第7話

 この世界にも四季があった。春が来て夏が来て秋が来て冬が来る。そしてある秋の日にクロウド兄様とシュティル兄様とノア兄様は進級。ギルベート兄様が学園に入学した。

 学園では夏と冬に寮で暮らす生徒も家に帰ることが許可される長期休みがある。今は冬の年越し休み期間で久しぶりに家族でゆっくりと過ごす日々。


 私はお父様やお母様や母上と楽しそうに話すお兄様の邪魔をしないようにとテオと一緒に雪遊びをしていた。西庭園に積もった雪を毛糸で編まれた手袋をつけた手で触る。ひんやりとした冷たさが伝わって最初はあまり触れなかったが、だんだんそれにも慣れてテオと一緒に雪だるまを作ったりうさぎを作る。

 テオには雪だるまを作ろうと言ったら頭にはてなを浮かばれてしまったのだけれど、この世界に雪だるまはいないのかしら。


 そろそろ寒くなってきてテオがくしゃみをしてしまったので城に戻ることにした。城の扉の前で私は手袋を片方置いたままだったのを思い出した。目にゴミが入って手袋をつけたままでは触れなかったので取ってしまったのだ。テオをとりあえず城の中に入れて私は走って庭園に戻る。早く見つけて、早く帰ろう。寒くて風邪をひいちゃいそう。


「あれ、ここに置いたはずなんだけどな……」


 手袋はなかなか見つからなくて私はあちこちを探していく。どこにもない。雪を掘り返してみたりしたがそれでもない。焦ってきて、手袋をしていない方の手でも漁ってしまうので、私はそのときすっかり手が赤く痛んできているのに気づいていなかった。

 鼻水がかっこ悪いことに垂れながらも私は庭園を歩いて回る。

 そんなときだった。どこからか走って近づく足音がする。振り返ったところにいたのは息を切らしたギルベート兄様だった。その手には私の左手につけた手袋と全く同じデザインの手袋が握られている。


「はぁ……はぁ……。やっと見つけた、どこほっつき歩いてんだか」


 そう言うなりお兄様はぶっきらぼうにその手袋が握られた右手を私に向かって差し出す。手をそのまま開いて落ちていく手袋を雪につく寸前のところでキャッチをする。

 落とすなら落とすって言って欲しかった。

 息を整えたお兄様は手に息を吹きかけたりさすったりする。その鼻は真っ赤だ。一枚羽織っただけで着たのだろうか。手袋も帽子も何も着けてない。


「テオが忘れ物に気づいて持ってたんだと。お前が手袋取りに行ったって察した後に泣き喚いてて、状況聞くのが大変だった」

「テオが……。悪いことしちゃった、後で謝らなきゃ」

「そうしてやれ」


 お兄様はそれだけ言うと手をさすりながら城の方に戻っていく。私は慌ててその背中を追いかける。

 相変わらずお兄様は毒舌だ。その上天邪鬼でわがままだし。それでも、どこか憎めない性格をしている。こういうところで一番最初に行動してくれるのはギルベート兄様だ。それがなんか、良い。ギャップ萌えってやつかもしれない。


「お兄様、来てくれてありがとう」

「うるせぇ。兄さんたちがうるさかったから黙らせるために来ただけだ」

「お兄様はもうちょっと素直になった方が良いんじゃない?」

「俺より年下のチビに言われる筋合いはない」

「年齢も身長も大して変わらないわ」


 お兄様は癪に障ったのか舌打ちをする。でも私は別にイライラしなかった。お兄様は今私を置いて走っていくことだってできる。それでも私の歩幅に合わせて歩いてくれている。

 本当に、素直になった方が人生得すると思うんだけどなぁ。

 久しぶりに感じたお兄様の優しさが寒くなった体をじんわりとほぐしていった。


 その翌日。私は見事に風邪をひいてしまった。

 移しては大変だと見舞いは禁止される。ティナと数人のメイドと医者のみが私の部屋に入れた。

 ただの風邪だったので五日もしない内に良くなるといった診断になったらしい。薬を出されたのでそれを飲んで良くなるのを待つだけ。

 ご飯はいつもお粥のようなものだ。たまに具材が卵だったり鮭だったりと変わるが、毎食べちゃべちゃしたお米を食べるのは、食への楽しみを失わせてしょんぼりとしてしまう。私自身、あまりお粥がすきではないのだ。でも、ガッツリとしたものが食べれないので、仕方ない。時々部屋に入り込む美味しそうな匂いを嗅ぐ度に虚しくなる。


「熱は……うん、だいぶ引きましたね。良かったです」


 ティナが額のタオルを取り換えながら嬉しそうに言う。表情は一切変わっていないが。


「仕事を増やさせてごめんなさい。反省してるわ」

「これが仕事ですから。たくさん頼ってください」

「お兄様やテオは元気?」

「ええ。風邪をひいてるのはセレーア様だけです。皆様元気でいらっしゃいますよ」


 その言葉を聞いて安心した。特にギルベート兄様は私よりも薄着で外に出ていたから風邪をひいていないか心配だったのだ。

 ティナ曰く、風邪をひき始めたばかりの頃は皆が心配して部屋の前まで来てはティナが帰らせたらしい。お兄様たちは皆心配性で困ってしまう。最近テオもそんなお兄様たちの思いを引き継いだのかその傾向が見られて嬉しいけど、不安だ。節度というものを守って欲しい。

 これで将来恋人ができる、といった場面で「妹の方が大事」だなんて言う男に育ってしまったら全責任取って腹を切ろう。そうしよう。そんな男にならないように私は何か対策をしなければならない。


 私は密かに兄(弟)の妹離れ計画を立てた。

 計画は大きく分けて二つ。

 一つ。関わりを減らす。興味をなくしたと思われれば良いことにする。嫌われたと思われない程度に。

 二つ。妹はもう一人で大丈夫だと思わせる。そのためには、あの言い訳を使おう。


 風邪が完治して私が自由に行動できるようになったと同時に私は生まれ変わった。今までお兄様を見かけたら抱きつきに行っていたがそれもしなくなった。テオは、可哀想だが他のお兄様と遊ぶことを提案して遊ぶことを減らす。書庫で本を読んだり勉強したり。


 そうして数日過ごしていたらある日お父様に呼び出された。

 お父様は私がこんなに成長しているのに時が止まっているように老けない。二十歳と言っても信じれる。イケメンだ。


「喧嘩でもしたのか?」


 部屋に入るなり最初にそう言われた。私は首を傾げる。もしかして、私が必要以上にお兄様たちに関わりに行かないから喧嘩したと思っているのだろうか。

 私は首を横に振って否定する。決してそういうわけではない。お兄様たちのために計画を遂行しているだけなのだ。


「では、なぜ避けている」


 怒る、というより心配しているような声でお父様は問う。私は待ってましたと言わんばかりに笑った。


「実は、好きな男の子ができて、その方に思いを馳せるのに夢中で、お兄様とは──」


 私がそう嘘を並べているとどん、と背後で大きな音が聞こえた。私はその光景に目を丸くさせてしまう。

 盗み聞きしていたのだろうか。お兄様とテオが扉を開けてドミノ倒しのように全員が倒れ込んでいた。


「セレーア、す、好きな男とは……一体誰だ」


 呻くような声を立ち上がりながらシュティル兄様が言う。ギルベート兄様は冷めたような顔を向け、ノア兄様は何を思っているのか微笑ましそうに見つめる。クロウド兄様は何を思っているのか立ち上がらず床に顔をつけたまま動かない。テオは隅っこでぶつぶつと呪いを呟くように何かを言っている。

 反応がそれぞれ異なって面白い、なんて言ってる場合ではない。話が大きくなってしまいそうで私は否定しようと口を開く。


「姉様、最近構ってくれないのはその男のせいなのですか。誰ですか。どんな男ですか。姉様は騙されてませんか」


 弁解しようとした私にテオは迫って、その手を強く握られる。最近筋トレにハマってるのか鍛えているため力が強い。

 違う、嘘だよ。それだけ言いたいのにどんどんお兄様たちが言葉を重ねていくからなかなか言えない。私は体がぷるぷると震え始めた。涙を堪えようとしていたが、子どもにそんなことは難しかった。

 声を上げて泣き出してしまってお兄様たちの言い合いが止まる。手を握ったままのテオも驚いたような顔をして見つめていた。困惑しながらも泣き止ませようとしているのか手を撫でてくれる。


「はいはい。お前たちもそこに座りなさい。セレーア、おいで」


 お父様に呼ばれて私は泣きながらお父様の元に歩いていく。そのまま軽く持ち上げられてその肩に顔を埋めた。背中をとんとんと叩かれて私は泣き止んだ。

 ソファに腰かけたお兄様たちの向かいに私とお父様が座る。その隣にテオが座った。


「まずセレーア、兄に言うことがあるだろう」


 そうお父様に言われて私は顔をお兄様たちに向ける。お兄様たちは皆心配したような顔をしている。


「嘘を、ついてしまいました。好きな男の子なんていません」

「……嘘?」


 お兄様たちは声を揃えて言う。怒られるかと思って私はお父様の方に向き直ってぎゅっとその肩に手を回す。怒られるのは、嫌だ。


「しょうもない嘘つきやがって」

「その人を呼び出して尋問するところだったよ」

「僕はセレーアが嘘ついてるの最初から気づいていたけどね」

「な……! 分かっていたのなら早く言わんか」

「皆が面白いから、つい」


 予想していた言葉とは全く違う言葉が聞こえて私は恐る恐る振り返る。安心しきった顔で笑いながら話すお兄様たちを見て私は瞬きを繰り返す。


「姉様、本当に嘘なんですね?」


 隣にいたテオが眉を下げながら尋ねる。私は首を縦に動かす。テオもそのときやっと微笑んだ。


「嘘をついたセレーアも悪いが、盗み聞きした上で話をどんどん膨らませたお前らも悪い。お互い一緒にごめんなさいだ」

「ごめんなさい」


 私とお兄様は一緒に謝る。恐る恐る見合せた顔を見ているとだんだんおかしくなってきて、私たちは一斉に笑い出す。

 お父様が私の頬を伝っていた涙を拭うと歯を見せて笑った。


「家族は仲良くしていなければ。これで良い」


 私はお父様のその言葉に頷いた。家族仲良く。それはきっとすごく幸せなことだから。


 そんな一部始終を見届けていた二人の人物がいた。大きな音が執務室から聞こえて不思議に思った二人の妃が兄弟と父親のやりとりをこっそりと見ていたのだ。二人は楽しそうに笑う皆を見て顔を見合わせて微笑みあった。

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