あやめルートー4

「あー、琢朗!」


 自分で安っぽいフラグを立てたことを今、非常に後悔している。

 ゲームの展開なんて、出てきてほしくないと思った時ほど敵が出てくるってのが定石ってものだ。

 店を出てすぐ、幸せそうなあやめに癒されていた俺の背後から、聞きたくない声がした。


「……加奈、さん?」

「お、名前覚えてくれてたんだ。どしたの、彼女とデート?」

「ま、まあ……」

「あ、この前の迷子の人だ。先日はどーも」


 脇汗びっしょりな俺に対して、さわやかな笑顔で加奈さんを迎えるあやめは、「これ、たっくんに買ってもらったんです」なんて言ってぬいぐるみを自慢している。

 

「ほー、琢朗が、ねえ。ふーん、そのお金はどこから出たのかなあ?」

「そ、それは……お小遣いの節約、とかしてまして」

「ほー。だったらー」


 にやりと笑う加奈さんが、俺の耳元で小さくつぶやく。


「この前の一万円返せよ」

「ひっ……」

「なあんてね。ま、琢朗には感謝してるから。そんなに怯えなくていいわよ」

「……はあ」


 マジでドスのきいた声に震えてちびりそうだった。

 でも、そのあとで俺たちに向けて嘘くさい笑顔を向ける加奈さんは、「ま、今日のところは大目に見てあげる」と。


 なんともあっさり、どこかへ消えていった。


「……ふう」

「たっくん、あの人とあの後何かあったの? ずいぶん親しい感じだったけど」

「い、いや。ちょっと困ってたことがあったから手助けしただけ、かな」

「えー、そうなんだ。さすがたっくん、正義の味方だね」

「うーん」


 でも、あの人を助けたことは果たして正解、なのか?

 ゲームで見る加奈さんの本性はクズオブクズだったし、実際さっきの感じだと、悪女なことに変わりななさそうだから。

 俺が助けずに、彼女が騙した男にやられていた未来の方が平和だったのでは、なんてことも考えてしまうけど。

 でも、目の前で危険に怯えてる女子を見過ごすなんて、できないもんなあ。


「はあ」

「疲れた? だったらファミレスに行こ。ちょっと早いけど、私ジュースくらいならおごるよ」

「うん、ゆっくりしよっか。なんか気が抜けて」


 加奈さんに出会って、デッドエンドが頭をよぎったけどなんとか最悪の未来は回避できた。

 それに安堵し、すぐそこのファミレスに入ってすぐに俺は椅子に腰を下ろしてぐったりする。


「あー、なんか外出って疲れるね」

「たっくん、普段はいつも何してるの?」

「うーん、ゲーム?」

「あはは、オタクなんだ。たまには外に出ないと」

「まあ、そう思う」

「ちなみにどんなゲームしてるの?」

「ええと、それは……いや、シミュレーションゲーム?」

「ふーん、よくわかんないや。ま、とりあえずなんか飲んでゆっくりしよ」


 ドリンクバーを二つ。

 仲良くコーラを注いでから席に戻って。


 ランチも二つ、一緒のものを頼むとあやめが「一緒だね」と笑う。

 うん、幸せすぎる。

 

 このまま穏やかな時間が過ぎてくれと祈った。

 いや、祈ってしまった。

 はっきりいって、フラグを立てた。

 だから電話がかかってきた。


「……」

「たっくん、電話だよ? でなくていいの?」

「……いや、まあ」

「私、トイレ行ってくるから。遠慮しなくて出ていいよ」

「ご、ごめん」


 あやめは気を遣って席を離れる。 

 その隙に、鳴りやまない電話をちらり。

 ……満里奈だ。


「もしもし琢朗君? あのさ、はるかに聞いたんだけどあやめと電車でどこかに出かけてるんだって?」

「……さあ、見間違いじゃないか?」

「ふーん、嘘つくんだ。でもね、さっきあやめの家に行ったらさあ、みゆきちゃんもそう言ってたよ? 嘘つくの?」

「しまった……ぐっ、だったらなんだってんだよ。別にお前には」

「関係ないって? ダメダメ、関係大有りだよ? 私の魅力に気づく前にあやめにとられたんじゃ悔やみきれないもの。あのね、デートは特別に許してあげるけど、間違っても告白とか、しちゃだめだよ?」

「な、なんでだよ。それこそ俺の勝手」

「みゆきちゃん、今おうちで私とふたりっきりなんだあ」

「……なにがいいたい?」

「さあ? でも、二人で幸せになって、帰ってきて惨劇におぼれるなんてことにならないように、私の忠告はちゃあんと聞いておいてね。じゃ」


 電話が切れた。

 ……どうやら、みゆきちゃんが人質に取られたようだ。

 普通なら、そんな脅しくらい無視しとけって思うけど。

 相手は満里奈だ。

 ルート選択をミスれば人を簡単に殺すような、そんな女だ。 

 やりかねない。

 ……告白は、保留か。


「お待たせ。どうしたのたっくん顔色悪いよ?」

「あ、ああ大丈夫。それより、食べたら今日は帰る? ぬいぐるみも大きいし、早くみゆきちゃんに渡してあげたいから」

「うん、そうだね。みゆき、喜ぶだろうなあ。ほんと、たっくんとデートしてよかった」


 隣に置いたぬいぐるみをなでながら微笑むあやめは、本当にみゆきちゃん想いだ。

 うん、やっぱり俺の軽率な行動でみゆきちゃんに万が一のことがあったらだめだ。

 

 今日だけは、あのメンヘラを警戒して自重しよう。

 しかし、ゲームとはずいぶん展開が違うな。

 加奈さんも、満里奈も、一ノ瀬さんもみんな別行動だ。

 どうせなら固まって動いてくれてた方が逃げやすいんだけどなあ。


「あ、きたよ。さっ、食べちゃお食べちゃお」

「うん、いただきます」


 ハンバーグランチを一緒に食べていると、「みゆきに悪いから、帰りにデザート買って帰ってあげないと」って。

 ずっとあやめはみゆきちゃんのことを考えていた。

 いい子過ぎて泣けてくる。


 ああ、今にも言いたいよ。

 俺が守ってやるって。


「……ご馳走様。じゃあ、もう一杯飲んだら帰ろっか」


 でも、言えなかった。

 これは完全に満里奈にビビってのこと。

 しかしゲームではないこの現実では、失敗は許されない。

 思い切ってとか、開き直ってなんて軽い気持ちでもし失敗したら。


 そう思うと何もできないまま。

 もう一杯コーラを飲んでから、あやめと一緒に店を出た。




 


 

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