あやめルート 裏事情

「あれ、事故のため運休?」


 駅に着くと、電車が止まっていた。

 どうやら線路上で事故が発生したらしく、しばらく電車が運休することになったそうだ。


「困ったなあ」

「タイミング悪いねー。でも、一駅だけだから歩く?」

「そうだなあ、歩いても三十分はかからないだろうから。ゆっくり歩いて帰ろう」


 駅の中から引き返して、二人で家の方角に歩き出す。

 広い道路をしばらく。

 そのあと住宅街へ入っていき、細い道をずっと歩くことに。


「ふーん、この辺ってこうなってるんだ」

「なんか探検みたいで楽しいね。ワクワクする」

「はは、ゲームじゃないんだから」

「でも、ゲームだったら知らないダンジョンに入った後、大体強い敵が現れてピンチ、みたいなことになるよね」

「……ああ、どうやらここはダンジョンだったみたいだ」


 電車が止まったあたりから嫌な予感が続いていたが、まさかこうも的中するとは。


 目の前から見覚えのある女子が歩いてくる。

 狭い一本道で隠れるところもない。

 すぐに俺たちは見つかった。


「お、あやめと琢朗君めっけ」

「あ、満里奈! どうしたのこんなとこで?」

「ちょっと琢朗君に用事があってね。あやめ、そのぬいぐるみは?」

「あ、これたっくんが買ってくれたんだー。いいでしょー」

「へえー」


 にやりと。 

 不敵な笑みを浮かべて満里奈が俺を見る。

 俺は住宅街のど真ん中で死を覚悟する。

 今日、満里奈に遭遇したら死ぬ。

 そう思って警戒していたはずなのに、あやめとの時間が楽しすぎて気が緩んでいた。


 加奈さんをスルーできたことも俺を油断させる要因だったかもしれない。

 しかし、今更悔やんだところで遅い。

 今はどうやってこの状況を回避するか、それだけを考えなければ。


「琢朗君、このあとあやめの家に行くの?」

「え、いや、まあ送り届けないと、だし」

「送ったあとは? 暇ならご飯でもいく?」

「い、いやそれは別に」

「別に?」

「……」


 ゲームにはない展開。

 そういうものに俺はひどく弱い。


 チラッとあやめを見て助け舟を求めるが、彼女は笑いながら「えー、たっくんとはさっきご飯食べちゃったよー」と、満里奈の本心には一切気づいていない様子。

 

 ううむ、どうしたものか。


「ま、いっか。琢朗君、あやめをちゃんと送り届けてあげてね」

「え……」

「なによ、それとも私とご飯行くの?」

「い、いや……ちゃんと送り届けるよ」

「そっかそっか。うん、じゃあまたね二人とも」



 なんとも意外な展開。

 メンヘラが自ら身を引いた?


 もちろん、その意図なんて気にしてる場合ではなく、好意に甘えてさっさとその場を去ろうとしたその時。

 すれ違い様に満里奈は俺にだけ聞こえるように呟く。


「告白我慢したんだ、えらいえらい。してたら、血を見てたかもね」


 その声はあまりに濁っていて。

 あまりの恐怖に動けない俺は固まったまま、満里奈がその場を去るまで足が動かず。


 やがてあやめに、「たっくん、大丈夫?」と聞かれてようやく我に返って。


 あやめと再び帰路についた。



「わー、お姉ちゃんすっごい大きなぬいぐるみだー」

「みゆき、たっくんにお礼言いなさい。わざわざあなたのために買ってくれたのよ」

「わーい、お兄ちゃんありがとー」

「いえいえ、お留守番してもらったご褒美だよ」

「ふふ、それじゃ毎週お留守番するから毎週お姉ちゃんとデートしてー」

「も、もうみゆきったら」


 あやめの家に着いて。

 ぬいぐるみを渡してはしゃぐみゆきちゃんに癒されながら俺は玄関先でお暇する。


「じゃあ、今日のところは帰るよ」

「え、ご飯食べていったらいいのに」

「それは悪いって。でも、あとでまた連絡してもいい?」

「うん。夜はちょっと寂しいから、私から電話しちゃうかも」

「おけ。じゃあまた、みゆきちゃんもまたね」

「ばいばいおにーちゃん!」


 名残惜しいというか、そのままあやめの家に泊めてほしいくらいの気分だったが我慢した。


 理由は二つある。

 まず、今日時点でのあやめへの告白を満里奈に禁止されていること。

 これは別に無視してもいいのだが、あいつはみゆきちゃんまで人質にとりやがった。

 何をするかわからない以上、しばらくは様子見だ。

 くそっ、あやめと付き合ったらあいつら全員消滅するとかねえのかよ。


 で、あともう一つの理由だけど。

 今日の出来事はゲームと大幅に違っていた点について調べたかったのだ。


 この後おそらくゲームの内容は更新されている。

 それが新しいルートの解放か、それとも今日のあやめとのデートにおける新シナリオか。

 まあ、なんにせよゲームと現実の法則とやらを見抜かないことには、俺に未来はない。

 逆に言えばその法則さえわかれば、満里奈だろうが一ノ瀬さんだろうが怖くはないのだけど。


「よし、起動だ」


 ゲームをつけると、あやめルートのみ選択できる状態のまま。


 そしてゲームを進めると、出かける前にやった内容とは大きく異なったシナリオになる。


 視点が変わった?

 主人公目線ではなくヒロイン目線で話が進むパターンか?


『かな先輩、今日はちょっと協力してほしいんですけど』


 なんと今はまりな視点。

 そしてかなに話しかけているところのようだ。


『いいけど、もしかして琢朗のこと? だったらダメよ。あの子には私、恩があるから。困らせたらまりなでも許さない』

『そ、そんな。このあとはるかと三人で待ち伏せしようと計画してたのに』

『はるなにも伝えておいて。あの子に危害を加えたら私が許さないからって』


 なんと、裏でこんなことがあったのか。

 まさか加奈さんが俺たちを庇ってくれていたなんて……

 しかも見た感じ、加奈さんは満里奈や一ノ瀬さんに顔がきくどころか完全に掌握している。

 これは朗報だ。

 いい人を味方につけたぞ。

 ……うむ、やっぱり助けてよかったよ。

 毒をもって毒を制する、だ。


『でもかな先輩、どうしてそんなに庇うんですか? まさか惚れたとか』

『あはは、まさか。あの子には借りをいっぱい作らせておいて、あとで根こそぎいくのよ。ケツの毛一本残さないようにむしりとるんだから、それまでは、ね』


 ……あれ?


『でも、そうこうしてる間にあやめと付き合っちゃったら? さすがにそれは容認できませんけど』

『あやめちゃん、妹いたでしょ? それ人質にでもとればいいじゃん。付き合ったらぶっ殺すって。ね、簡単でしょ?』

『かな先輩、さすがです!』


 ……まじか。


 なんだこの舞台裏は。

 まさか加奈先輩が全部裏で糸を引いていたなんて。


 ……あの人に親切にされても絶対受けちゃいけないな。


ん、電話だ。


「はい」

「琢朗? 加奈だけど」

「え、あ、何です、か?」

「いえ、偶然水族館のチケットもらったんだけどいる? 今度彼女のあの子とデートにでも」

「いいです絶対いいですお気持ちだけいただきましたありがとうございました!」


 電話を切った。


 やばい、早速恩を押しつけてきてる。

 しかし困ったことになったなあ。


 満里奈や一ノ瀬さんを抑えられるのは加奈さんだけど、彼女は彼女独自の悪女っぷりで俺を狙ってる。


 俺の体を狙うメンヘラ。

 俺の命を狙うサイコパス。

 俺の全てを狙う狂気。


 この三人をどううまくあしらいながらあやめを攻略するか。


 それがどうやら今の課題のようだ。

 このクソゲーめ、絶対攻略してやるからな……。


「ん、新ルート……はるか、だと?」


 電話を終えて画面を見ると、そこに現れたのははるかルート。


 しかも選択の余地もなく、勝手に画面はストーリーへと進んでいる。


『あ、龍崎君。今日は来てくれてありがとー』


 なぜか俺ははるかの家に。

 いや、なぜみすみす死ににいく?

 後ろから刺されて終わりだぞ?


『ふふっ、なんとか言ってよ龍崎君……あれ、もう死んじゃってる? あー、拷問に耐えられなかったかあ、脆いんだね』

 

「え……」


 そのあと解説が。


『はるかの家に行くと死ぬ。しかし明日の予定が埋まらない限り、はるかの家にいく未来は変わらない。別の予定を立ててはるかに殺される未来を回避する方法は果たして……』


 はじめてだな、こういう演出。

 いや、それだけゲームが進んでるってことか。



 でも、予定って……。


 まさか他のヒロインと遊べと?

 なら間違いなくあやめ一択だ。


 さて、あやめを……


『あやめルートは現在選択できません。まりな、かなルートの二つからお選びください』

「うそやん……」


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