??ルートー1
アルトホテルから家に向かう途中、特にこれといった事件もトラブルも起きなかった。
美人局にもあわず、メンヘラに誘惑されることもなく、清楚系サイコパスに家に招かれることももちろんない。
平和すぎて不気味だった。
でも、本当にこのイベントの意味がわからない。
攻略になってるのかも微妙だし、ゲームのシナリオとして必要なのかどうかはもっと微妙だ。
とりあえず、もらった一万円に気まずさを覚えながら帰宅。
そのあと、ゲームを起動する。
「……なんも変わってないな」
ヒロイン選択画面には相変わらずさっきの迷子ギャルの姿が。
ほかのヒロインはやはり選択できない。
つまり、攻略できていないってこと、なんだろう。
もう一度彼女を選択し、ゲームを開始。
ホテルの前で、お金ではなく彼女を誘う選択をしてみる。
まあ、それも昨日やったんだけど。
適当にはぐらかされて、なんならそっちの選択をしてもなぜかお礼と言って金を渡されてフェードアウト。
これこそ詰みってやつじゃないかって思ってたけど。
誘ってはぐらかされた後に、前回は見なかった選択肢が出る。
▶ おい、さすがに一万円くらいよこせ
▶ おい、さすがにおっぱいくらい触らせろ
なんだこれ?
自分からいうパターンね。まあ、下衆なことに変わりはないが。
うーん、この場合は一応現実に沿って一万円くれっていってみようか。
▶ おい、さすがに一万円くらいよこせ
『あ、ごめん。それじゃ……これ。少なくてごめんね』
一万円をもらったと、テロップが流れたところで画面がタイトル画面に戻った。
「……これが今ってこと、か」
結局、このままなら平和に何事もなくってこと、なのか?
「なんかもやもやする……もう一つの選択肢を見てみる、か」
今度はお金ではなく、おっぱいを触らせろと。
そんなことで何かが変わるとは思えないんだけど。
とりあえず画面は消えず、話が進む。
『……どうしても私とエッチしたいなら、今日の六時にここの303号室を訪ねてきてくれる?』
また、見たことない展開になった。
そのあと、ギャルは『じゃあまた六時ね。バイバイ』と言って去る。
303号室……そこに彼女はいるのか。
でも、名前も知らないってのにどうやって訪ねる?
いや、そのヒントがゲームの中にあってくれればいいんだが。
話を進めていくと、なぜか主人公は一度帰宅をすることもなくホテルの前で六時間ほど時間をつぶしたそうだ。
いや、雑というか頭弱い子じゃん。
何やってんのこいつ、六時間もホテルの前にいたの? 怖いよ!
「で、ようやくその時間か」
その時、実際の時計をちらっと見るとちょうど昼の十二時だった。
あと六時間後に待つかもしれない未来とは。
ちょっとドキドキしながらホテルに行くと、受付の女性が現れて選択肢。
『はい、今日はどういったご用件ですか』
▶ お前とやりにきた
▶ 303号室の女を襲いにきた
▶ いいから金出せ
……どれも即逮捕だろこれ。
うーん、でも実際に用事があるのは303号室だから。
▶ 303号室の女を襲いにきた
襲うつもり、ないんですけどね。
『かしこまりました。では、少々お待ちください』
でも、なぜか話が通る。
クソゲーたる所以だ。
なんて思った瞬間、画面が暗くなった。
「え?」
『ロビーに座った瞬間、何者かに襲われて死亡。ゲームオーバー』
「……いや誰に襲われたんだよ!」
一度、タイトル画面で手を止める。
なんか、とんでもないことに巻き込まれてる予感がする。
彼女に会いにいけば、誰かに殺される未来をゲームが予言している。
待て、俺が殺される理由ってなんだ?
それに彼女はどうなった?
……いや、なにがなんでもこの現代社会で、そうほいほいと殺人が起こるとは思いにくい。
けど、このゲームの内容がまるっきり関係ないとも、今は言えない。
このまま放っておくことが果たして正解なのか。
でも、何をすれば……いや、残されたクソみたいな選択肢も確認してみるか。
▶ お前とやりにきた
『かしこまりました、こちらへどうぞ』
また、なぜか話が通る。
いや、ただの変質者だよ? かしこまりましたじゃねえよ。
でも、画面は次の場所に移る。
これが正解ルート? 嘘だろ。
『こちらです』
受付の女性に連れてこられたのはなんと303号室。
なんで? どうしてだと思いながら場面を進めると中にはさっきのギャルがいた。
『あ、来てくれたんだ。そんなに私とエッチがしたかったんだね』
もちろんそんなわけないんだけど……って画面にツッコミたいところだけど。
あほな主人公の選択肢はこう。
▶ はやく、はやく脱げよ
▶ やらせろ、あとさっきの金も全部よこせ
大事件じゃねえか。
こいつが強盗レイプ魔だよ。
えー、これも二択? 勘弁してよ……。
▶ はやく、はやく脱げよ
とりあえず強盗にはなりたくなかったので罪を一個軽くする選択を。
するとギャルは、なぜかにっこり笑う。
『強引だなあ。でも、私の最後に付き合ってくれるなら、いいよ』
そう聞いてからヒロインの会話は続く。
『私の彼氏がさ、私を追ってるの。もちろん私目当てじゃなくてお金目当てでね。で、逃げてたんだけど疲れちゃって。最後にここで話し合おうってことになってるんだけど、多分私は殺されると思うの。どうせあの下衆に襲われて死ぬなら、最後に他の誰かに抱かれてるところ、見せつけてやりたくって。あはは、そんな覚悟君にはないよね? それとも、一緒に死んでくれる?』
そんなことを言われて戸惑っていると選択肢。
▶ ああ、死ぬ前にお前にいっぱい出してやる
▶ ああ、死んでもいいから君とやりたい
▶ ああ、なんでもいいから脱げ
……死んでくれ、こいつ。
頭の中が性欲で支配されてるじゃねえかバカ主人公め。
いや、ここでこの子を抱いたらそのあとやってくる彼氏とやらに殺されるって言ってるのに、いいの?
死ぬことよりも目の前の据え膳ってか? バカだろ。
でも、断る選択肢がない以上選ぶしかない。
▶ ああ、死んでもいいから君とやりたい
一番無難なやつだな。
『そっか……そこまで言ってくれる人に、今更出会うなんて残酷だよね運命も。もっと早く、君みたいな人と出会いたかったな』
いや、そんなにいい人じゃないぞこいつは。
『じゃあ、ベッドに行こっか。人生最後に抱かれるのが君でよかった』
なんとも切ない表情を浮かべた後、画面は真っ暗になる。
そして。
『このあとやってきた男に殺されてしまう。ゲームオーバー』
そのテロップが出た後、タイトル画面に戻った。
「……なんだこれ」
結局、俺は今、正解のルートを歩いているっていうことだ。
見ないふり、知らないふりをすることも人生においては必要なことで、通りすがりの大金を持ったギャルなんて怪しい人物にはついていってはいけないってことを、このゲームは言いたいのだろう。
その先に待つのはバッドエンド。
いわゆるトラップキャラってやつ、なんだろうけど。
「……でも、あの子は現実にいるんだ」
頭ではわかっている。
放っておけば、一万円をもらっただけで彼女との接点は何もないままだし。
名前も年齢も知らないような、さっき偶然ばったり会っただけの子をいちいち助けにいったりなんてことは、ただの愚行である。
明日彼女がホテルで死んでいたとしても俺には何の関係もない。
そう、わかっていても俺はもう部屋の外に飛び出していた。
もしこのゲームの内容が本当だとして、あの子が人知れず殺されるのをわかってて見過ごすなんてこと、できるわけないだろ。
俺は走った。
無我夢中で走って、アルトホテルまでやってきた。
息も絶え絶え。
しかしここでへばってる場合じゃない。
「……いくか」
今までは、バッドエンドを回避するために試行錯誤してたけど。
今回ばかりは自らバッドエンドルートに飛び込む。
それが果たしてどういう結果になるのか。
ホテルの受付に行くと、さっきゲームで見たのと同じく、若い女性店員が迎えてくれる。
「はい、今日はどういったご用件ですか」
……お前とやらせろ。
言えねえなあ。これが正解なのかもと思ってても言えねえ。
「……303号室の人に用事があるんですけど」
これを言ったら誰かに襲われて死亡だったけど。
わかってても鬼畜な回答が口から出てこなかった。
「……少々お待ちください」
受付のお姉さんはそのまま奥に下がる。
で、どうなるのかと思って一度ロビーのソファに座ろうとしたとき。
視線を感じた。
気配の先を見ると、奥のトイレの前に立つ男がじっと俺を見ている。
ほかに客はいない。
明らかに俺を見ている。
「……あいつか」
それに、奥に引っ込んでから受付の女性も一向に戻ってこない。
グルってことか。
一歩ずつ、男がゆっくり俺に近づいてくる。
終始その男を警戒しながらも気づかないふりで座っていると、男は向かいに座る。
短髪を茶色に染めた、いかにも半ぐれっぽい奴だ。
「兄ちゃん、さっきの部屋に何の用だ?」
話しかけてきた。
錆びた鉄のような声だ。
薬でもやって、喉がつぶれてるのか?
「……いえ、別に」
「うそつくんじゃねえ。あの部屋にいる女に用事があんだろ? 知ってるぜ、加奈のやろうが俺以外の男とこそこそあってるのはよ。お前だろ」
加奈、というのは303号室にいるはずのあの迷子ギャルのこと、だろう。
で、俺は彼女の浮気相手と間違われているってわけか。
「いえ、俺はそんなんじゃ」
「しらばっくれるんじゃねえよ。いっとくけど、ここは昼間は誰もこねえぞ。正直に言わねえならこの場でお前をぶっ殺してやる」
で、殺されるパターンがさっきのゲームってわけか。
毎度お決まりのバッドエンド回避は現実で、ってやつか。
「……やるか」
「なんだと? てめえ今何て……でふぉあー!」
正面に座った男の顔面を、思いっきり殴り飛ばしてやった。
一撃で、なんならぶっ殺すくらいのつもりで殴ると男は数メートル向こうまで吹っ飛んで行って気絶した。
「……最近こんなんばっかだな」
男の悲痛な声をきいて戻ってきた受付嬢は、倒れる男と平然とする俺を見て絶句。
俺は彼女の方へ行き、尋ねる。
「あの、303号室行きたいんですけど」
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