第10話 迫りくる敵
領主館と言っても、要は勝手知ったる実家。
俺はまっすぐ領主代行執務室へと向かう。
魔力でチャールズ兄が執務室に1人でいるのがわかる。
そしてつい先程まで、他に何人かいたような魔力の痕跡も。
明らかに何かが起きた、あるいは起ころうとしている模様だ。
わざわざ俺を呼び戻すような、そんな何かが。
俺は執務室手前の受付にいた、兄の秘書であるレーマンに尋ねる。
俺が問いかける前にレーマンは目礼して口を開いた。
「お待ちしていました。どうぞお入りください」
そのまま7歩歩くと執務室の前。
扉を3回ノックする。
歩数やノックの数に特に意味は無い。
俺のいつもの癖だ。
「チャールズ領主代行、リーランドです」
「入ってくれ」
俺は中へ入り、扉を閉める。
チャールズ兄が立ち上がり、そして秘話魔法をかけたのが魔力でわかった。
「何やら面倒ごとですか?」
「そんなところだね。まあ座ってくれ。状況を説明するくらいの時間はあるだろう」
チャールズ兄が執務机とは反対側にある応接セットへ移動したので、俺は向かいの椅子へ腰掛ける。
「それで何が起きているんですか?」
「とんでもない敵が迫っているらしいんだ。巨大で、空を飛び、炎を吐く。何処まで信じて良いかはわからないけれどね」
何だその化物は。
そんな魔物は僕が知っている限りこの国に出た事は無い筈だ。
そう思いつつ、次の質問をする。
「その敵が攻めてくるんですか?」
「順を追って話そうか。その方が状況がわかりやすいだろうからさ。
話の発端は第三騎士団だ。トレバノスに駐屯していたのは知っているだろう」
俺は頷く。
「ええ。他にバーリガー領やウィラード領にも駐屯していたと聞きましたが」
「その通りさ。実はトレバノスに配備していた第三騎士団部隊のほとんどが姿を消していたのがわかった。外部から魔力探査で確認すると、残っているのは半個分隊、5人しかいないようだ」
以前聞いた事を思い出す。
「配備は確か1個小隊、3分隊いた筈ですよね」
「その通りだよ。ただしそのうち1分隊はいつの間にか姿を消し、残った部隊もほとんどがトレバノスを去った。残ったのは5人だけだ。
部隊に何かあったのか、第三騎士団に何かあったのか、それともゼメリング侯爵家かゼメリング領に何かあったのか。
そこでゼメリング家とバーリガー家に連絡を取ってみた。バーリガー領にも同じように第三騎士団が配備されていた筈だからね。バーリガー領都のノマルクなら高速連絡用ゴーレムで、1日あれば往復出来るしさ」
この世界には電話や電信、無線通信は無い。
それに類する魔法もない。
馬型ゴーレムに騎乗した連絡兵を走らせるのが最速の連絡手段だ。
第三騎士団とゼメリング家の本拠地ディルツァイトは遠い。
最速の連絡兵でも往復だけで丸1日、朝出たとして翌朝までかかるだろう。
しかもゼメリング家が素直に回答を寄こすとは限らない。
元々最小限の連絡だけで他領へ騎士団を駐留させ、そして連絡もなしで大部分を引き払ったのだ。
のらりくらり回答をはぐらかす可能性が高い。
こちらの情報請求が国法に明記された、領主の領内管理条項に基づく正当な権利行使であっても。
元々ゼメリング侯爵家、少なくとも先代と当代は周囲の領主家から嫌われているというか信用されていない。
普段から侯爵位を笠に着て周囲の領主家全てを見下し横柄な態度をとっているし、その割には北方部族や東方諸国家との交易も失敗続きだし。
他にもたっぷりと理由があるのだが、今は割愛。
何が起こっているのかを知る方が先だ。
「それでバーリガー家からは何か返答が来たんですか」
「ああ。向こうにいた第三騎士団も同じ状況だそうだ。
ただバーリガー家の方ではうちより状況を掴んでいたようでね。具体的な情報を教えてくれた。
① 第三騎士団は境界山脈で何かを捜索していたらしい。
ただしその捜索の対象が何であるかは不明。
② 部隊の一部はノマルクの東方
遠方から偵察魔法で監視していたバーリガー領内騎士団員の報告によると、炎熱系の魔法が多数使われた模様。
③ その後、駐留部隊はごく少数の連絡要員を残し撤収。
撤収事由及び交戦についての報告は無し。
④ 一昨日から、バーリガー領とゼメリング領の境であるザウート山系の稜線西側に、第三騎士団部隊が陣地を構築中。
ゼメリング侯爵家及び
他領内で領主に無許可で交戦、そして領主への報告無しか。
完全に王国法違反だ。
国家騎士団である第三騎士団であっても、戦闘を行う際は当該地域を管轄する領主の許可が必要となる。
緊急で許可を得るいとまが無い時でも、戦闘終了後直ちに領主に対して状況報告が必要だ。
でもまあ、ゼメリング侯爵家なら守らない可能性があるな。
周囲の領主家を見下しているし、そのくせ政治的判断を常に間違えるし。
しかし今はゼメリング侯爵家がいかに駄目駄目かを考える時ではない。
何が起こっているかを確認するべき時だ。
「王国法違反は別として、第三騎士団は何と戦っていたんですか?」
「それが最初に言った化物さ。巨大で、空を飛び、炎を吐く。
目測では横幅
第三騎士団側は長弓と攻撃魔法で戦ったようだけれどね。手も足も出なかったようだ、と報告にはあるよ」
なるほど、これでやっと俺が何故急いで呼び戻されたか、理解した。
「つまりその化物がやってくるかもしれないという事ですね。
「そういう事さ。ついでに言うとその可能性は結構高い」
チャールズ兄は卓上に紙を1枚広げる。
境界山脈の地図だ。
「ここが交戦地点。場所そのものはバーリガー領内だ。しかしこの谷を川沿いに下ると出るのはトレバノスになる。
化物が谷間にいたというなら、谷間をそのまま下ってトレバノスに出てくる可能性が高い。そう思わないかい」
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