第3話
ルキウス王国はとても広い領土を持つ国。北と西は海に囲まれ、東はウェノプス山脈、南は帝国と繋がっている。
城は西側にあり、城のてっぺんからは海が見える。東のウェノプス山脈を超えた先にあるのは現在も敵対しているアキューテ王国から極力離れたところに城を建てようとしたからここに城があるらしい。先祖様がそう考えてここに建てたのだと、この前お兄様たちが言っていた。本で読んだらしい。
城下町のすぐ西にあるのは王国でも一番の港町で日々船で他国からの輸入品が来る。漁港もあるし農村もあるし、重工業の栄える都市もある。ルキウス王国に移住してくる人も多く、ここはとても恵まれた国だと思っている。前いた世界で例えるなら北欧とか、そこら辺の国のイメージと似ている。
残念なことにスラム街もあり、今お父様たちはそのスラム街がなくなるように力を入れているところだ。
ただ、スラム街はお金がなかったり身寄りのない人たちが集う場所。スラム街をなくしたところでその人たちはどこへ行けば良いのか。そして、スラム街をなくしたとしてもまた職を失った人などが集ってスラム街が誕生するだろう。
お父様は優しすぎる。金銭面で苦しむ人が完全にいなくなることを望んでいるのだ。
難しいことだと思う。全員が職に就いて仕事をやり遂げて。そうすることが難しい人がいるのも事実。
そんな人たちのために頭を悩ませて自分の時間を削って働くお父様を見て、私はつい心が痛む。
私にはお父様が眩しかった。前世で、私は他人のことに時間を使うのがもったいないと感じていた。百年生きれるかの世界で、明日死ぬかもしれない世界で。他人のことを考えられていられる程私に余裕はなかった。
この国は幸せ者なんだと、気づいた。
私は庭園を歩きながら絶対に子どもが考えることではないことを頭に巡らせていた。
ティナは仕事をテキパキと終わらせると、私と花について語り合いながら時々ベンチで休んでは歩いてを繰り返していた。花の名前や形など前いた世界でも同じものがあって不思議な気持ちになる。バラとかラベンダーとかの名前を耳にして、ちょっと懐かしくもなった。
昼前になって私はティナと一緒に城の中に入るとメイドや執事たちが小走りに準備に追われていた。今日のお披露目式の後は招待された人が集まるパーティーをするのだ。やることが盛りだくさんの一日で、仕事が多いのだろう。
姫のお披露目式はバルコニーに立った姫に手を振る、というものだ。お兄様たちとは異なる。これには法律が制定された当時から続くある法が関係しているという。どんな法なのだろうか。
ただバルコニーとはいえ、普段よりもぐっと距離が縮まる。それは危険がより身近に迫るということだ。騎士たちは少しピリついた空気をまとっていて、大変だなって他人事のように思う。
私たち王族はそうやって忠誠を誓ってくれた心優しき人たちがいてこそ生きていられるのだ。感謝は絶対に忘れちゃいけない。
ティナは私の部屋まで着いてきてくれ、ふっかふかのソファに腰を下ろした私に適温の紅茶を淹れた。角砂糖三つ入りの紅茶。このくらいが丁度良い。
私の部屋はとにかく一人部屋にしては広すぎる部屋。お兄様たちの部屋も同じような造りらしいのだが、さすが王族としか言いようがない。
城は執務室以外、全体的に白を基調としているのでやっぱり西洋の雰囲気と品位を感じさせる。
部屋には大きなアーチ型の窓があり、レースカーテンがひらひらと揺れる。三面鏡のついたドレッサー、天蓋付きのベッド、好きな本が並んだ本棚、服以外にも靴やアクセサリーなどもしまえるクローゼット、勉強などに使う机と椅子。それらがあるのだが、全部でかい。二人用なのでは? と思うくらいにはでかい。全てにおいてとても一人用には感じられないのだ。クローゼットに関しては横に寝た私二人分くらいはありそうなほどには大きい。シャンデリアも大きい。とにかく色々と大きい。
部屋の右側、ベッドの位置と逆の場所には引き戸があり、そこにはトイレが、さらにその奥には浴槽がある。
前世、中世ヨーロッパに憧れを抱いていたのでそこに自分が住めることになって今でも慣れずに興奮している。この日本とはまた違った空間が真新しくて、最初は落ち着けなかったが今ではぐっすりと眠れるようになった。
乱れた服装をティナが直したりと談笑しながら過ごしていると扉がノックされ、ティナが扉を開ける。
そこにいたのは初老の執事でお披露目式の準備が終わり、呼びに来たようだった。
私はティナと共に部屋を出て、最上階まで上ってバルコニー前の扉まで歩いていく。
光が零れる大きな扉の先ではざわざわと声が聞こえてくる。お披露目を今かと待つ民の声。私はつい緊張して深く息を吸い込んだ。クラスの前に立って発表するのだって緊張したのに、何万人もいる人たちの前に立つなんて信じられない。姫がこんなこと言っちゃいけないとは思うが、漏れそう。
コツコツ、とヒールの鳴る音が聞こえて私は振り返る。そこには薄い青のマーメイドドレスに着替え、前髪を上げて長い髪を片側に流したお母様が従者を連れて歩いてきていた。
やっぱり綺麗だ。こんな人が本当に私を産んだのだろうか。子持ちでなぜそんなにスタイルがよろしいんでしょうか。前世の私は子を産んでいないのにお腹がぽてっと出ていたというのに、羨ましいわ。
私は安全のため数人の騎士と従者とお母様と共にお披露目することになっている。下から爆弾を投げられたり、後ろから刺されるなんてこともあるからね。用心するに越したことはないわ。
騎士団長が先にバルコニーに立って挨拶をする。先程よりも大きな歓声が聞こえてきて私は隣に立つお母様の手を握る。何を思ったのか、お母様は優しく私の頭を撫でた。
「堂々となさい、セレーア・ルキウス。あなたの瞳に映るのはあなたを愛する者だけよ」
囁くようにお母様が言うと私の手を握る手に少し力を込めた。おかげで緊張がほんの少しほぐれ、前を見つめた。
合図が出て扉が開かれる。目の前も見えないような光に包まれて私は目を閉じる。
「行くわよ」
導くようなお母様の声が聞こえ、薄らと目を開けて私は歩いていく。声がだんだんと大きくなり、歓声は私の体を染めていく。
騎士団長が何か言っていたか言葉は耳に入らない。上から見るそのたくさんの人が、一斉に白い花を高く飛ばすように投げて一面が真っ白に染まる。それがとても綺麗で、私は言葉を失った。
隣を見ると同じ景色を見るお母様の赤く紅を引いた唇が弧を描いていた。
大勢に祝われる誕生日なんて前世ではなかったから変な感じがする。くすぐったくて、嬉しくて。こんなにもたくさんの人に愛されていることは、とても気持ちが良かった。
その後開かれたパーティーもお父様たちのおかげで何事もなく終わった。私にとって誕生日のこの日は、一年に一度だけある外部の人間とか関わる日でもある。これも全部その法律が関係している。
貴族からお祝いの言葉をもらうのは嬉しいが、民とは違って直接なので緊張してカチコチに固まってしまう。その様子を見て大人たちは笑うのだが、失礼な話だと思う。
他にも令嬢や子息の方とも軽く交流をしたりご飯を食べたりして、時はあっという間に流れていく。
子どもは夜が深まる前にお開きとなり、私はお兄様たちと一緒に大広間を出て部屋に向かっていた。
「セレーア、改めて誕生日おめでとう」
隣で階段を上っていたノア兄様が優しく微笑む。私も微笑んでお礼を言う。ノア兄様は全体的にほわほわとしていて、この男だらけの見苦しい中での唯一の癒しだ。
「部屋には戻らず、僕たちについておいで。良い物をあげる」
そうノア兄様が言うと、さりげなく手を繋がれて小走りに階段を上らされる。私は追いかけるのに必死で、転ばないように握っている手に力を込めた。
お兄様たちは私を暗い空き部屋に連れてきた。何をされるのか警戒して、今はノア兄様の手を離さないようにだけ注意していた。
「あの、お兄様たち……?」
あまりに沈黙が続くので、私は伺うように問いかけると急にライトがついて部屋が明るくなる。急に眩しくなって私は固く目を閉じると爆発音、にしては威力の低そうな音が交互に聞こえてきて私は目を勢いよく開く。
目の前にひらひらとしたリボンが落ちていき、私は瞬きを繰り返す。リボンの向こう側で三人のお兄様が何かを持っているのが見え、そこで私は納得した。
クラッカーって、この世界にもあったんだ。
「びっくりさせちゃってごめんね。サプライズしたくてメイドたちにも手伝ってもらったんだ」
隣にいたノア兄様が申し訳なさそうに言う。
話を聞くに四人でプレゼントを用意し、どうせならサプライズをしたいと考えて私にバレないように準備をしていたという。
ギルベート兄様は小さめの箱を持って私の目の前に出てくる。少し頬を赤らめて視線を逸らしている。
「……兄さんたちが。俺は別に、お前なんかに贈り物なんて」
もごもごと言ってるがちゃんと聞こえていた。
そんなこと言いながら一緒に選んだんでしょ? と妹というより近所のおばちゃんのようなツッコミを心の中でしてその箱を受け取る。開けるように促されたのでその場で箱を開けてみた。入っていたのはチェーンのついたシルバーリング。よく見てみると一部がキラキラと光っており宝石が埋め込まれているのだと気づく。
こんな高価な物、とても受け取れそうにない。誰が買ったんだろう。また無理をして買ったんじゃないかと不安になる。
「気に入ってくれたか? 俺たちは性格も見た目もバラバラだ。唯一の共通点は父が一緒なくらい。だが、それでも家族には変わりないし、お前は大事な妹だ。俺たちがずっと兄弟でいられるように、これは皆でお揃いだ」
シュティル兄様はそう言うと首元のチェーンを引っ張って出てきたリングを見せる。他のお兄様たちもそれぞれリングを出した。
お揃い。その言葉に私はつい目を見開いた。
シュティル兄様が言ったように、母が同じ兄もいれば母が違う兄がいる。髪も目の色もバラバラで。性格も個性もそれぞれ。そんな兄弟を繋ぐ物があるのは、すごく嬉しかった。
「ほら、もうすぐ産まれるやつの分も。これで皆、どこでも繋がってる」
シュティル兄様は足を開いてしゃがむと私の頭をぐしゃりと撫で回す。私の髪型が崩れてしまったことにクロウド兄様は注意したがシュティル兄様はそれに反抗した。シュティル兄様が、別に良いだろと怒るのには理解できなかったが、いつもの光景に私は笑いが止まらなくなる。
その台詞は普通お兄様じゃなくて私が言うものよ。
「お兄様たち、ありがとう!」
私は大事にリングの入った箱を握って笑顔を向けた。つう、と頬を伝っていくのを感じたから、きっと涙を流していたんだろう。言い合いをやめたシュティル兄様は優しく微笑むと私の涙を指で拭ってくれた。
私はお兄様たちに部屋まで送ってもらい、おやすみの挨拶をする。寝る支度を終えた私はプレゼントをそっと握りながら眠りについた。
それからほんの数日後、側妃であるルミーテ男子出産の知らせが城を電撃のように駆け巡っていった。第五王子の誕生に城はお祝いムード。
名前はテオ・ルキウス。ベルフラワー色の髪に灰色の目をしているらしい。どんな顔をしていて、どんな性格の子なのか。前世でも一人っ子だったこともあって、まだ見ぬ弟に思いを馳せた。
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