07
「王様……?」
うずくまり、膝をついて震えている王にひのきの棒が戸惑いを見せる。
頬に一本引かれた傷が赤く滲んで端から血がつぅと伝った。
「王様」
「だ、だれっ」
か細く震えた、たどたどしい一言にひのきの棒は声を詰まらせる。目尻に涙を溜め、引きつった息でどうにか吸いながら王は言葉をこぼす。
「痛いっ、怖い、よ」
「え、王様、俺のことわかんないのか……?」
ぽろぽろと涙をこぼし初め、すぐに大声をあげて泣きだす王。その顔は蒼く、呼吸は過呼吸にように短い。
しきりにやめて、痛い、と言う王。子供のように縮こまって震え、同じ言葉を繰り返すその姿にひのきの棒は言葉を失う。
「……水王、何しやがった」
水王は歪な笑みを浮かべて笑った。
「その程度の傷をつけただけだぜ?」
「じゃ、じゃあ何でっ」
ひのきの棒は水王に食って掛かるように問う。それを聞き、あざ笑う表情を浮かべ、水王はひのきの棒を大きな黄色く光る眼で見下ろした。
「相棒のくせに何も知らないんだな。せいぜい、俺に喧嘩を売ったこととその使えない体を後悔しやがれ」
笑いと共に出現した水の渦の中にその姿は消える。
風の吹き抜ける静かな草原に、何かを拒絶するように響く泣き叫ぶ声。
と、次第に近づいてくるせわしない足音。
「陛下っ!」
「えっ、総務さん」
ひのきの棒すれすれを踏んで総務は王に駆け寄るが、うずくまっている王の姿を見て、間に合わなかったか、と小さく舌打ちをして手を突き出す。
「睡眠魔法っ」
やわらかな光が王を包み、それと共に涙に濡れた王の目がとろんと落ちる。息をついて総務は王へと近づく。
だが、すぐにその目は大きく開かれ一瞬で恐怖に染まる。
「やはり細工がされていたか……」
しわの刻まれた顔を険しくして、ブツブツと呟きながら総務は王を支えるように手を添える。嗚咽を漏らしていた王の背中がぴくりと跳ねた。
「陛下、少し立てますか」
その声に僅かに顔をあげる。
「……お、兄さっ」
だが瞬時、王の顔は一層蒼くなり、ひゅっと息をのんで後ずさった。あ、と声をこぼして総務は顔をあげる。
「あ、あっ、やだ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をゆるゆると横に振り、はくはくと陸に上がった魚のような呼吸をしている。ぽろぽろと涙をこぼす王から総務は一歩距離を置いた。
「かなりヤバい感じだな……どうすりゃ」
「ひのきの棒、聞こえるか」
総務の発言に、えっとひのきの棒は声を漏らす。
「私にお前の声は聞こえない。だが、陛下を連れて行くつもりなら、聞いておいてほしい話がある」
ちらりと王へ視線を向け、総務は草原の向こうの城を見る。
「あー。わかった」
暗雲が立ち込める中、鳩が空へ飛び立っていく。
たったった、と小さな足音が二つ。たったたった、たたたったったったった、たたたったったったった、たたたったったったったたたーたーたー
「お兄ちゃん、絶対遊んでるでしょ」
「あ、バレた?」
まだ十代になったばかりくらいの妹に言われてえへへとはにかむ兄。兄もまた近い歳なのか二人の身長は僅かに兄が高いくらい。
「
異国の地で迷子になってしまった僕たち。
果たして無事に騎士さんのところに帰ることはできるのか!?
次回、
『兄妹、無事帰る』
」
「来週もまた見てね!」
「一週間も彷徨いたくないよ……」
掛け合う二人の姿を、看板の裏で二つの影が覗いている。
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