第15話

 太陽が見えないから寝た回数で数えている。今は五回ここで寝たから少なくとも上を目指してから五日は経っている。眠っていた日数を合わせても十日は経ってそうだ。早く帰らなきゃ。


「今どの辺くらいでしょうか」

「半分も来ていない」

「ええ!?」

「でかい声を出すな。うるさい」

「イヴァンさんって聖人みたいに綺麗な顔してるのに口悪いですよね……」

「何か損することでも?」

「印象悪くなりますよ」

「別に気にはならぬ」


 私は相変わらずの対応にため息を吐く。

 イヴァンさんにはギルベート兄様とは違う面倒さがある。毒舌だけどギルベート兄様には愛がある。だから私もその口の悪さには目を瞑るし、反抗期の男の子を見ているようで微笑ましくなる。でもイヴァンさんは違う。愛も何もないし、全てどうでも良いと思ってるところがいけ好かない。全体的になんだかもったいない。この顔でもっと聖職者みたいな心の優しい人だったら、どこにも負けない宇宙最強のイケメンだったのに。性格に難ありだ。


 私はしばらく過ごしていてイヴァンソロディスという名前が長いので略してイヴァンさんと呼ばせてもらっていた。イヴァンさんも気にならないようだった。毎回イヴァンソロディスって言ってたら疲れちゃうからね。


 休憩スポットである広い岩場に着いたので私はイヴァンさんにお願いして火をつけてもらう。そこで昨日の残りの魚を焼いて食べた。イヴァンさんはその間別の仕事をしてくれている。


「じゃあ寝ますね。おやすみなさい」

「ああ」


 私はイヴァンさんが私が先程ご飯を食べている間に作ってくれた、このもこもこの布団に入って寝る。魔法でいつでもお城と同じような最高級の布団を出せるのだ。私も魔法使いたい。

 イヴァンさんは横になって休むだけで眠らない。眠る必要がないらしい。必要がなくても眠れば良いのにと言ったのだが、そういう話でもないらしい。

 離れた場所で二人で横になる。今日もずっと歩き続けたからヘトヘトだ。またイヴァンさんが起こしてくれるまでぐっすり寝よう。


 私は、目を開ける。でもこれがすぐに夢だと気づいた。証拠はないけど、景色が変わらない地の底にい続けたからか、こんな場所は知らないと頭が教えていた。

 急に眩しくなり光が視界を奪ったかと思ったら、目の前に見たことのある景色が広がる。ごつごつとした岩場に少ない緑。ウェノプス山脈だ。どうしてこんな場所の夢を見ているんだろうか。

 そう考えていると、不意に目の前に人の姿を見つけた。その人たちに見覚えがある。一人はよく見る顔、もう一人は長らく見ていなかった懐かしい顔が。シュティル兄様とノア兄様だ。

 シュティル兄様は馬に乗って騎士服を着ている。ノア兄様は黒い豪華な服に馬を連れて立っていた。ノア兄様は顔つきが凛々しくなって、癒しオーラが放たれていた過去とは違って威厳が感じられた。別人みたい。ちゃんと生きていたんだ、良かった。

 二人は対峙していたかと思うと突然、シュティル兄様が大声を上げた。それにノア兄様は気まずそうに視線を逸らした。その瞬間にシュティル兄様はノア兄様の右頬を殴る。ノア兄様は右頬を押えて俯く。地面に血が垂れる。


「やめて!」


 そう叫んだのに二人には私の姿すら見えていないのか、シュティル兄様がそのままノア兄様の胸ぐらを掴んだ。そのとき、ノア兄様の握りしめていた左手からある物が落ちる。

 それは、私が三歳の誕生日のときもらったネックレスで。


 私ははっとして自分の首を触る。ない。ネックレスがない。なんで今まで気づかなかったんだろう。長いことつけすぎて落ちたことすら気づかなかったのだろうか。なんて鈍感なんだ。追いかけられていたときかな。転がったときに取れてしまったのかもしれない。ノア兄様が拾ってくれたのだろうか。

 だが、私がそんなことを考えている間にも二人は言い合いを続けていて、そのネックレスがシュティル兄様をより怒らせてしまった。シュティル兄様はそのネックレスを拾って強く握りしめる。そんな強く握ったら壊れちゃうよ。


 そのときのシュティル兄様の声がすっと耳に入り込む。


「ルキウスにいた身で法律を知らないとは言わせぬ。ルキウスはアルキューテに宣戦布告する」


 私は心臓すらも止まったかのように無音の場に放り込まれた。宣戦布告するということは戦争が始まってしまうの?

 私も法律を何も知らないわけではない。アルキューテとの間に結んだ条約にあることでもある。

 ルキウス王国の王族を攫った場合は武力行使をしてアルキューテに攻めることを許可する、と。

 姫が攫われたとなれば直ちに国は動くだろう。ルキウスには過去に何度も姫が攫われては姫も奪われ国の何かが不利になっていくのだから。


 心臓がドクドクと苦しいほどに脈打つ。どうしよう。私のせいで、関係のない民が犠牲になってしまう。誰かが、命を落としてしまうかもしれない。


「そんなの、絶対に許せない」


 私は目を覚ました。右を向くと岩に座っていたイヴァンさんがこちらを見ていた。起き上がるといつの間にかおでこに乗っていた冷たい氷水が入った袋が落ちる。


「うなされて汗をかいていた。熱が出たのかと思って氷嚢ひょうのうを置いた。気分は大丈夫か」


 心配しているように言うが顔は全く変わらない。イヴァンさんの表情筋って生きているのかな。

 でも、心配してくれているのはきっと本当だろう。じゃないとこんなこときっとしてくれないから。私はちょっと頬が緩んでしまう。が、今はそんなことしてる場合じゃない。もしあの夢が正夢なら今頃戦争が始まってしまう直前だろう。

 止めなくちゃ。私はちゃんとここにいるよって。叱られても良い。ちゃんと怒られるから、どうか民が犠牲になる前に。


「どうした」

「夢を見たんです。お兄様が、アルキューテに宣戦布告する、と言っていて」


 私が夢の内容を話すとイヴァンさんは否定せず、上を見上げて目を閉じる。何かを考えているように。


「夢だから気にするな、とは言えないな。宣戦布告するのは法律で許可されているはずだ。夢の内容が全て合っていなくとも、貴様が攫われて帰ってきていないのも事実。ルキウスは間違ったことはしておらぬ」


 私は唇を噛んで布団を握りしめる。全部私のせいだ。早く帰ってれば良かった。そもそも外に出なきゃ良かった。それに、ネックレスを落とさなきゃあんなことにはならなかったかもしれない。シュティル兄様がノア兄様の言葉を聞いてくれたかもしれない。

 私のせいで。


「思い詰めるな。確かに貴様が悪い。だがここで悔しがったってどうにもならんだろう。疲れてはいないか」


 イヴァンさんはそれだけを尋ねる。それには、まだ歩けるかと聞かれている気がした。

 疲れなんて感じない。早く、少しでも早く帰らなきゃ。


「行けます。お願いします」

「面倒だな」


 イヴァンさんはそう言ったが少し口角を上げて立ち上がる。魔法で出した物を全て消してまた階段を上っていく。


「走ってもすぐ疲れて動けなくなる。歩いて少しでも早く地上に出るべきだろう」


 そして私たちは休憩スポットに辿り着いてもほんの少し座って休むだけで長い休息は取らなかった。予定よりも早く上に上がってこれている。

 それでも長い時間は要している。もう、戦争は始まってしまっているかもしれない。


「……やはり一度でも寝ろ。そんな足で歩かれて底に落ちる方が困る」

「大丈夫です。まだ、歩けますから」

「寝ろ」


 命令するようにイヴァンさんは言う。

 確かに私の体はもう限界を迎えていた。足に力は入らない。産まれたての子鹿のように小刻みに震える。視界もぐらぐらと揺らいで壁に手を添えていないと歩けない。度々とてつもない睡魔が襲うが何度も抗ってきた。早く、早く地上に出ないといけないという一心で頑張ってきた。

 こんなところで休むわけには。


 私が頑なに首を横に振り続けていると頭上から大きな舌打ちが聞こえた。怒られるのを覚悟していると私の体がふわっと持ち上げられた。


「寝ていろ。我が歩いている」

「そ、それくらいなら寝ます。下ろしてください」

「うるさい女だな。我が良いと言っている」


 そのままイヴァンさんはそのまま私を横抱きにして歩き続けた。初めは肩に担ぐようにしていたのだが頭に血が上ってきたのでおぶってくれとお願いしたらこうなった。本当に、申し訳ない。

 イヴァンさんの歩く、テンポの良いリズムが心地よくて。私は知らぬ間に深い眠りについてしまった。


 ◇◆◇◆◇◆


 転生者だと言ったから、あいつらのようにどうしようもない人間だと思っていた。この世界で王族として産まれて色んな人に恩があるのかもしれない。だが、この女にとっては関係ない話だろう。


 我はこの長い命の中で転生者というものを何人も見てきた。色々な世界から来た者。それぞれに共通しているのは傲慢さ。

 異世界からやってくるものは大概おかしなやつだ。異世界というものに期待を持ち、自分も物語の主人公であって、たくさんの人間からちやほやされるのだと言ってる者が多数。直接関わったのは聖女くらいだから他の転生者は聖女から話を聞くくらいだったが、どれも醜い人間だと思った。人間なんてただでさえ醜いというのに。


 転生者は前世の記憶を持っているということで、この国が持つ技術よりも遥かに進んだ技術を知っていた。それを伝えより発展させていく。彼らへ国が支援するのは当たり前だ。それが転生者でなくても国を良くした者に褒美を与えるのは当然の摂理。

 それに酔い、贅沢三昧。良い気になって散財し。だが国が危険にさらされたとき、大半の人間は逃げ出す。自分は関係ない。自分は知らない。そんなことをほざいて。


 聖女も転生者も気に障る人間ばかり。鬱陶しかった。

 だからこの女もそうだと思った。王族だから他の者とは少し異なるかもしれない。だが、前に言っていたようにこの女は本当に前世の記憶を持つだけだった。それを使ってどうにかしようとかも考えていなさそうだ。セレーア・ルキウスとして生きる。その言葉はどうやら嘘ではなさそうだ。

 実際ずっと寝ずにその目の下に青いものができても、足がふらついても知らないふりをして歩き続けていた。そんな姿を見ただけで我の心が動かされたのだろうか。人間如きに笑える話だが。


 今腕の中ですやすやと寝ている姿はまるで赤子のようだ。少し前まで険しい顔をして歩くと言っていたのに。すぐに寝たということは余程眠かったのかもしれない。無理せず休めば良かったのに。それに何も食っていないだろう。よく、ここまで本気になれるものだ。

 先程自分で民に好かれていると言っていたのを思い出す。なんだかそれも少しわかる気がした。人懐っこい性格をしている。ただの阿呆というわけでもなさそうだ。やはり王族の血が入っているからか時々見せる顔は卑しいあの顔そっくりだ。


 夢の話を聞いたときはあながち間違ってはいないと判断した。法律で許可されているし、もし姫を人質にとられてまた何か不利な条件を出されたら国も危うい。何としてでも姫を取り返して何もなかった状態に戻さねばならない。だからルキウスはアルキューテに宣戦布告する。恐らく本当に今現在起きている話だと思う。

 耳を澄ましてみると地が荒れている音が聞こえる。馬の歩く音だろう。いつもはこんなに音が響かない。もうすぐ、戦争が始まる。我は別に争って全員が死のうが関係ないが、この女がうるさいから仕方ない。


 我はこの世界で唯一魔法を使える種族である竜人族の者だ。竜人族の特徴はこの暗い色の髪に尖った耳と二本の角だ。

 我には角がない。前まであったのだが、昔の戦争に巻き込まれて失った。多分、これのおかげでこの女も我のことを竜人だと思っていないのだろう。

 竜人族は戦争のときアルキューテ王国に利用された。その中でなんとか支配を逃れていた数名が当時のルキウスの王によってこの地の底に連れてこられた。

 この地底は我が戦争のときに両者の激しいぶつかり合いを防ぐために落とした雷が作り出した裂け目。皆も我が作ったものなら大丈夫だと言って次々に落ちてくる。全員がこの中に入ったとき。王は結界を作り出して我らから魔力を奪った。それで数多くの者が死に絶えた。セレーアには数えていないとはいった。本当に数えてはいないが、もう一人になってから百年は経っているはずだ。我は特別だった。他の者よりも魔力が強い。だからこそ長く生き残ってしまった。


 我の名はイヴァンソロディス・ルウィーテ。竜人族を統べる竜神である。

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