第6話
俺とノアは双子の兄弟。双子なのに顔は全然似ていない。俺の顔は父似で性格は母似。逆にノアの顔は母似で性格は父似。何もかもが正反対な俺たち。
今日は俺たちが主催、というお茶会が開かれている。開いた気は一切ないんだが。どうせ母上の計らいだろうと俺はため息を吐く。
俺たちは正妃レジェッタの子。王位が一位と二位のため、王になる確率が高い。恐らく早く仲の良い令嬢を作って結婚して……。ということを母上が考えているのは分かりきっている。
どいつもこいつも同じような言葉を吐いて貼りつけた笑顔を向けるのだ。こん中から恋をするなんて頭がおかしいやつのすることだろう。
だが、隣にいる俺の片割れの方が問題だろう。女に興味を示さず、肘をつきながら呆けている。それでも構いなしに女は会話を続けるが、あれは会話と呼べるのだろうか。
先程ここでお茶会をしていることを知らなかったのか、テオが迷い込んだときは可哀想なことをしてしまったと思った。
令嬢がまだあまり世に姿を出していない珍しい末弟の存在を目にして飛びついたときにはもう遅かった。涙でいっぱいになった幼いテオはその小さな足で一生懸命どこかへ走ってしまった。
そのとき俺とテオの目が合った気がしたのだが、すぐに目を逸らされた。それで、少し気まづくなってしまった。五歳以上離れたやつ相手に気まづいだなんて恥ずかしい話だが、その一歩を踏み出す気になれなかった。
俺たちも来年度から学園に入学するとなって慌ただしくしいて、なかなかテオと話せていない。あいつによく構っているのはセレーアくらいな気がする。寂しい思いをさせていたら兄失格だと思うも、なかなか話す機会はない。それが余計にテオと話しづらくさせてる。
テオは、俺のことをどう思っているんだろうか。
「シュティル様、お好きな色とかありますか?」
俺が皆から少し離れていると、不意に背後から茶髪の令嬢が声をかけてきた。彼女は、確か北側の領地を持つウィリー伯爵家の令嬢だ。彼女もやはり仮面のような完璧な笑顔を向けていて、つい乾いた笑いを零した。
好きな色は何か、と考えたときに頭に浮かんだのはキラキラと輝くセレーアの目の色だった。透き通るような緑の瞳。若葉のような明るい目が大きく開かれて新しいものを目に入れていくのは見ているだけでも幸せな気持ちにさせるのだ。
「……緑」
俺はつい漏れ出たように呟く。その答えに満足したのか令嬢は礼を言うとノアの方に戻っていく。何だったのかとモヤモヤするが深く考えないようにした。
そういえば、最近セレーアにも会えていない。会えてもテオと一緒にいたり、兄上と寝てたり。まともに話したのはいつ以来だろうか。このまま、俺のことなんかどうでもよくなって話してくれなくなったら。そう考えるとこんなことしている場合じゃないと思い始める。
「……お開き。兄貴が乗り気じゃないのに、こんなのぐだぐたとやってたって意味ないでしょ?」
後ろからそんな軽い声が聞こえて俺は振り返る。そこにはノアがこちらに向かってひらひらと手を振りながら歩いてくるのが見えた。こいつのこの軽さはどこでどう間違えたらこうなってしまうのだろうか。もっと倫理的な何かを学ばせるべきだったのだろうか。
こいつ、まだ十だよな。こんな十歳がいてたまるかよ。小さいときは、もうちょっと可愛げがあったんだが。
「あいつらは良いのかよ」
「うん。兄貴が楽しそうじゃないのにやる意味ない」
俺はため息を吐いて振り返る。ノアはその場で振り返っただけだった。だが、主催者という立場上ここに参加者を留めておくわけにはいかない。待合室で待機しているそれぞれの従者たちを呼び、馬車に乗らせて見送る。それが礼儀というものだろう。
俺は近くで待機していた一人のメイドに指示を出して従者を呼んでもらう。その間に突然お開きとなって駄々を捏ねている令嬢の機嫌取りをする。ノアがお開きだと言ったのにあいつは何もやらない。俺のイライラは蓄積されていく。
従者が戻ってくる頃には渋々令嬢たちは理解してくれ、また後日、とのことで素直に自分たちの家へと帰っていった。
「苦労人だね」
ぼそっと俺の肩に顎を置いてきたノアが言う。誰のせいで苦労してると思ってんだ。
ノアは俺の双子なのに何を考えてるのか何も分からない。一方でノアは俺の考えてることは大抵分かるらしい。この違いはなんだ。
ただ、こんなノアもきっと心から笑ってるんだろうなっていう瞬間がある。それはセレーアと一緒にいるとき。セレーアが産まれるまで本当に何が楽しくて生きてるのか分からなかった。けれど、その感情のないような瞳に小さな子どもの姿を目に映したノアの瞳は初めて輝いていた。
セレーアの笑顔に感化されているようにノアも笑う。ノアの笑顔はずっと一緒にいた俺よりもセレーアの方がよく見ているだろう。あの日、俺たちでお揃いの物を持っていようと提案したのもノアだ。
セレーアが産まれてなければノアは、どうなっていたのだろう。俺じゃきっと今のノアにはできなかった。
「……セレーア、テオといる」
ぼそっとノアが呟いてノアの視線を辿っていく。東庭園の迷路から抜け出してきたのだろうか。門の柱に二人で寄りかかって息を荒らげながらも楽しそうに笑っている。泣き虫のテオも、笑って。
セレーアはまだちっこいのにすごいな。
「俺らは城に戻るぞ」
「なんで? セレーアたちのとこ行かないの?」
「二人でいるんだから、俺らが邪魔したら悪いだろ」
「邪魔だなんて、セレーアはそんなこと思わないよ。きっと喜んでくれる。だってセレーアは僕らのことが好きだから」
「よくそんなことを自信満々に言えるな……」
俺は呆れて息を吐く。ノアは、何を考えているんだろう。何も分からなくて、その目の奥が読めなくて。俺はイライラする。何に、こんなにも焦っているんだろう。
「お兄様!」
ドクドクと脈打つ心臓の音が耳に響いたとき、すっと明るい声が心を溶かした。そこにいたのはテオと手を繋いでいたセレーアだった。
「セレーア。久しいな、散歩か?」
「ええ。テオと一緒にぐるぐるしてたら迷ってしまって。予想の倍以上も歩いてしまいました」
「そうか。それは大変だったな。早く城に戻って休むと良い」
俺は右手で自分の顔を触る。
今、俺は変な顔をしていないだろうか。久しぶりにちゃんと話すから何を話したら良いか分からないし、分からないことが多すぎる。
それにしても、久しぶりにセレーアをちゃんと見たがすっかり大きくなっていた。まだまだ子どもだが、しっかりしているなと感じる。
そう俺が熟考している間にもノアは構わずセレーアとテオと話す。いつの間にテオとも話せるようになったのか。この場に俺だけが取り残されているようでつい項垂れる。
「シュティル兄様、一緒に帰りましょう」
俺の手に白くて温かな手がそっと包まれる。俺はセレーアの顔を見る。太陽のような、力強く咲く一輪の花のような美しい笑顔を咲かせる彼女はとても眩しかった。その笑顔に今までの悩みもどうでもよくなって俺はその手を握り返して歩き出す。
目の前に何か不機嫌そうな顔をしているテオと少し嬉しそうなノアがいる。こんな平和な時間がずっと続けば良いのに。それを作っていくのは、俺だ。俺が頑張れば弟たちの幸せは実現する。
そのために俺は、努力せねばならないのだ。
◇◆◇◆◇◆
私は隣で気難しそうなするシュティル兄様を見上げる。最近会えていなかったシュティル兄様はこの頃ますます眉間に皺が寄ってる気がする。
まだ十歳、よね。十歳の少年がしちゃいけない顔してるわよ。
王位継承権第一位として、やらなければいけないことでもあるのだろうか。こんな頃からそんな気難しい顔をしてたら老けるのだって早くなってしまいそうだ。せっかく整った顔をしているのに。
繋いでくれてる手はしっかりと握られているのに、それすら忘れているように意識は多分私たち以外のところに行っている。心配だ。
城の中に戻った私は先にテオをメイドに預け、二人のお兄様に部屋まで送ってもらった。シュティル兄様はまだ眉間に皺を寄せていて、私はその顔を伺ってみては目を逸らすのを繰り返していた。
結局私はノア兄様と談笑しながら別れを告げる。シュティル兄様もそのときは私の目を見て手を振ってくれる。だが、それも貼りつけたような笑顔で。
ま、まさか私のこと嫌いになった……!? そんなの嫌よ。信じられない、生きていけない。
シュティル兄様が踵を返した後、私が部屋の扉を閉める前にノア兄様がそっと屈んだ。
「心配しなくて良いよ。兄貴、ああ見えてセレーアに会えたこと喜んでるから」
「え? なんだ、嫌われてはなかったのですね。安心しました」
「こんなちっちゃな妹を不安にさせるなんてだめな兄貴だね。兄貴は、最近ちょっと難しく考えすぎなんだ。良かったら息抜きに一緒にお話でもしてあげてね」
ノア兄様はそう言って私の頭を二度優しく撫でる。私はノア兄様の言葉を聞いて頷いた。二人は双子でノア兄様はシュティル兄様の考えていることが手に取るように分かっている。それなら、安心だ。
ノア兄様も私にひらひらと手を振って自分の部屋に戻っていく。
私は部屋にいたティナに今日起きたことを話すことにした。私の大好きな兄弟の話を。
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