔法を使用した聴取が実施された。


 これについても車内でダルトンに聞いている。


『私もセルジュ領騎士団長、当時はまだ百騎長でしたが、も魔法を使ってみっちり事情聴取をされました』


 結果、伯爵の第三子であるリーランドの英雄的行動により、魔竜が退いた事が明らかになった。

 それを受け、領騎士団や王国騎士団による境界山脈の捜索が行われた。

 しかし主脈手前まででの捜索では魔竜も大叔父のゴーレムも発見できなかった。


 半年で捜索は打ち切られた。

 第一功労者であるリーランドは行方不明のまま、国によって大勲位を授与された。

 記録ではそこまでとなっている。


 しかしダルトンの見解は違うようだ。

 ダルトンは谷、そしてその奥に続く山を見ながら呟くように言う。


「こうしてあの時と同じ風景を見ると、私は思ってしまうのです。

 今でもリーランド様はあの山の向こうで元気にしているのではないか。

 あの魔竜と呼ばれるゴーレムや更に別のゴーレムに囲まれて思う存分研究しているのではないか。

 そのうちひょっこりとあのゴーレムで帰ってくるんじゃないかと」

 

 勿論この世界の常識的に考えればそんな事はありえない。

 しかし僕はダルトンの言葉を否定できないのだ。

 

 リーランド大叔父には様々な逸話が残っている。

 まるで僕と同じように異世界の記憶を持っていたのではないか。

 そうとしか思えない話まで。


 それにあの日、ダルトンは現場にいたのだ。

 何が起こったのか、誰より見て知っている。 


 だから僕はダルトンの言葉を否定できない。

 むしろその通りで、大叔父は未だ山の向こうで元気にしている気すらする。


「リチャード様はリーランド様とよく似ています。姿かたちではありません。普通の人と少し違う思考で、違う目線で物を見て、そして追いかけているところが。


 だからリチャード様にはわかるのではないでしょうか。リーランド様が何を求めていたか、何処を目指そうとしていたか。そしてそうならば、今頃どうしているかが」


「かもしれないな」


 僕はそうとだけ答え、そして東北の空を見る。

 リーランド大叔父が消えたという、青空と山の、更にその先を。


(EOF)

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