第1話

 とある世界で広大な土地を治めるルキウス王国。

 そんな王国の王族として産まれた私の名前はセレーア・ルキウス。

 陽の光に煌めくミルキーブロンド色の長い髪がさらさらとメイドの手を滑っていく。

 それにしても、今日も相変わらず可愛いなぁ。この大きな目、真っ白な肌に透き通るような緑の瞳。鏡の中の自分が目に映り、改めてこの美貌に目を奪われてしまう。

 自画自賛だと引かれてしまうかもしれないが、この気持ちは誰かに分かって欲しい。


 私はよく漫画や小説で見た転生者というものだ。嘘でも妄想でもない。確かに私は日本で桜木さくらぎ奈緒なおとして生きていた記憶を持っている。

 普通の一般家庭で普通に生きていた。出身は埼玉県の田舎の方。志望校は憧れであった都内の学校にし、なんとか一般で合格。実家から通うと三時間程かかってしまうので、比較的家賃も安く学校からも近い場所のアパートを借りてこれから大学生活がスタート。というところでぽっくりと死んでしまった。


 セレーアとして産まれて数年はこの記憶のことなんて頭になかった。思い出したのは二歳のある日のこと。一人の兄が投げた本が頭に直撃し、意識を失っている間にこの前世の記憶を取り戻したのだ。

 二歳の子どもが意識を失う程投げるなんて、私じゃなかったら死んでたわ。


 前世のことでは母親は大丈夫だろうか、とか色々気になるがもう私は桜木奈緒ではない。死んでしまったことをどうにかすることなんてできないし、しようとも思わない。前世関わってくれた人には別れを告げることができなくて申し訳ないけれど、心の中でしっかりと感謝してる。そして私はセレーアとして、ちゃんと生き抜くと決めた。

 ゲームの中の登場人物か何かかと思ったが、多分普通に異世界に転生してしまったのだろう。いかにも悪役という顔もしていないので破滅ルートなどは立たないはず。

 一国の王女として大変なことがあっても幸せに生きていける。そう思っている。


 今の私の家族構成を紹介しよう。父、母、血の繋がらない母、兄四人だ。家族は全員仲が良く、思い描いていた王家とは違う。

 王には妃が二人いるが、二人の妃はとても仲が良い。よくお茶をしているし、二人で出かけたりもする。姉妹のような関係だ。

 私の実母は正妃であるレジェッタ。側妃のルミーテが産んだ二人の兄とは血が片方繋がっていない。母が違っても兄弟の仲も良い。長男は側妃の子だが次男が正妃の子であるため、次男が王位継承権第一位になる。だがそれに長男は反抗することなく、将来次男が困ることないように兄として精一杯の支援をすることを約束している。


 王族の人間の身には常に何が起こるか予測できない。もしかしたら明日誰かが殺されるかもしれない。国が滅びるかもしれない。その危険と隣り合わせの状況の中で生きている。


 私は唯一の王女として家族だけに留まらず、従者や民からもたくさんの愛をもらっている。

 私の誕生日になれば国中にが私をイメージしたグッズや記念品が売られる。そして民はジャスミンを昼までに花屋で買いに行く。昼にあるお披露目式でバルコニーに立つ王族に捧げるという意味で民はそれぞれの花を投げる。それがルキウス王国に伝わる伝統なのだという。


 そして今日こそ、私の三歳の誕生日なのだ。洗顔したもちもちの肌にパウダーだけをつけてさらすべ肌に仕立てる。淡い黄色のドレスは光に当てられて輝く。長い髪は編み込んでシニヨンと呼ばれる髪型に仕上げる。緩く巻かれた後れ毛がただでさえ小さな顔を小顔にさせている。ドレスとお揃いの黄色のレースと一緒に編み込んでいて、頭は華やか。ジャスミンの造花をつけたリボンを手に巻いて妖精のよう。

 まだ小さな体には早いと思われる大人びたドレスもこの美貌を前に着せられている感を感じさせず、様になっていた。

 さすが美貌揃いの王族の一員なだけあるわ。これなら間違いなくファッション誌の表紙は私の物ね。


 数人のメイドは可愛いを連呼しながら準備をテキパキと進めていく。メイド曰く、この仕事は努力の末に手に入れたご褒美なんだとか。数日前からメイドがすごい顔つきで城を駆け巡っていたのには、関係しているのかな。


 準備を終えて一人のメイドが抱えて私を椅子から下ろす。するとメイドたちは涙を流し始めた。

 写真でも撮れば良いのに、と思ったがこの世界にはまだ撮影なんて技術がないのを思い出した。まだ絵で姿を残す時代なのだ。

 この前のお兄様の誕生日で思ったことが一つある。この王族は皆顔が良い。それなのに画家はかっこよく描くと言ってなぜか見たものとは違う姿を描いていく。イケメンではあるが、別人だ。

 画家の言葉を分かりやすく言うと、万人受けするように元の顔を加工して描いているらしい。その言葉を聞いて前世見た王族や武将の肖像画なんてあてにならないと思った。

 加工なんてしなくてもこの私、セレーアは可愛いんだから見たままで描いて欲しいが、無理なのだろうと諦める。


 私はメイドが泣き止んでから部屋を出た。一人一人慰めて泣き止ませないと、姫がメイドを泣かせたなんて噂が広まったら面倒だ。

 行く先は大広間。きっとお兄様たちがいるはずだ。いつも可愛いと褒めてくれる優しい兄に早くこの姿を見せたくてうずうずしてくる。

 こんな気持ちが湧いて出てくるのはもうすぐ二十歳だった記憶を持つ人間なので、なんだか恥ずかしい気がする。だが、幼い子どもとしたら年相応の感情だと思うようにしている。


 大広間は天井にとても大きなシャンデリアがある、二階からも入れる巨大部屋。二階には左右に扉があり、半螺旋階段で下りれる。白の大理石の床で高級感が溢れる。正面には二階部分まで続く横にも縦にも大きな窓ガラスがあり、すぐ目の前に広がる庭園を見ることができる。

 ここではよく舞踏会などの王族主催のパーティーが開催されている。そのため城の入口からすぐ入れるように城の大きな扉から長い赤い絨毯をまっすぐと行けば着く。


 予想通り、大広間には四人のお兄様がいた。


 ストレートのブルーアッシュ色の髪で紫色の目。眼鏡をかけている長男のクロウド・ルキウス。

 短めのストロベリーブロンド色の髪に緑色の目。前髪を上げていて強面の次男のシュティル・ルキウス。

 センター分けのホワイトブロンド色の髪に水色の目。右目下の泣きぼくろが特徴の三男のノア・ルキウス。シュティル兄様とノア兄様は双子。

 長めの色のワインレッドの髪をハーフアップにしていて目は黄色。背が一番高い四男のギルベート・ルキウス。

 そして今、側妃のルミーテはお腹に子を宿しており、もうすぐ出産を控えている。そのため実家に帰っているから今日の誕生パーティーは欠席する。少しがっかりしていたのだが、部屋に箱が置いてあり、中にはメッセージカードと白いサンダルがあったのだ。少し前から白いサンダルが欲しいと呟いていたのを実母でもない母上が覚えていてくれたのが、とても嬉しかった。

 今日のパーティーに履いていくつもり。


「お兄様たちー!」


 私は無邪気な声と共に二階の階段を早足で下りていく。階段の幅は子供にしたら広い。そこを全速力で走っていったのが間違いだった。足を踏み外して階段の真ん中の所で転んでそのまま下に落ちていきそうになる。


「危ない!」


 一番に駆けつけて、転んでしまう前に体を抱き止めてくれたのはギルベート兄様。

 運動神経が良い上に反射神経も良いみたいだ。離れた場所にいたのにこの数秒に階段のここまで上ってこれるなんて。危うくて見守ってくれてたからなのかもしれない。

 そう思うとこの優しさが心に染みて少しにやける。


「ったく、自分の足の短さは把握しておけよ」

「短かっ……! まだ小さいから仕方ないんです」


 いつもの毒舌だとは知りつつも、つい反抗してしまう。本心ではないのは知ってるがなんというかこう乙女の地雷を常に踏んでくるというか、怒らせる天才だと思う。

 ギルベート兄様は私を抱えたまま階段を下りて床に私を下ろした。その動作の一つ一つは丁寧で優しい。


「おはよう、僕たちの可愛いセレーア。今日は特段と可愛いね」

「可愛いだって? お前の頭の辞書にはそんな単純な言葉しかないのか。いいか、セレーアの可愛さはな───」

「セレーアおはよ。朝早くから準備お疲れ様」


 優しく微笑んだクロウド兄様を馬鹿にするように鼻で笑ったシュティル兄様は言い合いを始める。言い合いと言っても、シュティル兄様の一方的なものだが。

 私の目線に合わせるために書かんでふにゃふにゃと微笑むのはノア兄様だ。

 私の斜め後ろでギルベート兄様は片手で目を押えてため息を吐いている。


「お兄様たちおはようございます。お父様たちよりも先にお兄様に見せたくて」


 私がそう言うと全員が私の方に顔を向けた。急な視線の攻撃に私は一歩退く。


「天使かな、いや女神だ。この城よりも大きな城をあげるべきだよ」


 シュティル兄様の言葉にその場にいた全員が力強く頷く。


 そう、お気づきだろうがここの王族として産まれた男は皆重度のシスコンなのだ。愛されるのは嬉しいが、大きすぎる愛を全て受け止められる気がしなくて時々困惑してしまう。


「お、お兄様たちの気持ちがとっても嬉しいですわ。私、お父様たちの所へ行ってきます!」


 そう言いながら半ばお兄様たちから逃げるように走って大広間を出ていった。このまま、あそこに残っていたらどんどん話が膨れ上がって本当に城を建てかねない。いくら王族といえ、国の予算、税金で生きているのだ。国民からもらった大事な金でそんなことはさせられない。

 去年、冗談だと思っていたら本当に大きな宝石のアクセサリーセットが贈られたときは、王族の金銭感覚に思わず身震いしたものね。


 父と母は恐らく執務室にいると考えたので城の長い階段を上って執務室へ向かった。

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