第14話

 何を答えれば良いのだろう。今の身分はルキウスの第一王女だ。だけど、それはもう既に明かしているはず。この人は、私に何と言って欲しいのだろう。何を知りたがっているのだろう。


「答えたからといって殺しはしない。本当はどこから来た」

「どこからって、ルキウス王国ですよ」


 ぶるぶるに震えた声で答えるこれじゃ誤魔化してる感満載じゃないか。まさか、私が転生者だということが分かったのだろうか。


「質問が悪かったな、単刀直入に聞こう。お前は転生者だな」


 私は目を見開いた。やっぱりバレてた。いや、バレてたからといって何か私に非があるわけでも……もしかしたらあるのかもしれないけど。隠してたわけじゃないから、今の私の感情はマジックを見て驚いているのと同じ感じ。

 なんで、分かったんだろう。


「……確かに異世界で生きてた頃の記憶があります。けれど、私はセレーア・ルキウスとして生きていこうととうの昔に決めましたわ。だから──」

「貴様から聖力を感じた」


 彼が言うに私から聖力を感じた上に体で魔力がどんどん巡っているのを感じるのだとか。本来こんなことは結界で封じられているからありえないらしい。ただ、結界を破ることができるのが聖女ただ一人で、私がその聖女であればそれが可能だという。

 だけど私はちゃんとルキウスの王であるお父様と女王であるお母様のお腹から産まれた。拾ってなければ。でも少なくともこの世界の人間であることは確かだ。召喚された覚えもない。


「とりあえず腹が空いただろう。戻るぞ」


 結局私は一匹も捕れず。彼が捕ってくれた数匹の魚を空中に浮く大きな水の泡で包み込む。もう自由に魔法が使えるらしい。


 彼は魔法で火をつけ、魚を焼いていく。私の空っぽのお腹が匂いを嗅ぎつけてぐうぐう腹の音を鳴らす。


「もう少しお淑やかにできぬか」

「ご、ごめんなさい」

「何か変だと思ったのだ。王族にしては特有のプライドも何も感じられないからな」


 何気ない言葉が私の心を貫く。

 確かに、私はお兄様たちと比べたら王族らしさには欠けると思う。言動といい、立ち振る舞いといい。私は城から出ることも少なかったから、普段から王族らしくしなさいと言われることもなかったのも原因だと思う。城で安全に生きていてさえすれば何も言われなかった。私は、悪くないもん……。


「だが、転生者であればその地位は喜ばしいのではないのか? 贅沢三昧だろう。遊び放題で」

「あ、遊んだりなんてしないわよ! 私は、あの生活がずっと続けば良いなって思うの。それが私の願い。皆が幸せに暮らしている世界。戦争もない平和な世界が」

「貴様は変わっている」


 呆れたように言いながら彼はできあがった魚を一匹私に渡した。湯気が上がり少ししょっぱい匂いが鼻を通り抜けていく。一口頬張るとふっくらとした身と優しい味が口に広がる。味はホッケに似てるかな。美味しい。久しぶりの食事だから何匹でも食べれそうだ。


「我が見てきた聖女は皆、傲慢だった。王族から甘やかされ、民から慕われ。そして我らに力を与えられる。国でトップとも言えるような扱いにほとんどの人間がその地位に酔いしれて傲慢になる。だが、我らは彼女なしに生きれない。屈辱的だった。貴様のように魚を丸々かぶりつくような女はいなかった」


 冷たい視線を向けられて私は頬張るのを止めてお淑やかに咀嚼する。もうお淑やかになるには遅いだろうが。私だって、一応王族として二十年生きてたんだから少しの礼儀くらいあるわよ。ただ、久しぶりにご飯食べたから夢中になってただけだから。いつもはもう少し落ち着いて食べてますからね。


「我とある取引をして欲しい」


 真剣な声で言われて私は瞬きをしながら彼を見た。


「……私は良いんですけど、出ても何かされませんか? その、殺されるとか」

「知らぬ。だが、そうする者は先に我が殺す」

「それは、ものすごく物騒ですね」


 また表情を変えずに恐ろしいことを言うので私はつい笑ってしまった。だが、この人なら冗談なんなしゃなくて本当にやりそうだから怖いな。

 取引とは思ってたより簡単なものだった。私が彼に魔力を供給する代わりに彼が私を地上に戻す。これだけだった。


 私がここに来てから何日くらい経ってるんだろう。お兄様たち、きっと心配してるだろうな。だって重度のシスコンだもの。

 テオの所にも連絡が行ってしまったかもしれない。実習期間なのに、実習先の公爵家にも迷惑かけていないか心配だわ。


「急に上がるのは体に危険がある。ゆっくり上がっていく形になるが、それでも良いか」

「はい。一生ここに残るよりも全然マシです」

「では食料をある程度確保してから上がるぞ。この岩場では食料もまともにないからな」

「そうですね。私は魚を何匹か捕まえておきます」


 私は少し休んでから、彼が魔法で作った岩のカゴを持ってまた池の方に向かった。岩で作ったのに藁で作ったカゴのように軽い。魔法って便利だ。


 私は一匹ずつ、時間はかかったがちゃんと捕まえて七匹捕まえることができた。休みながらやっていたから彼をもう長いこと待たせてしまっている。早く戻らないと。

 でも、何日かかるのか分からないから捕れるだけ捕った方が良いのかなとから思い始めると帰れなくなるのだ。


「こんなもんでいいかな」


 水が入った岩のカゴには魚が十匹。十日以上かかっても二日に一匹とかのペースなら餓死しないだろう。帰ったらシェフにいっぱいご飯作ってもらわなきゃ。ああ、家のご飯が恋しい。

 やっぱり中に物が入っていると重くなる。私はゆっくりと彼の待つ場所に戻った。頑張ったのに、帰ってきたら私は叱られてしまった。


「呼べば我が運んだというのに。阿呆が」

「そんなに阿呆阿呆言わないでください……」

「まあ良い。魚はこれで十分か」


 私は頷くと彼はカゴの中の物を小さくしていく。こう、水ごと手のひらサイズになってしまったのだ。魚もちっちゃくなってる。こんなんじゃお腹いっぱいにならないわよ。せっかく片腕分くらいある大きな魚たちだったのに。


「食べるときにでかくするから心配するな。では行くか」


 彼は岩の壁に沿って岩の階段を作り出した。何段あるか数えたくないほどにはあるだろう。なだらかな角度の階段はこの両方の壁を行き来するようにしてできているらしい。途中途中に休憩スポットがあるというのでそこまでの辛抱だ。

 私は着ていたジャンパースカートにポケットがついていたのでその中に魚の入った小さな水の塊を入れる。不思議なことにスカートは濡れない。彼は手に魔法で光を放つランタンだけを持っている。岩の家の中にあった魔法石は持っていかなくて良いのだろうか。


「魔法石は持っていかぬ」


 私の心を読めるのか彼は私の前を進みながら言う。


「でも魔法石って希少な上、あなたの食料なんでしょう?」

「我の食料は細かく言えば魔力だ。魔力を活力として生きている。それが制限されているから魔法石を食うしか生きる術がなかった」

「今は私がいるから良いと」

「そういうことだ」


 そこで会話は途切れた。私が色々話しかけてもああ、とかそうか、とかそんなのばかり。ただ薄暗い階段を上るだけ。終わりはまだ見えない。


「そういえばよく我らって言いますけど、昔はいっぱいいたんですか?」

「……昔はな。だが多くの者が耐えれずすぐに死んだ。そして生き残った数名もだんだんと食料も心細くなっていき、我だけが残った」

「今魔法石が希少なら、昔はたくさんあったんじゃないんですか?」

「いや、今の方がある」

「そ、そうなんですか」

「魔法石は、我らの同胞が死んでできる塊だからな」


 私は息を呑んでしまった。魔法石は天然物じゃなかったのか。え、ということはこの人は昔は一緒に過ごしていた人の残骸を食料にしてるってことで合ってるのかな。共食いってこと……?


「我らはこの世界でも唯一魔法を自らの力で使うことができる種族。だから死も魔力がゼロになったら訪れるのだ。そして死んだときにその者が持っていた魔力の強さが結晶化して遺る。それが魔法石。我らはそれを食べ、生きてきた」

「何年くらい前に一人になってしまったの?」

「さあ、数えていないから知らないな」


 彼は人間の日付の数え方が面倒だから数えるのを昔にやめたらしい。でも、もう魔法石が片手で数えられるくらいしかなかったということは結構昔のことなんだろうなって感じた。寂しくなかったのかな。こんな人気の感じない暗いところで一人ぼっちなんて。


「我は一人の方が良いから早く死んでくれれば良いと願ってた。そしたら貴様が降ってきた。見捨てれば良かったな」

「そ、そんなこと言わないで。私がいなかったらあなたいつか死んでたんだからね。それに、あなたの仲間のこと悪く言わないであげて」

「仲間だと思ったことはない」

「でもあなたはその人たちのおかげで生きているのでしょう。感謝して」

「別に我も死んでも良かった」


 何を言っても冷たく突き放す彼。私には別に会って間もないから別に良いんだけど、少しでも長く過ごしていた彼らを悪く言うのは、なんだか心が痛かった。私なんて全然部外者だからそんなこと思う必要ないって思われるかもだけど。


「性格がひん曲がってるのね。可哀想に」

「王族のくせにお花畑頭の女に言われたくはない」

「あら、これでも私民には慕われている方よ。感謝して感謝されて。気分は悪くないでしょ?」


 彼は鼻で笑うとまた何も言わなくなってしまった。

 そういえば私は名前を教えたのにこの人の名前を私は知らない。どうにかして教えてくれないものか。


「ねえ、あなたの名前って」

「……イヴァンソロディス」


 こんなんじゃまた教えてくれないだろうと思っていたのに私の言葉に被せるようにして教えてくれる。その長い名前を。


「それが、名前?」

「ああ。何度も聞かれるのは好きじゃない」

「そうだったのね。でも、教えてくれてありがとう」


 イヴァンソロディスは私の方をちらりと見てバツが悪そうに視線を逸らして息を吐き捨てる。

 ちょっとだけ、彼との距離が縮まった気がした。

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