第5話


「姫様!」


 朝の目覚めは悪く無かった。


 部屋に飛び込んで来たサリーの騒がしい声に叩き起こされたからだ。


 これがそこらのメイドや執事ならば不敬を咎める懲罰ものだが、サリーに起こされるのならばそれも心地いい。

 

「ああっ、ご無事でよかったです!」


 部屋に飛び込んで来たサリーは真っ直ぐ私のベッドの横に駆け寄り、私の手を握って安堵の息を吐いた。


 突然手を握られて胸を鳴らす私はそれを悟られないように努めて平静にサリーへと声をかける。


「どうしたの、そんなに慌てて」


「た、大変なんですよ姫様!」


 サリーは安堵しつつも興奮が抑えられないようで、私の手を強く握り締めている。

 

「最近国中で精霊の揺籠の方々が次々と攫われているらしいんです!」


「………それで、その話を聞いて私の元へ走って来たの?」


「えっ、あ、その……あっ!」


 流石はサリー、迂闊ね。


 その話を聞いて私の元に走って来たら私が揺籠の1人だと喧伝するようなもの。


 そもそも揺籠の少女達が攫われていたとしても私が揺籠である事を知っているのはサリーだけ。


 私は狙われるはずも無い。


 それこそサリーが迂闊なことでもしない限りね。


「平気よ。隠しておきたいけれど、バレてしまってもいいもの」


「申し訳ありません。もしもエルリア様が攫われてしまったら思うと、居ても立っても居られず」


 嬉しいわ。


 サリーが私の心配をしてくれている。


 ただそれだけの事で人生最高の朝になるわ。


 潤んだ瞳と乱れた呼吸が本当に私の事を心配してくれていた事をありありと伝えてくれるもの。


「いいのよ。それより朝の準備とさっきの話を詳しく聞かせてくれるかしら?」


「はい。すぐに準備いたします」


 サリーはこの数日の準備で多少慣れた手つきで支度を進めていく。


 私もベッドから体を起こして化粧テーブルの前に腰掛けた。


「先程の話なのだけれど、どの揺籠の令嬢が攫われたのかしら?」


「私はあまり詳しく聞いてはいないのですが、四人の令嬢が攫われたと聞きました。その内お二人はファティア伯爵令嬢とテスナーラ侯爵令嬢だという噂です」


「そう。サリー、少し痛いわ」


 自分が聞いた話を思い出しながら話すサリーは少し思い出す事に集中しすぎていた。


 櫛が髪を通りきらず引っ張られている。


「あわっ、すみません!」


「いいの。少しずつ上手になりましょうね」


 この慣れない手つきもいいが、私の覚えているサリーの櫛はもっと上手だったの。


 数年後の事だからその間に上達したのでしょうけれど、いつかまたサリーに髪を解いてもらいながらうたた寝してみたいわ。


「サリー、今日の予定は何があったかしら?」


 あわあわと集中して髪を解くサリーに声をかける。


 髪を解いてもらう事には集中してほしいけれど話せない時間は寂しいもの。


「今日は9時からライラ侯爵令嬢主催のお茶会が御座います。昼食を取られた後に歴史と算学のお勉強です」


「そう。それじゃあ今日の予定は全て取り止めの連絡を入れておいて頂戴」


「ほえっ!?」


「サリー、痛いわ」


 驚いたサリーによって再び髪が引っ張られる。


 しかしサリーが驚くのも仕方が無い。


 お茶会は令嬢達を通じた情報交換の場であり、派閥争いの大事な戦場。


 社交の一環であり、侯爵令嬢主催のお茶会を王女が突然欠席するのは極めて無礼な行為だ。


 勉強も重要であり、講師陣は各方面に顔が広く優秀な令息令嬢の情報は講師達が握っている。


 もし講師達から物覚えが悪いと評価されたらあらゆる方面に私は出来損ないだと思われてしまう。


 けれどそうならないように手は回してあるの。


「ライラ侯爵令嬢にはこの手紙を。先生にはこちらを渡してきてくれるかしら?」


 そう言いながら化粧台の上に昨晩のうちに置いておいた便箋と封筒をサリーに渡す。


「かしこまりました。それでは本日のご予定は如何されるのですか?」


「出掛けるわ。貴女と一緒にね」

 


 



 



 

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