誰ルート?
「おっはよー、たっくん」
朝。
びくびくと、満里奈と一ノ瀬さんの姿を警戒しながら登校していると後ろから声を掛けられた。
ふりむくと……やはりあやめだった。心底安心した。
「ふう……おはようあやめ」
「どうしたのよ最近何かにおびえてるみたいだけど」
「いや、ちょっと、な」
「あ、はるかだ。おーいはるかー!」
「っ!?」
少し向こうに、一ノ瀬さんの姿が見えた。
手を振りながら、あやめは彼女の方へ駆け寄ろうとしたので、俺は慌てて彼女の手を掴んで止めた。
「ど、どうしたのたっくん?」
「あ、いや……き、今日くらいは、二人で登校、しないかなって」
「それって……嬉しい。うん、たっくんがそんなこと言ってくれるなら喜んで」
「は、ははは……」
一ノ瀬さんの本性を俺はまだゲームの中でしか見ていない。
だから実際の彼女もゲームで見たような、あやめ大好きメンヘラ百合殺人鬼とは限らないけど。
でも、ここまでゲームと現実がリンクしていて、あれだけはフィクションでしたって考えるのも無理がある。
清楚っぽい雰囲気の裏にある狂気。
ぜひ、出会いたくないものだ……。
「ねえたっくん、そういえば明日、だよね」
「え? ああ、ご飯行く約束だったよな」
「あのさ、ご飯だけじゃなくって他にも色々行かない? あ、あんまりお金ないけど、たっくんと一緒にお出かけ、したいなって」
「う、うん。俺はいいよ」
「ほんと? じゃあ楽しみにしてる」
大きな目をクシャっと細めて、あやめが満面の笑みをこっちに向ける。
ふわっと長い髪が風になびいたとき、甘い香りが辺りを包む。
うわっ、めっちゃ可愛いわ。
ギャル最高だろ。
ていうかもう、この子が彼女でいいじゃん。
そんなことを心の中で呟きながら一緒に学校へ。
あやめは本当にいい子だ。
いや、他のヒロインがごみ過ぎてあやめだけがひときわ目立って見えるってのもあるけど。
「じゃあ私、先に行くね」
また、校舎の前であやめが先に行こうとしたその時。
靴箱の奥から俺たちを見る一ノ瀬さんの姿を発見。
とっさに、あやめの腕をつかんでしまった。
「きゃっ! ど、どうしたのたっくん」
「い、いかないで、ほしい。ええと、教室まで、一緒にいかない?」
単純な話、一人になるのが怖かった。
一ノ瀬さんの視線が、まるで獲物を狙うスナイパーのようで怖かった。
それに、満里奈もどこかに潜んでいるはずだし。
「き、今日はなんか積極的だね、たっくん」
「あ、いやごめん……」
「ううん、いいの。たっくんの言うことなら、なんでも聞いちゃうよ私」
また、素敵な笑顔を俺に向けてくれる。
……とても満里奈や一ノ瀬さんが怖いからなんて、言えねえな。
ともあれ、あやめと教室まで一緒だったことで俺は事なきを得た。
しかしこんな状況では迂闊に一人でトイレにも行けない。
なんかストーカー被害に遭ってるの、俺じゃねえか?
教室に入ると、さすがにあやめは女子たちに連れていかれる。
俺は騒がしい声をききながら席に座って一息。
そのあと、昨日プレイしたあやめルート第二章の内容を思い出す。
たしか、今日は一緒にあやめの家に行ってご飯をごちそうになるんだっけな。
で、一緒にテレビを見て帰宅。
翌日のデートに備えて早く寝ようってところで、ゲームを終了したけど。
選択肢もなく、バッドエンドになることもなかった。
ううむ、今日はさすがに小休止か?
いや、そうであってくれ。
ここ最近、トラブルに巻き込まれすぎて疲れてるし。
「あ、龍崎君」
ただし、一つ忘れてはいけないことがある。
あのゲームはあくまで出来事の大筋しか語ってくれない。
詳細は皆無、だからメインイベントが起こる過程で誰とどんなサブイベが発生するかは全くわからないのである。
ほら、今みたいに。
一ノ瀬さんがやってくることなんて、昨日のシナリオにはなかった。
「……はい」
「どうしたんですか、元気ありませんけど。あと、昨日あの後寝落ちされてました?」
「まあ、あんなことがあったから疲れたし」
「そうですよね。でも、やっぱり昨日のお礼がしたいので、今度うちに来てくれませんか?」
「……いや、遠慮しとくよ」
「ちっ」
「え?」
「い、いえなんでも。気が向いたらぜひ、来てくださいね」
「……」
一瞬だったが、一ノ瀬さんの表情が昨日のバッドエンド後にあらわれたはるかさんそのものになっていたのを俺は見逃さなかった。
やっぱりあの子も裏があるな。
絶対に家に行ったらダメだ。
あと、帰り道では満里奈以上に要注意だ。
◇
「たっくん、今日も一緒にお昼食べよ」
昼休み。
今の俺の癒しでもあるあやめが誘ってくれて、一緒に教室を出た。
向かったのは校舎裏の非常階段。
ここなら人もこないし、ゆっくり平和にランチタイムを満喫できる。
「ふう。なんか人がいないのって落ち着くな」
「たっくん、ほんとに人見知りなんだね。もっと髪の毛上げたら、かっこいいのに」
「目立ちたくないからこれでいいの。それより、あやめって一ノ瀬さんとはずっと仲いいの?」
ちょっと探りを入れてみた。
一ノ瀬さんの本心が、ゲームで語られていたそのままだとすれば、あの子の愛情は異常なまでに膨れ上がってるし歪んでる。
何があったら清楚系の一ノ瀬さんがあんな風になるんだ……。
「まあ、小学校の時から仲良くて。でもね、不思議なんだ。はるかって結構モテるのに一回も男の子と遊んだことないんだよ? 私はバイトとかで忙しいから仕方ないけど、はるかは結構お金持ちで遊ぶ時間あるのに、いっつも私のバイト先に遊びにくるくらいでさ」
「昔っからそんな感じなんだな……」
「でも、慕ってくれてるから嬉しいよね。はるかにも早くいい人見つかったらいいのに」
「大賛成だよそれは。全力で支援する」
「あはは、やっぱたっくんはやさしいね。誰かいい人いたら紹介してあげてね」
「うーん」
それはちょっと怖いけど。
でも、そうでもしないと今の状況は改善しないよなあ。
ま、そのうちゲームがネタバレしてくれることを祈りながら、今は自分の身の安全だけを考えよう。
それに、今日は家に行くって話を俺からする手はずになってたな。
「そういえばさ、今日はバイトないの?」
「あ、そうなのよ急に休みになって。でも、どうして知ってるの?」
「え、それは、まあ、山勘?」
「あはは、やっぱたっくんって預言者? でも、暇になったしよかったらうちでご飯食べる? ほんとはみゆきがいる時に誘ってあげたかったんだけど」
「みゆきちゃんが? なんでまた」
「ええと、それはね……将来お兄ちゃんになるかもな男子なら見定めてやるーとか言ってさ。あはは、ませてるよねあの子も」
「……まあ、年頃だもんな」
「ふふっ、おっさんみたいだよたっくん」
「ご、ごめん」
「全然。じゃあ、今日は一緒に帰ろうね」
「うん」
なんかいい雰囲気だ。
いや、このままあやめルート一択だろこんなの。
ライバルがクソすぎるってのもあるし約一名は俺のことなんか眼中にないやつもいるから選択の余地もないけど。
こんなことなら、あの時あやめの誘いをそのまま受けててもよかったな。
もったいないことしたよほんと。
ま、悔やんでも仕方ない。
今日は彼女の好感度をアップさせて。
明日が本番ってとこかな。
一緒に教室に戻って、午後の授業を受ける。
何事もなく、平和な一日が過ぎていく喜びを感じながらやがて放課後になって。
あやめと一緒に下校。
彼女の家に向かった。
◇
「ただいまー」
誰もいない静かな家の中にあやめの声だけが響く。
「なんか、みゆきがいないのって寂しいなあ」
「ほんと仲いいんだね。そういえば、旅行先から連絡とかは?」
「写真いっぱい送ってきてた。楽しそうにしてて、心配なんかいらないって感じ」
「そっか」
そのまま、今日は奥に通される。
キッチンがある部屋の椅子に座って、俺はテレビを見る。
その隣で、あやめは料理を始めて。
時々俺に「おいしくなくても我慢してね」なんて言いながら一生懸命料理をするエプロン姿のギャルに、俺は萌える。
いい、すごくいい。
うん、やっぱり俺の正妻はあやめだ。
決してメンヘラサイコパスや百合マーダー女子ではない。
どうしよう、ここで言うべきか。
いや、ゲームでは何事もなくって書いてたし、結果としてバッドエンドにはならなかったからシナリオ通りことを運んだ方がいい、か。
それに明日はデートだし。
焦らなくても明日告白すればいいだけの話だ。
意識すると、少し緊張して言葉数が減る。
やがて、キッチンにはカレーのいい匂いが広がる。
「お、カレーだ」
「あはは、簡単なのにしちゃったけど。嫌い?」
「いや、好きだから楽しみだよ」
「よかった。うん、もうできるからね」
少しして、カレーが二皿テーブルに運ばれてくる。
野菜がゴロっと入った家のカレーって感じだ。
「うまそう。食べていい?」
「どうぞどうぞ。どうかな?」
「ん、うまい。俺、好きだよこの味」
「ほんと? よかったー」
なんてことはない、ただカレーを食べるだけのひと時が幸せだった。
なんでもない話をしながら、ゆっくり時間は過ぎていき、やがてカレーを食べ終えるとそのまま少しだけ一緒にテレビを見ながらぼーっとして。
外が暗くなってきたところで、「そろそろ帰る?」とあやめが。
「そうだね、遅くなってもだし。明日もあるから」
「うん、明日は起きたら連絡するね。楽しみ」
一緒に食器を片付けて、玄関まで見送ってもらって神凪家をあとにする。
最後まで手を振ってくれる彼女の笑顔が印象的で、俺は気持ちをすっかりあやめに持っていかれていた。
いい子だし、かわいいし、家族思いだし。
出会いこそ最悪だったけど、今となればあんな事件のおかげで仲良くなれたって思うとあの出来事も悪いとは思わない。
それにあのゲームも。
あれがなかったらそもそも知り合っていたかも怪しい。
ここ最近は悪いことの方が多いけど、あやめとの出会いにだけは感謝だな。
「さて、明日の予習でもするか」
夜道を歩くとき、俺はやっぱり背後を何度も警戒しながら帰宅した。
俺を狙う女が二人いる。
しかも両方ゲームの中では俺を殺してるやつらだ。
しかし何も起こることはなく、無事帰宅。
俺は鍵を閉めてから、部屋でゲームを起動する。
「……ん? あやめのイベントの続き、見れないのか?」
なぜかあやめの選択肢にはロックがかかっていた。
そして代わりにまりなだけ選択可能に。
一体どういうことだろうか? 明日はあやめと一緒にデートだというのに。
まさか、デートが中止になって満里奈と遊ぶなんて展開が?
うわ、それは嫌だ。全力で阻止したい。と、とにかくゲーム開始だ。
『ねえ琢朗君、こんな時間までどこにいたのかなあ?』
おどろおどろしい雰囲気で、まりなが迫ってくるところからゲームが始まる。
……ここはどこだ? どこかの部屋の玄関、みたいだけど。
外は、夜?
『私、ずっと待ってたんだけど? 帰ってくるの、ずっとアパートの前で待ってたんだけど。ねえ、どこにいたの? まさかあやめとよろしくやってたの?』
アパートの前?
い、いや……まさか、な。
嫌な予感がしたその瞬間、ガンガンガンと玄関が強くたたかれる。
そして電話が鳴る。
さらに、声もする。
「琢朗君、遊びにきたよ。ねえ、いるんでしょ? 開けて。ねえ、開けて」
満里奈の声だ。
やばい、満里奈が部屋の前にいるんだ……。
で、でも開けたらやばい。
今、一人っきりのこの部屋に来られたら何をされるかわからない。
む、無視だ。
ええと、ゲームの続きは……。
『なんで開けてくれなかったの、さっき? 玄関こじ開けるの、結構苦労したんだよ。居留守とか、信じられない。私、もうあなたを殺して私も死ぬから』
そのまま、画面は真っ暗に……。
「わーっ!」
慌てて、玄関の鍵を開けた。
居留守は通用しないどころか、侵入されて殺される。
そんな未来になるくらいならと、慌てて玄関を開けると、もちろんそこには満里奈がいた。
「あ、よかった。寝てるのかと思ったー」
「……どうしてここがわかった?」
「んー、秘密。でも、よかったね」
「よかった? 何がだよ」
「だってー、もう少しで鍵を壊すところだったから。あはは、修理代かかっちゃうもんね」
「……」
手には、ドライバーが握られていた。
くそ、なんて女だこいつ。
「で、何の用だ」
「え、ここで立ち話? 中入れてくれないの?」
「一人暮らしの男の部屋に女の子を入れるのはちょっと、気が引ける」
「ふーん、真面目なんだ。一人っきりのあやめの家にはちゃっかりお邪魔するのに」
「なっ……お前、つけてたのか?」
「ストーカーみたいに言わないでよー。でもでも、もし入れてくれないなら明日のデート、何が起こるかわからないよー」
ドライバーをくるくる回しながら満里奈は笑う。
完全に脅しだとわかってはいるけど、このイカレ女は本当に何でもやりかねないって雰囲気を出してくる。
「……絶対に泊まらせないからな。あと、そのドライバーよこせ」
「あはは、いいよん。じゃあ、お邪魔しまーす」
こうして満里奈を部屋に招く結果となった。
玄関先でブスリ、とはならなかったけどまだ油断ならない。
部屋に通すと、なぜかゲームの電源は切れていた。
さっき無意識に切ったのだろうか。
なんにせよ、夜は長い。
部屋の真ん中にぺたんと座るこのメンヘラとのイベントを消化しない限り明日はない……。
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