第4話


「いい風ね」


 吹き抜ける風が心地いい。


 バルコニーの手すりの上に立って感じる風は格別だ。


 きっとこの光景が誰かに見つかれば大きな悲鳴が上がるだろう。


 しかし部屋の明かりを全て消した薄暗い月夜に私を見つける者はいない。


「あぁ、生きてる。生きているわ」


 風に靡く髪を抑えながら素足に感じる鉄の冷たさが意識を鮮明にさせる。


 それとは対照的に痛いほど昂る身体の高揚がたまらなく切ない。


「……サリー、サリー。あぁ、どうしてこんなに愛おしいのかしら。あの小麦色の瞳、白い肌、控えめな彼女の性格を映し出したかのような茶色の髪」


 この3日私はこの感覚にひたすら襲われていた。


 気が狂いそうなほどにサリーのことが愛おしい。


 触れたい、触れたい、触れたい、離れる事なく触れていたい。


 劣情も劣情。


 もし許されるのならば彼女の事を抱きしめて、キスをして、その肌の全てを感じたい。


 いっそ苛めて涙目にして怯えた瞳で見て欲しい。


 彼女を檻に閉じ込めて鎖に繋いで私だけの物にしたい。


 あぁ、凄く堪らない。


 けれどそれではダメよ。


 私はサリーに嫌われたく無いわ。


 もしも彼女に嫌われたらと思うと思うだけで胸が引き裂かれそう。


 もしもそんな事になれば私は迷いなくこの国を滅ぼす。


 大切なほんの数人だけを手に出来たらこんな国はいらない。


「あぁ、ダメね。夜は身体が昂ってしまうわ」


 私は11歳の身体では抑えきれない劣情を身に抑え込むように身体を抱きしめながらバルコニーから身を投げる。


 サリー、サリー、サリー。


 今の貴女は私のものでは無い。


 けれどいつかは必ずその身も心も私だけの物にしてみせる。


 だからそのための時間を作るわ。


 貴女を手にするのに十分な時間を。


「風の精霊、私を運びなさい」


 最初は味方を増やしましょう。


 私と同じ境遇にいる娘達を助け出しましょう。


 そして力をつけるのです。


 いずれ私がこの国を手に入れた時この国を掌握できるくらいの力を。


 さぁ、宵闇にふさわしい暗躍の時間ですわ。



☆☆☆


「初めまして、水の母よ」


 暗く狭い牢獄にまるで似合わない、私の声が一つ響いた。


 月明かりの差し込む牢獄には二人の姿がある。


 一人は壁に鎖で繋がれ、視線を上に向けるのが限界になる程衰弱しきった少女。


 もう一人はその少女の前に立つ私。

 

「……声も出せないのね」


 私に虚な視線を向ける少女は何の返答も返さずに浅い呼吸を繰り返すばかりだ。

 

「辛いでしょう。でももう平気よ」 


 冷たい石床を歩いて彼女を繋ぐ鉄の鎖に手を添える。


 たったそれだけで簡単に指ほどの太さがある鎖は断ち切れた。


 鎖の支えを失った少女が倒れ込むのを抱き止める。


 胸の中にある顔を覗き込むと、薄く開かれていた瞼がゆっくりと閉じ始めていた。


「すぐに連れ出してあげるわ。目が覚めたらその場にいる人達を頼りなさい。みんな同じ境遇の仲間達だから」


 その言葉を聞いて、少女は眠りに落ちてしまう。


 腕の中の温もりを風に溶かして私と共に空に運んだ。





 

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