第3話
高貴なる血脈とは伯爵以上の貴族のことを指し、大いなる血脈とは王族を指す。
いったい子爵以下の下級貴族や平民とどのような違いがあるのか。
それはこの国の成り立ちにも関係があるが、端的に言うと精霊の力を宿す人間を排出できるか否かである。
魔法、神の奇跡、精霊術。
この世を支配する力は大きく分けてこの3つだ。
魔力を使い魔法を起こす魔法使いは干ばつに雨をもたらし、戦場に雷を落とす。
神から力を授かり起こす神官の奇跡は人々を癒し、幸運を分け与えることができる。
そして自我を持つ自然現象である精霊の力を借りることができ、自然を操る者の事を精霊術師と呼んだ。
そしてこの精霊術師こそが私が国中から追われるようになった理由である。
「ねえサリー、もしも私が精霊術師になったらどう思うかしら?」
私の背後でドレスの紐を結ぶサリーに今朝の天気を聞くような気軽さで尋ねた。
「それは……エルリア様が精霊術師になられたらきっと幾つもの偉業を成し遂げられるでしょうが」
そこまで言ってサリーは言葉に詰まる。
まるで子供の夢を覚さないようにする親のような気遣い、言葉選びを考えていることだろう。
何故ならば精霊術師には男しかなれない。
そう定められているからだ。
精霊術師になるには魂に精霊の卵を宿していなければならない。
その卵を孵化させることが出来れば精霊の力を扱える精霊術師になれる。
問題はこれからで、男性は生まれながらにして精霊の卵を宿すことは決して無く、精霊の卵を持って産まれてくるのは必ず女性だ。
しかし女性ではその卵を孵化させることが出来ず、とある方法を使いその卵が男性に渡った時のみ孵化し精霊術師が誕生する。
火、水、風、土、光、闇。
この六属性の精霊達の力を借りられる者は一人で一軍の戦力にも勝り、その無尽蔵且つ強大な力は天変地異の如し。
故に精霊術師を戦力として求める国によって、精霊術師の卵を持って生まれた女性は必ずその卵を剥奪される。
最大の問題はその資格が剥奪された時、剥奪された者は必ず命を落とすと言うことだ。
「じゃあサリー、もしも私が精霊の卵を宿しているとしたらどうする?」
「恐ろしいことをおっしゃらないでください!!」
私の言葉にサリーが叫んだ。
その表情は怒り、悲しみ、恐怖など様々な感情が入り乱れているようだった。
その反応に私は思わず笑みをこぼしてしまう。
本来であれば精霊の卵を宿して生まれてくることは大変名誉なことで、その卵を男性に渡して死ぬことはそれを上回る名誉。
精霊の母として死ぬことはこの上ない誉れ。
そう教え込まれるこの国で名誉ではなく私の命を選んでくれる。
だからこそ私はサリーが大好きだ。
「よく聞いて、サリー。私は確かに精霊の卵を宿しているけれど、それは私にとって悲劇を意味してはいないのよ」
「ですがっ、女性では精霊の卵を孵化させることができず–––」
「それ、嘘だもの」
私はこの国で数百年伝えられてきた伝承を正面から否定した。
なぜなら私は知っているのだから。
数年後、この国で史上初、女性の精霊術師が生まれることを。
「うっ、嘘なんですか!?」
「えぇ、そうよ」
私に精霊の卵が存在すると分かるのは今日から三ヶ月後の誕生日。
その日に私の生誕祭を祝いに来た精霊神教の枢機卿が私の中にある卵を見抜く。
それ以来私は卵が成熟するまで国の監視下に置かれて軟禁される。
王太子へと卵を渡すための生贄になるために。
「けれどこの国の有史以来女性の精霊術師が生まれたことは……。それに教会でも精霊は男性にしか力を与えないと教えています」
「だからそれら全てが嘘なのよ。この国の歴史において女性の精霊術師がいないのは才能が開花する前に全員殺されたからよ」
「な、なぜそんな事を?」
「女性の精霊術師は男性よりも圧倒的に強いから」
「そうなんですか!?」
本来女性にのみ託される精霊の卵。
特殊な儀式を用いて本来の担い手ではない男性に孵化させるよりも、元々適性がある精霊に選ばれた女性の方が強い。
当然の理由だった。
「それならばなぜ女性は精霊の力を奪われるのでしょう?」
「強すぎるからよ」
「……どういう事ですか?」
「今に分かるから気にしなくていいわ。ドレスの紐はまだ結べない?」
「も、申し訳ありません!まだ不慣れで」
着付けに随分と時間が掛かっているようなので背後のサリーに声をかける。
既にこの三日の間着付けを任せているがまだ暫くは時間がかかりそうだ。
けれども焦る必要はない。
「いいわ。時間は沢山あるもの。ゆっくりで大丈夫よ」
「は、はい!すぐに終わらせます」
私の言っていることがわかっているのかいないのか。
いつも通り涙目のサリーを愛おしく思いながらこの時間を楽しんでいた。
そう、時間はあるのだ。
既に私の中の精霊の卵は孵化してしまったのだから。
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