第8話

 またまた時は流れ、私は十歳になっていた。日本では二分の一成人だって、記念写真を撮る子もいたっけ。


 この国にも学校というものがあって、王族も十歳から十八歳まで通う王立学園に通うこととなる。

 都内によくある幼稚園から大学までエスカレーターで行ける学校に近い。様々なコースに分けられており、平民も気兼ねなく学校に通うことができる。そのときは学友として、身分関係なしに関わることができる機会なのだ。

 大体は寮で八年間過ごすのだが、王族は城と学園が近い場所にあるので寮で暮らすことはしない。だからお兄様たちとも運が良ければ毎日会える。この広い城でばったり会うのは結構レア。


 十歳から十四歳までが初等部。十五歳から十八歳が高等部となっているらしい。小学校と中学校が初等部、高校生が高等部ってイメージ。

 私は幼い頃から家庭教師のレオン先生と授業していたので初等部で学ぶことは大抵復習だ。


 大体の人は普通コースに通う。クロウド兄様やノア兄様も一緒だ。一方でシュティル兄様は研究コース。ギルベート兄様とテオは騎士コースに行くこととなった。

 シュティル兄様は古代学を中心に研究しているのだという。国の歴史を知りたいのだそう。

 ギルベート兄様とテオは一緒のコースだがやっている内容は違う。騎士コースの中でも更に分かれているらしく、騎士団のどの部隊に入りたいかで分かれるのだ。騎士団の部隊に入るのにそれぞれ資格が必要で学校で学んで取る必要がある。

 騎士団養成学校もあるのだが、そこに通うのは二つ以上の資格が欲しかったり、早く働きたい人が通う。例えると学園が大学で養成学校が専門学校みたいな感じ。

 たくさんあるコースの中でギルベート兄様は騎馬隊騎士。テオは護衛騎士のコースで日々頑張っている。


 私はというと、学園に通うことは法律で禁止されているのでレオン先生が私に学園で学ぶ全てこのことを教えてくれている。マナーの先生だったりは別だが、勉強面は全部レオン先生。

 お父様、レオン先生には一生遊べる給料を出してあげてね……。

 そろそろこの法律について話しましょうか。

 王家に産まれた女子は城の敷地内から火急時以外出てはならない、といった法だ。これにはかつての隣国との戦争が関係しているようで、ある悲劇の姫の実話が元になっている。背景に色々話はあるが、簡単に言うとこんな感じ。

 私も学園に通って友達つくって勉強して泣いて笑ってしたいけど、それは叶わない望みらしい。贅沢三昧できる代償と思えば、まあ……。

 だから私はお兄様たちから学園の話を聞く。次はどんな行事があるのかとか、テストはどうだったとか、今日の授業は何しただとか。それを聞いて見たこともない学園に思いを馳せる。どんな人たちがそこで学んでいるんだろう。気になるなぁ。


 私がこの学園の話の中で一番嬉しかったのは身分の話。お兄様たちにも平民の知り合いがいたり、城に友人が訪ねるといったときに位の低い男爵家の子息と公爵家の子息が一緒にいたり。ありえないような光景がそこにあるようで私はそれが何より感動した。

 身分関係なく。そうお父様の掲げる思いは地道ではあるものの現実となりそうだった。現に貴族が平民を嫌がる、というのは実際にある話ではあるが、それも一部で貴族と平民が友人関係というのも最近はよく耳にする。

 お父様の無謀とも言われた計画がこう実現されているのを見ると嬉しかった。


 私が十五歳になるということは、二年前に学園を卒業したクロウド兄様の成人の年でもある。クロウド兄様の誕生日は冬にあるのでもう少し先になるが、王子の中で初の成人だ。盛大に執り行われるのだろうと今から期待で胸が膨らむ。他にもシュティル兄様やノア兄様の卒業も間近に控えているので城は日々忙しくしている。

 兄弟たちが日に日に大人になって。クロウド兄様に関しては前世の私よりも年上になってしまう。大きくなったなと感慨深い。


 テオが学園に通うようになってから必ず私の部屋の前に来るのだ。他のお兄様は特に何も言わずに馬車に乗って登校するのだが、テオは私の部屋に来て行ってきますとちゃんと挨拶して行く。偉い子だ。なんて良い子だろう。サンタさん、この子にありったけの財宝を届けてあげてください。

 帰ってからも挨拶しに来るのだが、その理由が私がちゃんと城にいるか確かめたいから、らしい。嬉しいけどこのルキウスの血を引いたシスコン心配性の子に育ってしまった。


 テオは今十二歳。本当に十二か疑うほどに紛うことなき色男に成長している。泣き虫だったあの頃とは違って体も心も鍛えられて、少し面影のある可愛い顔はしているが凛々しい顔つきになっている。パッと見は細いのに少しずつ筋肉がついてきてるので良きことだと思っている。私は筋肉が好きだったりするのだ。

 ほわほわとしている髪はちょっと長めで、もう少し伸びたら目が隠れてしまいそう。少し憂いを帯びたその表情、十二歳が出せるものなのだとただただ感心。イケメンだわ。国宝級イケメンよ。


 扉をノックする音が聞こえて私はネグリジェのまま扉を開ける。髪の毛はちゃんとティナにとかしてもらっているから大丈夫よ。


「姉様、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。今日も頑張ってね」

「もちろんです。姉様も頑張ってください」

「私なんてレオン先生と勉強するだけよ。いつも通り。帰ってきたらまたお話聞かせてね」


 そのとき、何かテオがぶつぶつと呟いていたが低く小さく言っていたので何も聞き取れなかった。独り言だし、伝えたいことでもないのだろう。


「私も学園行きたかったな」

「姉様……」


 私も思わず本音が‎出てしまい、口を塞ぐ。その言葉はちゃんとテオにも届いたのか目を開いてこちらを見ていた。

 そうよね、こんなことテオに言ってもどうしようもないのにね。困らせちゃって、嫌な姉よ。


「ほ、ほら、私も恋愛してみたかったなーって」

「は?」

「下駄箱に手紙が入ってて校舎裏に呼び出されて告白されて。それから放課後一緒に帰ったりしちゃって!」

「……やっぱり姉様は学園に行かなくて良いです。姉様が行くような場所ではありません」


 やれやれと言わんばかりに首を横に振るテオ。

 なんでかしら。学校ってそういうものじゃない。高校生なんてそんなのがお盛んな時期でしょう? いいなぁ、お姉さん憧れちゃうなぁ。テオにもあるのかな。まあ、私のテオだから誰にも渡してやらないけどね。


「今日は帰りが遅くなります」


 そうテオが申し訳なさそうな声で言う。私はそれに曖昧な返事をする。なぜならその帰りが遅くなる理由を考えていたからだ。騎士コースで何かあるのだろうか。いや、でもそういった情報は聞いていない、となると。

 私はテオの肩に手を置いてグッドサインを作る。良いわ。テオのことは私が誰よりも応援してあげるんだから。それが姉としてできる唯一のことよ。


「……多分だけど姉様、勘違いしてませんか」

「まさか。私を誰だと思っているのよ。テオのことなんて手に取るように分かっちゃうんだから」


 私の言葉にテオは顔を赤くさせて俯く。

 ほほーん。この反応。私の読みに狂いはなかったようね。


「テオに好きな子ができるなんてね。騎士コースの子? それとも別のコース?」


 私がそう聞くとテオの赤かった顔の熱がさっと引いていき、私をまじまじと見つめてくる。何か間違えたことを言っただろうか。


「え?」

「ん?」

「はぁ。姉様のことだから絶対勘違いだと思ったんだ。今日は放課後、団長に呼ばれてるんだ。進級試験の件でね。姉様の考えてることは何一つ合ってないから」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。僕に好きな子なんていないし、僕には……」


 テオは後半の方はまた独り言のように呟くから私はその言葉の全てを聞き取れなかった。

 それにしても私が勘違いをしてしまっただなんて。姉としてあんなに自信満々に言ったのに、何だかとても恥ずかしい。私たちは結局互いに違う意味で照れながら学園に登校した。

 それから数日後。シュティル兄様とノア兄様は無事卒業し、ギルベート兄様もテオもそれぞれ進級した。

 あの日、テオが呼び出されたのは試験の結果が優秀すぎて団長自ら騎士団への入団を推薦をしても良いかの相談だったらしい。そんな弟を持てて私は誇らしかった。


 そうして嬉しい知らせが飛び交う中、突如として城からノア兄様が姿を消した。

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