06

 息を切らし、王は足を止める。後ろを振り返れば草原の向こうに城は既に小さく見えて、王は微かに目を細めた。

 空模様は悪く、雲が怪しい色に光る。

「あっ、王様!」

 呼び止められてそちらを向くと、いかにも冒険者らしき服装をした若者が立っていた。お久しぶりです、と爽やかな笑顔で若者は挨拶する。

「はて、どこかで会ったかのう」

「忘れてしまったのですか、勇者候補の者ですよ」

 そう聞いてもぴんと来ない様子の王に、苦笑しつつ若者は言葉を続ける。

「それで、実はあのひのきの棒、やっぱり欲しいなぁ、と思いまして」

「ほ、本当か!」

 王はポケットに手を突っ込み、ひのきの棒と100Gの袋を取り出す。こほん、とわざとらしく咳をひとつ。

「そなたに100Gとひのきの棒を」

「待った」

 ひのきの棒の制止に王は言葉を止める。

「王様、あいつは」

「ちっ」

 舌打ち、そしてべりっ、という簡潔な音と共に若者の体が真っ二つに引き裂かれた。あるべきものの何も無い空洞から姿を現した青い魔物が王目掛けて水の刃を放つ。

 ひ、と息を吸う王の頬を鋭い刃がかすめて血が飛んだ。

「勘付くのが遅かったようだなぁ、伝説の剣さんよ」

 にたり、と口角を歪に上げて凶悪な笑みを浮かべる。

「この程度の先制攻撃じゃ何も響かねーよ、水王」

 返すひのきの棒、それを聞いて魔物、水王は鼻で笑って見せる。

「俺は封印されて数千年間、てめぇと、勇者への恨みを一時も忘れることは無かった……だが、ついにこの時が来た!」

「自分語りもいいけどさ、そろそろ攻撃に備え……」


「……て、王様?」

 その瞬間、王の体が地面に崩れ落ちる。




 悲鳴と攻撃の爆音が響く城下町内、兵士と兵士が背を合わせて剣を構えていた。

「こいつら、斬っても斬っても減らねぇな」

「どこから湧いて出てんだか」

 泥のような魔物に囲まれ、飛んでくる攻撃をすんでの所でかわす。背後から足を掴まれるもその腕を剣で斬り飛ばす。

 前方の魔物が槍に貫かれて潰れた。

「助太刀するぞ」

「おっ、助かるぜ」

 槍を構えた兵士は次々と魔物の急所を狙って攻撃していく。そのわき腹には刃で斬られた傷があり血が兵服を伝って垂れている。

「回復魔法が使える奴はいないのか」

「全員大忙しでこっちに来る余裕なんてねーよ。それにほぼ魔力切れだ」

 だろうな、と反対側の魔物を斬るが、後ろから新たな軍団が押し寄せてくる。眉間にしわを寄せて兵士は震える手で剣を握りしめる。

「あー、彼女からのキスがあればなぁ」

「そんなんじゃ傷は」

「回復魔法!」

 喧騒の中どこからか聞こえてきた甲高い声と共に兵士達の傷が完治する。足元から狙ってくる魔物を蹴りつけ、剣で斬り払った。

 再び武器を握り直す。



 城壁に背を持たれかけて魔法で応戦する魔女の頭上に、ゆらりと影が差す。

「火炎魔法っ!」

 少しかすれかけた声で唱えるも、噴き出した炎は目の前の岩壁に阻まれて散った。岩壁は、巨体をぴくりとも動かさずに魔女の前に佇んでいる。

「石に……火も水も電気も、何も効かない」

 棒読みするような低い声。わらわらと魔女の足元から土の魔物が生み出されていく。水魔法をかけてもかけてもそれは次々と生成されていき、困った、と魔女は相手を見上げた。石と土で形成された巨大な壁……ゴーレムがそこに立っている。

 その隙に一本の腕が魔女の足を掴んだ。

「とりゃあ!」

 が、どこか抜けた声と共に、地面から炎が湧き出て魔物を一掃した。

 自身には火傷を作らなかったその魔法に、魔女は放たれた方を向く。




 時計塔のてっぺんから混乱を見下ろし、隣で小さく唸るドラゴンの頭を撫でる。

 さて、と呟いて支えも無しにすっと立ち上がった。

「そろそろ帰りますか」

 王宮城壁付近をちらりと見て、ドラゴンの背に乗って飛び立つ。

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