第19話

 城に帰るとまず執務室に入った。そこにはお父様とお母様とシュティル兄様がいた。全員が泣きつくように私を取り囲んだ。強く抱きしめる家族を見て私も涙が溢れ出る。

 感動の再会を果たしたところで私はギルベート兄様にしたようにこれまでのことを今度は細かく話した。ネックレスはただ落としてしまっただけでアルキューテには行っていないことを伝えると全員が安堵の息を吐いた。そしてさっき鳴り響いていた雷の説明もする。私を助けてくれたのはイヴァンソロディスという名の竜人だと。

 お父様は竜人族のことを知っていたのか、その名を聞いて驚いていた。どうやらイヴァンソロディス様は竜人族を統べる存在である竜神であるらしい。竜人族の中でも魔力が強く、大体五百年生きる竜人族なのだが、竜神はその倍以上も生きるように寿命が長いことから神のようだと例えられて竜に神と書いて竜神と呼ぶのだという。

 竜人には角が二本あるのが普通だが、イヴァンソロディス様にはそれがなかった。どうやら過去の戦争で失ってしまったのだと歴史書に書かれていたらしい。角を失うなんて、竜人族としてのアイデンティティを失うようなものなのかな、なんて思ってしまった。


 アルキューテとの戦争は五百年以上前に起きている。あそこにイヴァンソロディス様だけが取り残されたのも、情報が分かった今では納得した。同族がいなくなってしまった以上、イヴァンソロディス様は独り。彼さえ良ければ、この城にでも住んでくれれば良いのだが、城に入ることすら嫌がったからきっとそれは無理だろう。


 そんなとき、一羽の鳩が執務室を訪れた。アルキューテの兵が雷に驚いて全軍が退いたらしい。それに続いてルキウス軍もウェノプスを離れ、両軍がその門を閉じたのを確認した。それから続いて数々の鳩がやってくる。領地に入り込んだ敵兵を捕まえたことや民の避難情報などをそれぞれが知らせた。

 どうやら大きな被害はどこもないらしい。騎士の中でも命を落としたのも過去の戦争に比べて最小限に抑えられているらしい。それでも犠牲はゼロではない。私は手を合わせて彼らに感謝とこれから行くであろう天の国がどうか幸せなものであることを願った。

 イヴァンソロディス様には足りないくらいの礼をしなければならない。


 だが、イヴァンソロディス様がそれから城を訪れることはなく、三年の月日が流れてしまった。

 この三年はそれはそれはとてつもなく忙しく騒がしかった。


 まずはおめでたいことにクロウド兄様が結婚しました!

 クロウド兄様は歳も近かった王立銀行の頭取と呼ばれるトップの座に就いている、ウィリー伯爵令嬢であるベル・ウィリーさんと結婚した。実はこのベルさん、昔に開かれたシュティル兄様とノア兄様の主催のお茶会に参加したときに城の中にいたクロウド兄様を偶然見つけて一目惚れしてしまったのだという。クロウド兄様が一つ上で学園に通っていたときもこっそりと見ていたんだとか。ストーカーじゃない。

 ベルさんは可愛らしくほんわかとした人なのだが、非常に頭の切れる人物で賢い。この人なら国の予算を任せても何の心配もないと思えるくらい。普段は低い位置で一つ結びをして黒縁メガネという姿なのだが綺麗な顔をしているので結婚式のときおめかししたベルさんを見たとき思わず釘づけになってしまった。可愛くてかっこよくて綺麗で頭も良いって最高にハイスペック。

 優しいお兄様が良い人と恵まれて心の底から嬉しかった。それに結婚して二年目であるこの年にどうやら初の子どもも誕生するらしい。私が二十三歳でおばさんになるのだ。男の子か女の子はまだ分からないけど、どっちにしろ美男美女の間に産まれる子なんだから可愛いに決まってる。きっと優しい子になるんだろうなと今から成長した姿を想像して泣きそう。お父様も初孫だととても喜んでいた。


 そしてシュティル兄様。お父様もまだ若く仕事ができるので王の座にいるが公務は半々でシュティル兄様も行っている。外に出る仕事も増えてきて、各地の貴族や他国の支配者からも次の王も安心だと言う声も多くて安心している。

 私の自慢のお兄様だからね。当然のことよ。少し短気なところはあるけど心根は優しい人だし面倒見が良いから子どもたちからも好かれている。でも、この前大市場に行ったとき、子どもたちと一緒になってヒーローごっこの中の怪獣役をしていたときはちょっと笑ってしまった。男の子っていくつになっても男の子なんだなって。

 シュティル兄様にはまだ大きく公開はされていないが家族と一部の人には結婚が知らされている。お相手は平民出身のケーキ屋を営んでいたルーナさん。

 どうやら平民の正妃というのは王族初らしい。だが、私たちは誰も反対しなかった。貴族も賛成意見が多い。ただ他の貴族や私たちが心配しているのは今までこういった貴族社会になれていない方が突然この社会に身を置いて心を病んでしまわないかの心配だ。煌びやかな社会だ。贅沢だってできる。でも、私たちは働いて手にする金で暮らしているわけではない。人々が働いてくれているおかげで暮らせているわけで、そんな人々の上に立ち導いていかなければならない。私が胸張って言えることじゃないけれど。それに、陰湿な世界だ。平民となれば当たりが強くなるかもしれない。そんなときは私が守るけど。男が入れない場所は私の出番だもの。

 それに余程のことがない限りシュティル兄様が王の座につくのは確定しているということはルーナさんが王妃になるということでもある。

 王妃は他の王子妃とは比べものにならないほどにその肩に乗せられる荷は重い。仕事も責任も何もかもが押し寄せてくる。今結婚を公にしていないのはルーナさんが社会に慣れるように王妃教育を受けているからだ。シュティル兄様も支えながら二人で頑張っているようで微笑ましい。


 そうそう、さっきケーキ屋と言ったけれど私の考えていたケルリス公爵家への支援は大成功。シェフも私が教えたレシピは革命だと言って弟子にもそれを伝授していった。それがたちまち各地に広がっていくと公爵家へ小麦の発注が止まらないと言った。

 土地の気候的に公爵家の領でないと小麦の生産が難しいため、今は逆に需要と供給が合わなくて忙しく仕事をしながら嬉しい悲鳴があがっていると言う。

 離れてしまった民も戻ってきて賑わいを取り戻しているようだった。

 シェフや公爵からもたくさんのお礼をもらって少し鼻が高かったり。思ったより作るのは難しくないためレシピさえ取得してしまえば誰でも作れてしまう小麦を使ったメニューたち。小麦粉にしてしまえばもう困るものは何もない。

 パンの種類も増えて麺料理もできてピザもケーキも食べれる。最高だ。逆になんで今までそれらがなかったのか分からないくらい皆その料理をお手の物にしていく。食卓がより良いものになってくれたのならこれ以上嬉しい話はない。


 話が逸れてしまったから戻そう。

 次はノア兄様。ノア兄様は一度だけルキウスに帰ってきた。あの日はとても驚いてしまった。もう二度と会えないと思っていたノア兄様が目の前にいて、私は大泣きしてしまった。その日城にいたのは下の三人しかいなかったのでノア兄様は二人のお兄様に会うことはできなかった。伝言だけを残してまたアルキューテに行ってしまったのだが、ノア兄様にも考えがあって離れてしまったことを知れた。


 ノア兄様は何百年も前から問題になっていた奴隷制度をどうにかしようと考えていたらしい。だが、ルキウスから何かしようにもどうにもならない。スラム街はそう簡単になくならないし、そもそも民の中に裏切ってる人もいるようでスラム街はこのままじゃアルキューテに奴隷を輸入するだけの街になってしまう。人権なんてないし、酷い話だと思った。

 それでノア兄様は問題の根源であるアルキューテに潜んで内々からその制度を壊そうと考えているのだという。公爵という地位までになったのである程度の発言権はある。だが急に奴隷制度をなくそうと言っても怪しまれるだけだし、そう簡単になくならないから地道になくなるように手を回しているらしい。あと数年には奴隷制度がなくなる見込みらしい。さすが、ノア兄様。ノア兄様は良くも悪くも人を騙すのが得意だ。人の懐に入るのだってお手の物。アルキューテもルキウスに敵対心がバチバチだが内情をよく知るわけでもない。よく王族であるお兄様を公爵なんかにしたなと思ったが、知らないのなら仕方ない。逆にラッキーだった。

 それなら、どうして私がルキウスの王女だと分かったんだろう。色んな所で会った兵も私だと分かっていた。謎だが、まあ今考えることではないだろう。


 ノア兄様は元よりこの国に帰る気はなかったらしい。家族にも内緒でその上敵対している国にいくなんて。裏切りも同然だと言っていた。だけれど私たちはそんなことはないと抗議した。ノア兄様は誰もしようとしなかったことを身を危険に晒してでもやってくれた。お父様も国の中で何とかしてくれていた。けれど奴隷制度に関してはどうすることもできない。そのどうすることもできなかったことをノア兄様はやってくれたのだ。


 私は仕事が終わったらいつでも国に戻ってきて欲しいと伝えた。ノア兄様はただ微笑んでお礼を言うだけだった。絶対に戻ってくると、そう約束はしてくれない。本当に戻る気はないのかもしれない。もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。

 でも、来たときよりも軽やかになっていたお兄様の表情と背中を見て私は微笑んだ。涙が流れてきたが、その背を追いかけて止めることはしない。お兄様の人生は、きっとお兄様がそれが最善だと判断して選択した道。もし何かあったときは家族として助ければ良い。

 どこかで繋がっている。お兄様もその首にまだネックレスをしていた。私たちの縁が切れたわけじゃないのだ。お兄様が離れていても幸せに生きてくれることを願って私はその背をお兄様と弟の三人で見送った。

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