新ルート突入?

「お茶、どうぞ」

「ありがとー。でも、いい部屋だね」

「そうでもない。あと、さっさと用件を言え」


 悠長に出された茶を飲む満里奈に、きつく当たる。

 どうやら武装はしていないようだし、さっきお茶を入れる時に包丁や危なそうな金物は全部しまっておいた。

 とりあえず武器さえなければ大丈夫だ。

 素手で女に負けることはないだろう。


「ま、用件は端的に言えば一つだけかな。私と付き合って」

「断る」


 当たり前だけど、病んで人をぶっ殺すような奴とは付き合えない。

 まあ、ゲームの中の話で実際に刺されたりしたわけじゃないけど。


「なんでー? 私なら毎日でもエッチなことさせてあげるのに」

「別にセフレがほしいわけじゃない。俺は好きな子と純愛がしたいんだ」

「だったら私と純愛したらいいじゃん。私、一途だよ?」

「俺だって選ぶ権利あるだろ」

「ふーん、そんなにあやめがいいんだ」

「え?」


 コップを強めにかたんとおいて、満里奈は俺をにらむ。


「なによ、あやめばっかり。つまんない、やっぱ殺しちゃおっかな」

「お、おい物騒なこと言うなよ」

「なーんてね。殺さないけど、殺したい。できたら琢朗君をあのまま寝取って、君の寝顔を見ながら真実を独白してにんまりしてやりたいくらいなんだけど」

「趣味悪……って、その状況、どっかで見たような……」

「え、そういう経験ある人?」

「な、ないよ。あるわけない……」


 満里奈の不気味な妄言を、しかし俺はどこかで体験した。

 そうだ、ゲームだ。

 ゲームの中で、俺はまりなと合体して彼女の隣で眠っていて。

 その時にまりながそんなことを言ってたっけ。


 ただの偶然、なのか?


「ま、なんにせよ私、あきらめないから。今ここで押し倒してもいいんだけど、結構琢朗君って、強いんでしょ?」

「ま、まあ女一人くらいにやられるほど、やわじゃない」

「んー、かっこいい。そういうのサラッといえる男子、好き。あー、大好き。やっぱりこのまま」

「襲ってきたらぶっ飛ばすからな」

「やーん、いけずー」

「……」


 完全にキャラ崩壊してやがる。

 で、ポーチから剃刀を出すな。


「おい、人の部屋でリスカするな」

「だって、がりがりしないと落ち着かないから」

「そういうの、よくないぞ。もっと自分を大切にしろ」

「……そういう優しいこというなら、抱いてよ」

「それはできない」

「いじわるだね。ま、今日は琢朗君に言われたから我慢する」


 そっとポーチに剃刀をしまうと、満里奈は立ち上がる。


「今日は入れてくれてありがと。あと、心配してくれて嬉しかったな」

「一応、顔見知りだからな」

「ふふっ、そのやさしさに免じて今日は帰るね。じゃあ、おやすみ」


 ずいぶんとあっさりした最後だった。

 あっけない、というか。

 ゲームの中のまりなより、現実の満里奈の方がちょっとだけまともに見える。

 やはり、全部が同一というわけではないのだろう。

 ゲームはゲーム、現実は現実。

 しかし、どうしてそこに違いが生まれるのかはやっぱりわからず。


 俺は満里奈が出て行ったあと鍵をかけてから、またゲームをつけた。


「……あれ、いつの間にかまりなイベント終わってる」


 満里奈が帰ったから、なのか。

 ヒロイン選択画面に戻っていた。

 そして、今度こそあやめルートの続きを見て明日の予習だと思ったのだけど、なぜか画面には知らない女の子が登場していた。


「……ここにきて四人目?」


 長い髪にパーマを当てた、明るそうな女子。

 雰囲気はどこかあやめよりだけど、彼女よりはちょっとかわいい系な女の子だ。


 ここにきてのギャル被りとは。

 でも、こんな子学校にいたっけ?


 まあ、なんにせよプレイだ。

 明日、この子があやめとのデートを邪魔する可能性だってある。


『ちっす。もしかしてデート? いいねえ若いって』


 場面は駅前。

 どうやらあやめとデートをしているところのようで、そんな俺たちに急に話しかけてきたのが今回のヒロイン。

 どういう状況だ? まったく、前後のくだりとかもっと丁寧にやれよこのゲーム。


『あのさ、ちょっと道聞きたいんだけどいい? うん、アルトホテルってとこなんだけど』


 アルトホテル。

 そういや駅の裏にそんなホテルがあったな。

 古いラブホみたいな場所だけど、一応ビジホだって誰かが言ってたのを聞いたことがある。


 で、なんでそんなとこに用事が?

 変なシナリオだなあとぽちぽちボタンを押して会話を進めていると、画面にはあやめが映る。


『あ、ごめん。なんか急にみゆきが帰ってくることになったみたい。私、先に家に帰らなくっちゃ』


 なんと急展開。

 デートの途中なのにあやめが帰っちゃった。

 ……え、明日のデートって途中で終わりなの?


 なんか冷めるなあ。

 いや、先に結果を知ろうとする俺も俺なんだけど。

 うーん、それでこの後、別のギャルの道案内をさせられて事件発生ってか?

 ダルいなあ。


『ごめんね、彼女さんでしょあれ? え、違う? あはは、そっかそっか。だったら道案内よろしくね』


 なにがどう、だったら、なんだよ。

 まったく、こういう会話がぶっ飛ぶのもギャルが好きになれない一因だ。

 ちゃんと話せ……って今はゲームだ、落ち着け俺。


 一呼吸おいてから、話を進める。

 すると道案内をさせられることになったようで、やがて場面はホテルの前に。


『あ、ここだね。もしよかったら下の喫茶店でお茶でもしない? まだ、ちょっとだけ時間あるからさ』


 で、選択肢。


▶︎ そんなことより俺とホテル行こうぜ

▶︎ 謝礼金よこせ


 ……なんか主人公がどんどん下衆になってねえか? 

 うーん、どっちも選びたくねえけど。

 でも、どっちかと言えば金か?


 謝礼金っと。


『あ、そうだね。じゃあこれ、今日のお礼。ありがとね』


 テロップには、『見知らぬギャルが百万円の束を出してきて、その中から一万円をもらった』と出る。


「……いや、こわっ! なに知らない人から金もらってんだよこのバカ!」


 しかしどうも解説を読み進めていくと、主人公は喜んでいる様子。

 もしかしてアホなのか?

 そんなアホに自分の名前つけたのか、俺は。


「うーん、しかし道案内しただけのやつに一万円とはなあ」


 しかも百万円の束とか持ち歩くか普通?

 お金持ちか、裏があるか。

 はたまたその両方か。

 それとも単に金に無頓着なのか。


 なんにせよきな臭い雰囲気しか感じない。

 ま、どうせ避けようとしても向こうから寄ってくるんだろうけど。


 ……お金を要求するのだけはやめておこう。



「うーん」


 朝から悩んでいた。

 というのも、あの後何度か四人目のヒロインのシナリオをプレイしてみたのだけど、何度やってもこれといったバッドエンドにならずゲームが終了し、しかも一度も名前を教えてもらうことがなかったから。

 いや、通りすがりの迷子ギャルとのエピソードでしたといえばそれまでだけど、それだけの子があやめやまりな、それにはるかみたいな濃いエピソードしかないヒロインと同じ扱いになるのか?


 うーん、何かあると思う。

 何もなかったんだが。

 いや、一万円もらったか。


「……あ、電話だ」


 一人でゲーム画面と睨めっこしながら唸っているとあやめから電話がくる。


「おはよー、起きてる?」

「おはようあやめ。うん、起きてるよ」

「あ、その感じは楽しみすぎて早起きしたやつだねー」

「ま、まあそうだな」

「ふふっ、じゃあ私と一緒だ。あと一時間したらうちに来てくれる?」

「……ああ、わかった」


 相変わらず、あやめはいい子だ。

 しかし、そういえば今更な疑問だけどこのゲームのトゥルーエンドってのは誰との結末なんだろうか。


 あやめであってほしいし、決してまりなやはるかであってはならないと思うけど。

 クソみたいな選択肢ばっか放り込んでくる作者のことだから、一筋縄ではいかない気もする。


 ……さすがに、最後くらい自分でヒロインを選ばせてくれるよな?

 ゲームのシナリオ通りにしかヒロインと付き合えないとか、ないよな?

 ……いかん、自分でいらんフラグを立ててる気がする。

 そんなことより今日はデートだデート。

 あやめは途中退席してしまうようだけど、それまでの間、ゆっくり楽しむぞー。



「ごめんなさいたっくん! なんか急にみゆきが帰ってくることになったみたいなの」


 言われた通り、一時間後に迎えにいくと玄関から慌てた様子で出てきたあやめが俺に両手を合わせて詫びてきた。


「え、今から?」

「そう。なんでも昨日の夜に旅行先で食中毒があったらしくって。みゆきは大丈夫だったみたいなんだけど、急遽旅行は中止だって。もうすぐ帰ってくるらしくって、迎え行かないとなの」


 心底残念そうな顔を見ると、どうやら俺以上にあやめの方ががっかりしている様子。 

 むしろ俺が申し訳なくなってくる。


「……まあ、仕方ないよ。駅、いくの?」

「ううん、みゆきの小学校まで。ねえ、よかったら途中まで一緒にいかない? デートはまた明日ってことで」

「うん、いいよ。じゃあ俺も適当に時間潰して帰るから」


 というわけで駅前まで一緒に行くことに。

 みゆきちゃんの小学校は駅を少し過ぎたところにある公立校。

 こうやって、妹の保護者をしながらバイトして学校では人気者を演じているあやめを見ていると、男としては支えてやりたい気持ちになる。


「……困ったことあったら言えよ」


 駅に向かう途中、思わずそんなことを言ってしまった。

 するとあやめは、嬉しそうに俺を見て笑う。


「ふふっ、優しいねたっくん。じゃあ、寂しくなったらたっくんのこと呼んでもいい?」

「まあ、そんなことなら。お金ないし、そんなことしかできないけど」

「うん。ありがとね、たっくん」


 ちょっとだけ、あやめが俺との距離を縮める。

 今にも手が触れそうな距離だ。

 あれ、もしかしていい雰囲気か?

 いや、もしかしなくてもそうだ。


 ……ううむ、言ってしまおうか。

 あんまりゲームのシナリオにない行動はとりたくないんだけど、あのゲームに従うだけというのも癪だし。

 なにより、俺の気持ちが一番だろ。

 今はこいつのために何かをしてやりたいって思いが強いんだ。


 ……よし。


「あのさ、ちょっと道聞きたいんだけど」


 俺の決心がついた時に、タイミング悪く聞き覚えのない声がする。


「……はい?」


 振り向くと、ちょっと小柄な可愛い系のギャルが立っていた。

 きた、四人目だ。

 今来るのか……。


「ちっす。もしかしてデート? いいねえ若いって」

「あ、いや……」

「あのさ、アルトホテルって知らない? ちょっと迷ってて」


 なんて言いながらあまり困った素振りを見せないギャルに対して、あやめは「ええと、駅の向こうにありますよ? よかったら一緒にきます?」なんて。

 どこまで優しいんだよこいつは。


「ほんと? じゃあついていかせてもらおっかな。うん、助かるー」


 で、図々しく名前も知らないギャルはついてくる。


 せっかくの二人っきりの時間は終わった。

 ほんと、こういう時だけゲームに忠実だな。


「えー、そうなんだ。うん、そうそう」

「へー、わかるわかる。うんうん、なるほどね」


 なんかギャル二人が意気投合してて。

 楽しそうに会話してるところに俺は入ることができず、つまらなさそうに歩いていると駅前に来てしまった。


「あ、私こっちなの。たっくん、その人を最後まで送っていってあげてね。じゃあまた連絡するー」

「お、おい」


 どうせならこの子を送り届けるまであやめにいてほしかったが、迎えの時間も迫っていたようでさっさと行ってしまった。


「……ちぇっ」

「ごめんね、彼女さんでしょあれ?」

「いや、違うけど」

「え、違う? なあんだ、だったら引き続き道案内よろしく」

 

 だからなにが、だったら、なんだよ。

 ほんと、自分勝手に割り込んできて図々しいにもほどがある。


 でも、あやめに最後まで送るように言われたし。


「……こっちだよ」


 さっさとアルトホテルを目指す。

 まあ、看板はもう見えてるし自分で行けと言いたいところだが、駅前から駅裏に抜ける道がちょっとややこしいのでそこだけ案内をして。


 そして、ホテルの前に着く。


「あ、ここだここだ。うん、ありがとね」

「別に。それじゃ俺は」

「あ、でもちょっと時間あるから、下の喫茶店でお茶でもしていかない? 奢るからさ」


 なるほど、ゲーム通りの進行だ。

 で、選択肢は確か抱かせろと金よこせ。


 うーん、実際にそんなこと言えない。

 でも、金をくれって言ったらほんとに一万円くれるのだろうか。


 ……気になる。

 別に金がほしいというより、今回はどこまでゲームと現実がリンクしてるのか知りたくなってくる。


「……なんでもお茶くらいで済めば商売あがったりだよ」


 ちょっと回りくどい言い方をしてみた。

 でも、どうやらそれで伝わったようだ。


「あ、そうだよね。じゃあお礼、受け取ってくれる?」


 カバンから出てきたのは分厚い茶封筒。

 ……これは、やっぱり金か。


「……」

「あれ、お金いらない? これで彼女さんと美味しいものでも食べてよ」

「え、えと、それは……」

「これでいい?」


 封筒の中からピッとお札を一枚抜いて。

 一万円札を俺に渡す。


「ま、これくらいならね」

「い、いやそれは」

「さすがに小銭くらいは受け取ってよ」

「小銭……」


 一万円が小銭? どういう金銭感覚してんだこの女は?


「はい、受け取って」

「……まあ、これくらい、なら」

「うん、こんなのがお礼でごめんね。じゃあまたどこかで会うことあったら」


 ギャルはそのまま、ホテルの中に消えていく。


「あ」


 そして彼女の姿が見えなくなってから思い出す。

 やっぱり名前、聞けなかったな……。

 

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