第13話
私の面倒を見てくれていたという男の人。夜空のような色の髪は膝辺りまで伸びていて私より長い綺麗でまっすぐな髪。すっと鋭い目は黒色で妖艶な美しさがある。真っ白で陶器のような肌で少し中性的だが骨ばっている手やその声の低さは中性的なんて言葉は似つかない。古代ギリシアの人みたいな服を着ていて、神話の中の神様みたいな風貌だ。
彼は少し威圧的だ。私の名を教えても貴様と呼ぶし、王様というに相応しい。こっちの方が王族なのだけれど。
随分と長い間一緒に過ごしているが彼のことは何も知らない。男の人ということと、少し特別な力を持っていることくらい。その力についても詳しく話してくれないから、魔法みたいなのが使えるという認識でしかない。
こんないけ好かない人、たとえイケメンだったとしても一緒にいたくはないが今はこの人に頼るしかない。この人がいなくなったら、私は一生この地の底で誰にも知られず死んでいく運命を辿ることとなる。そんなのは嫌だわ。
にしても、ムカつくほどに美形ね。この人には美しいという言葉が世界で一番似合いそう。
「じろじろと見るな」
低いその声で咎められて私は少しびっくりしてしまい、苦笑いを零す。何百年も生きてると言っていたけど、こう過ごしてみるとお兄様と何ら変わりない。容姿も二十代後半に見えるし、長身の体に程よくついた筋肉。綺麗な体してるわ。
さすがファンタジー異世界。期待を裏切らない。
「あの、私っていつ頃出れるんですか?」
「知らぬ」
「し、知らぬって、出してくれるって言ったじゃないですか」
「我でさえここから出れないのだぞ。地上までどれほどあると思っている。阿呆か」
「そこまで言わなくても……」
私は諦めて近くの岩の上に座る。
この男性は石を積上げてできた家、と呼べるのか分からない空間に住んでいた。よく崩れず保っていたものだ。まあまあな広さがあるが、そこにあるのはキラキラと光る石だけ。どうやらそれが彼の食料だという。石食べるイケメンとは。誰に需要があるのだろう。
「魔法みたいなやつ使えるでしょう? それを使ってちょいっと私を地上に上げてくださいな」
「簡単に言うな。我は魔法を自由に使えないのだから」
「あの石は?」
「生きていられる量だ。強い魔法を使うなど、たたでさえ希少な魔法石が無駄だ」
私は彼の話を聞きながら息を吐き出す。威厳があって強そうな人だけれど、意気地なしというか。言ったら怒られそうだから黙っておこう。何か秘密がある気がするし、深く根掘り葉掘り聞くのはまだだめだ。
考えてみたけど、どうやってもここから地上に戻る方法が思いつかない。地道にロッククライミングみたいに上がっていっても最後まで体力が続かなそうだ。
一直線になっている岩。どこかで休む場所もない。
そういえばここから見て奥の方にも洞窟のように続いているのが見えるが、あそこには何があるのだろう。もしかしたら出口があるかもしれない。
「あっちはどこに行くんですか?」
「ああ、池がある」
「い、池?」
「そういえば貴様は長いこと何も腹に入れてないだろう」
そう問われるとタイミング良く私のお腹が大きく鳴る。恥ずかしさで岩の後ろに隠れる。地響きのような音、絶対聞こえてた。離れても聞こえるやつ。
こっそりと岩から彼を見てみると、呆れてたような顔をしながら手を顔に置いていた。
「着いてこい」
彼はそう言って振り返るとそのまま奥の方へ歩いていってしまった。私は慌てて立ち上がり走ってその背を追いかける。
洞窟のようになっているからバラバラの足音が響く。遠くの方からは水が流れる音がする。
「我は魔法を使うことを封じられている」
「え? でも、さっき使ってましたよね」
「魔法石があれば、な。魔法を使える者には魔力というものが体内にある。だが、この地には結界があるのだ。結界内に入れば魔力の使用を封じられる
「じゃあ魔法石を使わなきゃいいんじゃないですか?」
「魔法石を食わなければ我は死ぬ」
打つ手なしか、と私は項垂れる。
私を地上に戻すには強い魔法を使う必要がある。だけど彼にはそんな魔法を使うことを封じられている。魔法石を食べれば魔法が使えるけどたくさん食べなきゃだし、魔法石は希少でなくなったら彼は死んでしまう。うん、詰みでは。
「魔法石を食べる以外に方法はないんですか」
「今はないな」
今は、と言うことは昔はあったということだ。それはなんだろう。私にもできることだろうか。ここでもできることだろうか。
そう浮き上がってきた疑問が顔に出ていたのだろうか。私が質問しようとすると彼がその冷たくて白い人差し指を私の口を塞いだ。心做しか嫌そうな顔をしている。
「またうるさく聞かれるのが面倒だから教えてやる。ルキウスでは百年に一度異世界から聖女というものを召喚する。昔、ルキウスと交友関係にあった我らとの結びつきとして行っていた。聖女はこちらの世界の人間が持たない聖力で我らに魔力を供給していた。他にも役目はあったが、我らに関わったのはこれくらいだろう」
「異世界から、聖女」
なんか前世でそういう小説を飽きるほど読んだな、と思い出す。あのときの流行りだったのだろう。本屋さんの女性向けラノベコーナーにはそういう本が多かった。異世界転生・転移系とか日常では絶対にありえないストーリーが新鮮で面白くて私は好きだったなぁ。
「だが、戦争が始まって我らがこの地に封じられた頃から聖女の召喚はなくなった。魔法を使う者が地上からいなくなったからな。ルキウスはここを逃げ場と言ったが、実際には死を待つだけの場所だ」
彼は表情を変えずにそう言うけどその声には怒りや憎しみなどの負の感情を含んでいた。その戦争が起こったとき、この世界で何があったんだろう。
私はそれから質問を控えるようにした。彼にとっては思い出したくないことかもしれない。何も知らない私が傷を深くさせるのは、酷い話だ。
しばらく歩くと水の音も近くなって目の前に綺麗な青の池が広がった。私の身長程度の池だと思っていたから思ったより何倍も大きくてびっくりしてしまった。
「ここに魚がいる。食べれるはずだ」
「こんな所にも魚っているんですね」
さすが異世界。それにこの魚はどこから来てるんだろう。本当に食べても良い魚ですか。毒があって食べさせて毒殺するとかそんな話じゃないですよね。
私が疑わしくなってこっそりと男性の方を見ると長い髪を高い位置でお団子にしていた。こう見ると古代ギリシアの人よりも古代中国の人みたい。私がちょっと笑いそうになっていると彼はそのまま池の中に入っていった。
「な、何してるんですか!?」
「何とは、魚を食うんだろう。捕まえずにどう食べるというのか」
まさかの手掴みでしたか。熊になれってことですね。それを王族である私にやれと。でもまあ働かざる者食うべからずとか言うし、私も半分王族で半分庶民みたいなものだから良いか。
意を決して水の中に入る。冷たい。ものすごく。でも、気持ち良い。足しか入れてないのに体全部が洗われた気がして、なんだかわくわくしてきた。
透明な水の中を見てみると確かに泳いでいる何かを発見する。キラキラと輝いている鱗が、食欲をそそる。見た目で魚の種類を当てようかと思ったけど、魚なんてパッと見どれも同じだったことを思い出して諦める。素人には全部同じ魚に見えるのよ。
彼は意外にもパワフルでプロ並みに魚を捕まえていく。しなやかな腕の筋肉が綺麗で、私は魚を捕まえることを忘れて見入ってしまう。私は、筋肉が好きなのだ。筋肉は世界を救えるわ。
「お前の食い物だろう。早く捕れ」
「あ、は、はい!」
私は気を取り直して魚を捕まえようと一歩踏み出した。が、そこの岩がつるつるとしていて私は足を滑らせて後ろ向きに倒れていく。この池はそこまで深くない。最悪、倒れて頭を打ったりでもしたら。
そんなことを考えている間にも視界はどんどん上の方に向いていく。ここで死ぬなんて。恥ずかしい話ね……。
そう、私が目を閉じて死を覚悟した。だが、私の上半身は水に濡れた感覚がない。どういうことかと私は目をうっすらと開けると目の前には無駄に顔が整った彫刻作品のような男性がそこにいた。その逞しい腕で支えられて私はなんとか倒れずに済んでいた。なんて悠長に解説している場合ではない。なんだこのご褒美イベントは。顔の良くて程良い筋肉を持つ男がこんな近くにいるなんて。今なら死んでもいい。神様ありがとう。
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
私は苦笑しながらもお礼を言う。この人のことだからパッと体を離してくれるかと思ったが硬直したように動かない。私は不思議に思って呼びかけてみるも返事はない。顔は俯かれ、ちゃんと見えない。
も、もしかして私重かった!? それなら、はやくどかないと。本当にごめんなさい。前世よりも遥かに軽いはずなんですけどね、はは。
「貴様、何者だ」
今まで聞いた声よりうんと低い声で聞かれて私は心臓ごと掴まれた気がした。
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