第8話 第三騎士団の動向
領主館へ鉱山の事業報告に行った際の事だ。
シックルード領の領主代行をしているチャールズ兄に、最近の国の情勢について聞いてみた。
「地震のせいで一部に不況が続いているけれどさ。それ以外は特に国内に変化は無いと思うよ。
強いて言えば第三騎士団が変わった動きをしている事くらいかな」
それについては少し情報が入っている。
「
「ああ、そうさ。他にバーリガー領やウィラード領にも偵察駐屯地を設置するそうだ。
境界山脈北東部を調査する為の拠点だそうだけれど、何故調査するのかについての情報はほとんど無いね」
境界山脈とはこの国の東側を南北に貫く巨大な山脈だ。
この辺りの稜線部分の標高は
スウォンジーの東側から山脈の主稜線と思われる部分まで
主稜線の東側については不明。
更にその先には砂漠があり、幾つか小国家もあるという話だけれども。
そして第三騎士団はこの国の国立騎士団のひとつ。
代々ゼメリング侯爵が団長を務めていて、国北方の脅威に対する護りが主な任務だ。
しかしこの国の北には脅威になりそうな国も勢力も存在しない。
寒流の影響で乾燥した寒冷地が多く、土地の生産力に乏しいから。
オルドスと呼ばれる半遊牧的な部族集団が疎らに住んでいるだけ。
オルドス全部族を足しても人口は5千人以下。
この国の脅威とはならないだろう。
だから第三騎士団は南方を護る第二騎士団と比べて重要視されていない。
規模も予算も第二騎士団の7割以下だ。
「第三騎士団の予算削減論でも出て、新しい仕事をでっち上げたのですかね」
「確かに中央ではそんな噂もあるようだね。第三騎士団の予算稼ぎだなんて。
でも一概にそうとは言い切れないんだ。第一騎士団から魔法偵察小隊が3つ程、第三騎士団へ配備変えになっているようだから」
第一騎士団は王家から分家したシンプローン公爵家が代々騎士団長を務めている名門だ。
ここが人員を出したという事は……
「国の方も必要性を認めたという事ですよね」
「そうなるよね」
チャールズ兄は頷いて、そして続ける。
「ただ残念ながら、うちには情報は入ってきていないんだ。駐屯させる理由も『境界山脈北東部を調査する為』だけで、あとは軍事機密だとさ。
なおうちの森林公社からは境界山脈に関する異変なんて情報は入っていない。まあ公社にわかるのは手前
森林公社は境界山脈で林業をやっている。
ただ伐採対象にしているのは標高
これが生えていない部分までは入り込んでいない。
ただ、境界山脈もこの国より更に北側では標高が低く、幅も狭くなるらしい。
かつてはその部分を経由して境界山脈の東側の国との交易があった。
そう言えば……
「数年前から東側諸国との連絡がつかない、なんて噂がありますよね。それが関係すんですかね?」
「関係はあるかもしれないね。ただその辺りとの交易はゼメリング侯爵家の独占だったからね。やっぱり情報は入ってこないんだよ」
なるほど、こちらも情報無しという訳か。
「何かそういった情報を普段から集める仕組みが必要ですかね」
「そうかもしれないね。田舎貴族だからあまりそういう事は気にしなかったけれどさ」
確かにシックルード家は田舎貴族だ。
領地だけは広いが、そのほとんどが境界山脈側。
平野はほとんど無く、鉄鉱山と製鉄、林業が産業のメイン。
最近の鉄鉱山の利益でやっと農地開発が進み始めたという状態。
格式も子爵家からあがったばかりで伯爵家としては最も下。
下手な子爵家の方が政治的な力を持っている位。
おかげで政争とかもほとんど縁が無い。
だからか諜報なんて事もほとんどやっていない。
「まあ騎士団の駐屯以外にこの情勢がシックルード家と関係あるかはまた別だけれどさ。それに情勢がどうであれ、小規模領地の田舎領主が出来る事はほとんど無いからさ。せいぜい領内産業を何とかする程度で。
幸いそっちの方はリーランドの鉱山のおかげで好調だしさ。家も伯爵に昇爵したし、鉄の儲けで新たにトレバノスやラングランドの開拓も始められたし」
「まあそうなんですけれどね」
そんな感じで国内情勢は今ひとつ状況が読めない。
景気があまり良くないのは確かだけれど。
◇◇◇
国外はともかく、領内の景気は悪くない。
鉄鉱山は相変わらず順調だし、その利益を元にした領内開発も進んでいる。
そして俺のロボット計画の方もついに完成形に近づいてきた。
今回新たに開発されたのは水蒸気噴射機構。
魔法によって高温の水蒸気を噴射。
空中機動を可能にする装置だ。
これを背中及び本体左右に取り付けた。
計算では推力比は2倍以上。
つまり翼が無くとも飛行可能だ。
「どう考えても大型工事用ではないですよね」
ダルトン君は呆れたという口調でそんな事を言う。
その通り、これは俺の俺による俺のためのロマンの産物。
ただ一応弁解はしておこう。
「飛行して移動出来れば道を作る必要もないだろう。どんな困難な地形の場所にだって移動して作業が可能だ」
「でも周囲に与える影響が大きすぎて、試験すら出来ませんよね」
ダルトン君の言う通り、飛行試験はまだ出来ていない。
何せロケットを飛ばすような代物だ。
それなりの場所でないと高温と強風、轟音と衝撃とで周囲に被害が出てしまう。
種子島とか内ノ浦の発射場みたいな施設が欲しいところだ。
シックルード領的には内ノ浦の方かな。
あそこは山の上にあるから。
「領主代行経由で森林公社にかけあって、安全な場所を提供して貰うつもりだ。それまでの辛抱だ」
人里離れた山の中なら試験で轟音を出してもそれほど問題はないだろう。
その辺の管理は森林公社が担当。
だからチャールズ兄経由で話を通す必要がある。
問題はチャールズ兄にどうやって頼み込むかだ。
趣味とロマンのロボットで必要、というのではやはりまずいだろう。
何かいい方法を考える必要がある。
※ 推力比
正しくは推力重量比。エンジンの推力を機体の総重量で割ったもの。1を超えると垂直上昇が可能になる。
※ 種子島とか内ノ浦の発射場
日本のロケット発射場、種子島宇宙センターと内之浦宇宙空間観測所のこと。どちらも鹿児島県所在。
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