第5話
シュティル兄様は王位継承権第一位の第二王子。ノア兄様はそれに続いて継承権は第二位。正妃から産まれた子だから先に産まれたクロウド兄様よりも順位が上らしい。
国に王は一人だけだから王にならなかった王子は補佐になったり、貴族に婿入りをしていったりして王を支えるという立場になる。
幸いなことに、この代の兄弟は仲が良い方なので王位を巡って戦争、なんてことにはならなそうで安心している。前世で日本でも西洋でもどこでも次の王の座を狙って戦なんてよく起こっていたから。家族が家族を殺すだなんて想像しただけで恐ろしい。
皆とは大人になってもずっと仲良くしたい。
そんなことを考えながら東庭園を歩いていると、向こうの方のベンチに誰かが座っているのが見えた。その髪色に見覚えがあって私はその人に駆け寄る。
「テオ! 今日は一人?」
私の声に驚いたのか、テオはその小さな体をびくりと震わす。
「え、ど、どうして泣いているの。誰かに虐められたの?」
テオはうるうるとした目でこちらを見上げてきて私はあたふたする。その私の言葉を否定するようにテオは首を横に振る。
テオ・ルキウス。兄弟の中でも一番人見知りで怖がり。可愛らしい顔をしていて女の子みたい。よく泣いてしまうから扱いに困ってしまう。けど可愛いたった一人の弟だ。
「ち、違うんだよ姉様。ただ、びっくりしちゃった、だけだから」
か細い声でテオが言う。私はテオの隣に座って目の前に広がる虹のようにカラフルな花畑を眺める。今は夏なので夏らしい元気な花々が咲いている。
「あっちのお庭に行ったら、人がいっぱいいて、囲まれて」
テオはそのときのことを思い出したのか目に涙が溜まっていく。堪えきれなかったのか、わんわんと泣き出して私の膝に顔を埋めた。可哀想だが、その仕草が可愛らしくて私はこの口元のにやけをどうにか収めようと力を込める。
テオは末っ子。私とは三歳離れている上に一番上のクロウド兄様とは八も離れている。他のお兄様たちとも最近は会うことが少ないため、大抵は城にいる私によく懐いてくれてる。
私は西庭園で何かあったか昨日のことを思い出す。ティナは何か言っていただろうか。
「あ、シュティル兄様とノア兄様のお茶会ね! どこかの令嬢たちがいらっしゃっていたんでしょう。びっくりしたわね」
私はひくひくと体を揺らして泣くテオの背をさする。
しばらくするとテオは泣き止んでワンピースを強く握りしめながら顔をぐりぐりと押しつけてくる。
ワンピースはびしょびしょだ。お母様に見つかったら心配されちゃう。
「お散歩でもする? それとも本を読もうか? あなたのしたいことを一緒にしましょう」
テオは顔を上げてその赤くなった輝く目で私を見つめる。少し考えた後にテオが出した答えは「一緒にお散歩する」だった。
私とテオは手を繋いで東庭園を歩いていく。
てくてくと隣を歩くテオは可愛らしくて可愛らしくて、ずっと一緒にいたいと願うほど。ずっと私のそばにいて欲しい。一生養わせて欲しい。
途中、大きな虫や蛇が目の前を通り過ぎることがあるのだが、その度にテオが驚いて泣きつくので大変っちゃ大変。でも、私は七歳の女の子のふりした大人の女性なので慌てることなく対処できる。
色んな後輩から好かれたこのスキルがここでいきるなんて思わなかったわ。
私は堂々と歩く。テオは、可愛い弟は私が守り抜くのだと胸を張って。
◇◆◇◆◇◆
隣で歩くのは僕の三つ上の姉様。この六人もいる王族でただ一人のお姫様。
おとぎ話に出てくるようなお姫様じゃない。わがままで意地悪なお姫様でも、お淑やかなお姫様でもない。太陽みたいな笑顔がとっても似合う、怖いものなんてないんじゃないかって思うくらいに強いお姫様。そう思うと唯一無二の素敵なお姫様だ。
一緒にいると元気をもらえる。そんな姉様のことが、僕は好きだ。ちゃんと、姉として。
僕は怖がりだ。人も怖いし動物も怖い。雷も怖い。そんな自分が時々嫌になることもある。女の子である姉様は平気なのに、僕はいつも泣いて。それでも姉様は僕を優しく慰めてくれる。大丈夫、って言ってくれるその声と撫でる手が温かくて優しくて。僕はいつしか母様といるよりも姉様といることを選ぶようになった。
姉様は晴れの日は大体西庭園にいる。だから今日もいるかもと思って西庭園に行ったのに。知らない女の人がたくさんいて、気づいたら囲まれて。二人の兄様がいたけど姉様ほど話したことがなかったから僕は逃げるようにして走って、東庭園に来てベンチに座っていた。
でも、偶然にも姉様は東庭園に来ていてこうして一緒に散歩している。
今も虫が飛び出してくるんじゃないかって怖くて怯えてしまうけど、隣で姉様があれこれ話をしている間はそれを忘れられて。つい頬が緩んでしまう。
でも、そう思う度に僕のこの心がズキズキと針で刺されているように痛む。こんなにも優しくしてくれる姉様に、僕は大きな秘密を抱えている。いつか言わなきゃいけないだろう。これを隠し通すなんてできない。でも、そうしたら僕はきっと姉様と一緒に過ごすことは叶わなくなる。それは、嫌だった。姉様と一緒にいられなくなるのは何よりも嫌だ。
僕は、わがままだな。
僕はいつか強い男になるんだ。今は姉様が守ってくれるけど、大きくなっても姉様に守られているようじゃ嫌だ。姉様に何かあったとき、一番そばで守るのは僕でありたい。
僕は兄弟の中で一番継承権が下。だから王になることはないに等しい。だから僕には王になることは目標としていなくて、夢が一つあるのだ。
姉様の隣ではなくとも、その斜め後ろでも良い。その強くて優しくて、可憐なその姿を守れるように。
僕は他人ばかり考えて自分のことは後回しにしてしまう優しい姉様だけを守る騎士になりたい。
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