第2話


 私はどうやら7年前に帰ってきたらしい。


 奇妙な目覚めから三日が経ち、私はようやくこの現実を受け入れることができた。


 この三日はいつこの夢が覚めるのかと怯えていたが、3回も眠り朝を迎えれば慣れてくる。


 私の記憶にある限り私が死んだ時の年齢は18歳。


 現在の私の年齢は11歳。


 つまり7年前に戻ってきた事になる。


「あ、あの、エルリア様?」


 考え事をしている間に私の髪を解いていたサリーが不安げに声をかけてきた。


 閉じていた目を開くと恐る恐ると言った手つきでサリーが私の髪を慎重に解いている。


「何かしら?」


「やっぱり私がエルリア様の筆頭侍女だなんて分不相応な立場なのではないですか?」


 この3日の間に変えたことはいくつかある。


 サリーを筆頭侍女、すなわち私に仕えるメイド達のメイド長へと任命したのもその一つだ。


 その事を告げた時サリーは震え上がるほどに驚いていた。


 それもその筈で、この頃の私はサリーの事を疎ましく思って粗雑に扱っていたからだ。


 サリーは正直に言ってあまり器用な人間ではない。

 物覚えも悪く、日に一度はミスをする。


 何か特別な取り柄があるわけでもなく特別に容姿に優れているわけでもない。


 そんなメイドがこの国で父上と母上に次いで地位の高い私のメイドをしていることが不満だった。


 そもそもサリーは盾メイドと言われる職柄だ。


 暗殺に備えるため食事の毒味をし、刃に狙われれば盾となるメイド。


 つまり死んでも構わない人でいなければならなかった。


 サリーはその点生まれは貴族だがその地位を失った平民の生い立ちで、都合のいい人間だ。


 多少鈍臭くても盾としての役割を果たせれば存在を許されるメイド。


 私はそんなサリーが気に入らなかった。


「いえ、私はそうは思わないわ」


「……どうしてでしょうか。私は優れたところなど無い侍女です。私が筆頭では他の侍女は従わないでしょう。それに私のミスは筆頭侍女のミスとしてエルリア様の名誉に傷をつける事にもなります」


「そうかもしれないわね。確かに貴女のミスを私への攻撃材料とするものが居ないとは思いません」


 

 実際にサリーを筆頭侍女に任命するにも多少の反対はあったし面倒もあった。


 しかしそれでも私はサリーを筆頭の地位に押し上げたのだ。


「それでも貴女を筆頭とする事には何も何も変え難い利益があるのです」


「利益、ですか?」


「えぇ、私は貴女の事を心の底から信頼しています。貴女はこの世界の誰よりも信用できる。私にとってそれは何事にも代え難いことなのですよ」


「エ、エルリア様……」


 サリーの手が止まったので鏡越しに様子を伺ってみれば彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ出していた。

 泣きたいのは私の方だ。


 私を守ろうとしたものが皆死に絶え、味方が誰一人いなくなったこの国で私の手を引いてくれた最後の人。

 信頼も信用も極限だ。


 彼女の言葉にならば、私は命をかけられる。


 だからこそ––––


「サリーは私が守ります。貴女を私の弱点と侮る人がいれば全て消し去り、必ず誰にも文句など言わせません」


「そ、それは少し過激なお考えなのでは?」


「いいんですよ。今日から私は本当の力を手に入れるのですからね」


 そう言って笑う私をサリーは複雑そうな表情で見つめていた。




 

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